番外編・魔王の生贄はニンゲンの冒険者と友人になりたい1
冒険者だというその女性は、緊張した面持ちでこう言った。
「リアと申します。本名はご容赦くださいませ。」
そしてすっと片足を引き、軽く膝を曲げる。まるで貴族令嬢のような所作だった。懐かしい気持ちにかられ、もう一言でもと会話をしたくなった。
けれどその前に、彼女の後ろに立つ男に気づいた。失礼な言動をしたわけではない。けれどその男の視線は、魔王の婚約者を前にして敬うものではなかった。こちらが敵なのかどうかを冷静に見極めようとする視線、とでもいうのか。そう、リアと名乗った彼女を守るために。
そしてまた彼女も気にしていた、後ろで守る男のことを。何か訳ありなのが、私にもわかるほどに。
でも、それよりも、私が今一番気になることは。
あら、まあ、ニンゲンの男性なんて久しぶりに見たわ。当たり前だけど、角も翼も、尻尾もないわ!ええ、当然だけれど。
彼女が不安そうに、後ろの男のそでをつかむ。あら、私がまじまじ見てしまったせいね、申し訳なかったかし……、背後でゾクリとしたものが動いた。
そっと振り返ればベルン様が、いえ、のたうっていたベルン様の魔力が大蛇のように鎌首をもたげ狙いを定める、私を超えた向こうへ……。
私は慌てて前をむく。
「リア、そちらは、あなたの大切な方?」
「夫です。」
不安を抑えて冷静に彼女が答える。私は笑みを返す。
「じっと見てしまって申し訳なかったわ。だって、角も翼も、尻尾もないものだから。」
「え?」
「陛下と婚約中の私は、王城にこもっている状態で、城にニンゲンはいないの。
だから久しぶりにニンゲンの男性を見て、それで驚いてしまったの。私は、それに驚くくらい、角にも、翼にも慣れてしまったのだと思って。」
背後で大蛇の気配が霧散した。次いで向かいの彼女が口を開く。
「おそれながら、わたくしも他種族の国を旅しておりますと、妃殿下のように感じることがございます。」
彼女の言葉でさらに陛下の機嫌が良くなった。春風のような魔力が私を取り巻く。
……でもベルン様、どれだけ私を魔力でぐるぐる巻きにすれば気が済むのかしら?
と、わざわざこんな会話をしているのはほかでもない。妖精王からの緊急の要請で、瘴気の浄化を行うため。そして実践の経験がない私はサポートをつけてもらった、浄化に詳しいニンゲンの冒険者を。
そして私は、初めて浄化の現場に来ていた。ベルン様がそばにいても、その異様な雰囲気にのまれてしまいそうだった。けれどサポートの彼女は、妖精族からいくらか話を聞くとあっという間に状況を把握して、必要な指示を出し、その後わかりやすく説明までしてくれた。
「魔獣については心配ございません。陛下が片端から片付けていらっしゃいますので、このあたり一体は驚くほど安全です。妃殿下に危険なことはございません。浄化のみに集中なさってください。
この順番で合図が上がりますので、青色で浄化を開始します。この位置から向こうに向かって。
妃殿下はかなり魔力量が多くていらっしゃいますね?では、ご存知の通り過剰に浄化を行いますと、付近の動植物を傷つけてしまいます。
まず、全力で魔力を使ったときの四分の一くらいのイメージで浄化を始めます。その後、瘴気の濃さと量に合わせて、使う魔力量を調整していきましょう。
ご安心ください、私はこういったサポートも行ったことがあります。何かあれば私がフォローさせていただきます。
合図が来たら魔法を使えるように、まずはリラックスいたしましょう。何か飲みのもでもあれば。
さすが妃殿下付きの侍女の方、ええ、それでかまいません。それを一口お飲みになられて、待ちましょう。」
とまあ、こんな具合で。本当にこの冒険者は慣れているようだった。私のメンタルのサポートまでできるほど。ちょっと待って、ということは。
「あなたも、魔力量が多いわね?」
「妃殿下には及びませんが。」
「あの、私が出しゃばるよりも、あなたが浄化したほうが早いのではなくて?」
冒険者は控え目に笑みを浮かべる。
「すべての浄化を私が行えるわけではありません。機会があれば、聖属性をお持ちの方のサポートをして、浄化ができるよう教えることもございます。」
彼女は言ったとおり、あくまでサポートに徹し、私に一から丁寧に教えてくれた。おかげで無事に浄化が終了した。
ほっと一息ついたところで、私は隣に立つ冒険者の腕をがしっとつかんだ。姫の作法として褒められたものではないけれど。でも、逃がしたくないのよ。
「魔国の王城に寄ってくださる?ぜひ、お話しを聞きたいわ。」
せっかく知り合ったニンゲン、しかもおしゃべりできそうな女性。ぜひアフタヌーンティーでおもてなしを、と思ったら、かえってきたのは戸惑いと懸念だった。
確かに、魔王の婚約者が一介の冒険者を誘ったら、不審がられるかもしれないけれど。でも彼女が貴族の令嬢なら、返事は「はい」しかないとわかっているはず。だって私は魔王の婚約者なのだから。
ちょっと権力を使ってでも、おしゃべりをしてみたかったのだけど、嫌がられたかしら?
リアが片足を引いて軽く膝を折った。
「おそれながら、妃殿下は魔国の陛下の大切な方でいらっしゃいます。わたくしのような素性の知れぬ者が近づくのは、妃殿下を大切に思われる方々がお望みにはならないでしょう。」
あら、そんなふうに配慮と立場をわきまえた言動ができるなら、むしろ問題ないわ!
私は久しぶりにニンゲンと会話したいのよ。侍女たちや、魔国のご令嬢と話すのも楽しいけれど、ちょっとずれるのよね、感性が。せっかく、おしゃべりにちょうどいいニンゲンと知り合ったのだもの。ここはせめてティータイムの一回でも来てもらうわ。
私が少しばかり持っている権力、使うならここでしょ!
「リア、あなたは魔族からの推薦のあった方。エルフの国エレンディアで魔族と一緒に仕事をして、その信頼を得るほどの働きをした方だわ。素性の知れぬ者ではなくてよ。」
魔王の婚約者らしく鷹揚に答えれば、リアは焦燥を浮かべ背後を振り返った、夫だという冒険者を。
なるほど、やはり訳ありなの。でもね、少々の訳ありなど無かったことにできるのが、この私の立場というものよ!
そこまで無理は言わないわ。ティータイムを一時間、いえできれば二時間、その間のおしゃべり。それでいいから。
「もちろん、あなたの伴侶にも一緒に来ていただきたいわ。別室で旅の疲れを癒されてはいかが。」
よし。これでリアも夫も、魔族の王城にいれば訳ありでも安全だし。魔王の城に手出しをするようなニンゲンはそういないはずだし。ベルン様には話すのはリアだけと伝わったはずだし。
そうしてベルン様に向き直る、にっこりと笑って。
「リアは浄化の使い手として素晴らしいスキルをお持ちなの。もっと話を聞いてみたいのですわ。
リアを王城に招待してもよろしいでしょう?」




