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番外編・魔王の生贄はニンゲンの冒険者と友人になりたい8


 そして、三か月が過ぎた。

 リアの夫のトラブルは解決してしまった。リアが講師として滞在する約束の期間も、終わりが来てしまった。

 今日がリアと最後のティータイム。


「おかげで、浄化を実践でも使えるようになりましたわ。

 本当は引き留めたいのですが、そういうわけにもいきませんわね。ですから、時々遊びに来てくださると嬉しいわ。招待状を送ったら、来てくださるかしら?

 まずは、一か月後のわたくしの結婚式に、出席してくださらない?」

 

 招待状をテーブルの上に置き、すっとリアの方に差し出す。

 リアは少しためらったものの、それを受け取った。

「これからどうしますの?」 

「ひとまずエレンディアに戻ります。それにしても。」

 一瞬遠い過去を思い出すような眼差しをしたリアが、招待状を手に微笑んだ。

「まさか妃殿下に助けていただくことになろうとは、不思議な巡り会わせと思いまして。

 妃殿下の幸せをお祈りしております。」


 そして翌日の早朝、リアとその伴侶は旅立ってしまった。



 私にいつもの日常が戻った。午前中は結婚式の準備、ベルン様とティータイム、午後からは魔国についての講義、そしてベルン様とティータイム、そんな毎日が。

 けれど、いつものように集中できなかった。何か、引っかかって。最後に会った時のリアの眼差しと“不思議な巡り会わせ”という言葉が。

 その時は気づかなかった。まさか魔王の婚約者に助けてもらうことになるとは思わなかったと、そんな意味だと思った。

 けれど、数日たって改めて思い返せば、どこか違和感があった。


「生贄様、今日の紅茶はお気に召しませんでしたか?」

 筆頭侍女の言葉に、私は首をふる。

「いいえ、そうではありません。紅茶は美味しいですわ。」

 トゥーラが私の前に膝をつく。

「では、リアを呼び戻しましょうか?生贄様がお望みならば、我ら侍女一同で、すみやかにリアを連行して参ります。リアの伴侶もついでに。」

 ……待って、待って、早まらないで!

「あなたたちの忠誠心は有難く思います。ですが、それではリアが困るでしょう。」

 侍女が残念そうな顔つきになる。そういえば、リアは侍女たちとも仲良くなっていた。侍女たちもさみしいのかもしれない。興味津々のニンゲンがいなくなって。


 そんなことを考えていたら、ふと、何に違和感があるのか分かった気がした。“巡り会わせ”、リアはそう言った。それは単に、浄化と言う理由で、出会うはずのない魔王の婚約者と冒険者が出会った、それだけのことかもしれないけれど。もしそれだけのことではなかったとしたら。

 もしかして、私はリアと出会ったことがあるのかしら?いえ、それにしては覚えがないわ。会うとすれば帝国の舞踏会でしょうけれど。その時に王子や姫の侍女として来ていたとか?

 わからないわ。せめて出身国が分かれば、思い出せるかもしれないのに。


 リアは結局、出身国も夫と出会った馴れ初めについても話してくれなかった。いずれリアが話したくなった時に聞かせてもらえればと、思っていたけれど。

 出身国だけは確認しておこうかしら。

 私はリアと友人になりたかったから、それ以上は聞かなかった。けれど私は魔王の婚約者。素性のしれぬ者はそう簡単に近づけない。魔国のほうで詳しく調べは付いているはずだから。

 

 膝をついたままの筆頭侍女に聞く。

「あなたは知っているわね、リアの出身国を?」

「はい、生贄様に関わる者のことですから。」

「リアは、私には話したがらなかったけれど、出身国だけは聞いておこうと思うの。どこかしら?」

 トゥーラがすっと頭を下げる。

「すぐに返答できないことをお許しください。

 生贄様が本当にお知りになりたいと思われた場合のみ伝えてほしいと、リアからの言葉でございます。

 生贄様が今幸せであるならば、あえて過去を持ち出す必要はないと。」


 ……過去。ということは、やはりリアと出会ったことがあるのね。

 もしかして、と気づいた。だからリアは最初、夫のトラブルの件だけでなく、私に対して困って緊張した様子だったのかしら。

 それでも、私には思い出せなかった。シルバーブロンドの髪、控え目だけれど凛とした所作。一度会っていたら、忘れられないはず。


「駄目だわ、思い出せない。」

 そう言えば、侍女がためらうように答えた。

「生贄様は、直接はお会いしていらっしゃいませんので。」

「つまり、会ってはないけれど、何らかの関りがあったということね。」

 貴族令嬢で、聖女で、たぶん帝国周辺の国で。と考えても、やはり思い出せなかった。何か引っかかる気はするけれど。

 侍女が気づかわしげに私を見上げている。そこまでしてリアが隠したがる、私が傷つくような何かがあるとでもいうのかしら。でも、お手上げだった。

 リアは私の今の幸せを尊重してくれているけれど、ここまで聞いた以上、次にリアと会ったとき何も知らないふりはできそうになかった。


「分からないわ。教えて。」

 侍女がすっと目をふせる。

「パストゥール王国でございます。」

 それは意外な国名に聞こえた。けれど。

 ……パストゥールの貴族令嬢、聖女で、護衛騎士と国を出て、もしかしたら逃げてきて、そう失恋もして。

 どこか引っかかる気がしたけれど。わかりそうで、わからなかった。


「わからないわ。リアは隠しておきたかったようだけど、私が関わっているのなら知っておきたいわ。教えてくれる?」

 侍女が静かに答える。

「リアは、パストゥールの王太子と婚約していた聖女、婚約破棄後に行方不明になった聖女です。」

「……!?」


 驚いた。ものすごく驚いてしまった。

 リアは、彼女は、パストゥールの王子が愛した、あの行方不明になった聖女だというの!?

 やはり侍女が気づかわしげに私を見ていた。

「リアはずっと気にしていました、生贄様がご不快にならなければ良いと。」


 ご不快?違うわ、私が今考えていることは。

 

 でも、王子との婚約を壊した原因は私で、私なのに。リアが何を気にするというの。

 でも。

 私は、王子には何もできなかった。助けたくても、チャンスを上げたくても、何もできなかった。許されたくても、きっと許されない。

 でも。リアは言った。


 “まさか妃殿下に助けていただくことになろうとは。”


 私はリアを助けることができたというの?

 私の我儘がきっかけで、今の彼女を助けることができたと?

 あの時はどうにもできなかったけれど、今のリアを助けることができたと?

 それは、できたというの。

 私はリアを、助けられたの。


 それに、リアがあの時言った言葉は。

 “失恋しましたが、幸せです”

 しかもリアは、こうも言ってくれた。

 “心よりお祝い申し上げます 。”

 “妃殿下の幸せをお祈りしております。”

 そして、結婚式の招待状も受け取ってくれた。


 私は王子には許されない。

 でも、リアは私を許すというの。


 でも、まだ信じられないような気がした。

 リアは本当に、私を許しているのだろうかと。許してくれるのだろうかと。


「結婚式に、リアは来てくれるかしら……?」

 そう漏らせば、侍女が笑みを浮かべて答えた。

「リアから、魔国の結婚式について聞かれました。服装など、どうしたらいいかと。

 前日から王城に滞在できるよう手配済みとも伝えましたら、一言だけでも妃殿下にお祝いの言葉をと、そう言っておりました。」

「……それなら、来てくれるわね。」


 不意に涙があふれた。

 ようやく私は、私を許せそうな気がした。

 私も幸せになっていいのだと、思えた。


 


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