38.明日の音が聞こえたら、目を開けて
爆発した感情は、そのまま刀へと注ぎ込まれ、刃はさらに研ぎ澄まされる。
右腕を斬り落とした刃はそのまま翻され、返し刃となってジークフリードに襲いかかる。これも炸裂。腹の肉に深く斬り込んで、臓物を漏れ出させた。
『魔紋展開―――光の回復魔法【メディク】!』
左手に魔紋が浮かび上がり、それを拳へと変えてジークフリードの胸部に打ち込む。放たれた緑色の光は、赤い渦となって肉を削いでいく。
「ガアァアアァァッ!」
ジークフリードの巨躯は浮き上がり、本棚の壁へと吹っ飛んでいった。胸部の肉と骨は抉れ、心臓が剥き出しになっていた。しかしそこの再生を行うより前に、彼は起き上がって肉の翼に生えた五本の腕を構える。
「小娘ガァ……」
『炎の攻撃魔法【トルネリオブラスティア】炎の攻撃魔法【ブラスドラゴ】氷の攻撃魔法【ブリザードラゴ】合体―――攻撃魔法【激昂する氷炎竜の群炎の攻撃魔法【ブラストリィ】氷の攻撃魔法【フロストエッジ】合体―――攻撃魔法【爆発的な氷刃の拡散】』
ジークフリードを中心に空間が歪み、魔法を詠唱する声はノイズの混じった無機質なものとなって響き渡る。魔力の流れが大きく乱れたことにより、周囲一帯に衝撃波が広がっていった。破壊の権化、その言葉が適切だろう。
「塵芥と成り果てろォッッッ!」
そして放たれた無数の炎を纏った氷のギロチン刃、七頭の氷と炎の竜たち。それらを中心に拡散していく炎の竜巻が柱を、天井を、地面を、何もかもを破壊しながら明日音に向かっていく。
しかし臆することはない。どれだけ派手な攻撃でも、気をつけるべきは飛礫や瓦礫などだ。本体はむしろ当たって消すことができる。だからこそ、と明日音は踏み出して、
「ヴィクトリア、いくぞ」
今ここにはいない相棒の名前を呟き、駆け出す。
明日音は巻き起こる魔法の暴力の中を駆け抜け、たとえ身に降り注ぐ飛礫だろうと瓦礫だろうと、耐え抜いていった。肉が削げるが、血が噴き出すが、彼女は止まらない。
「あぁああァァァアアァァァアアァッ!」
たとえ獣と成り果てようとも、守るべきものがある限り見失うことはない。
この世界に響く、明日の音となれ。
ジークフリードへと到達した明日音は、日本刀の刃を彼の心臓に突き刺す。ゾンビになろうとも心臓は依然として全身の血液を送り出す役割を果たしている。ゆえに、そこを攻撃すれば血液を失わせられる―――魔力の源である、血液を。
それとほぼ同時にジークフリードの左腕が明日音の腹を貫く。衝撃で日本刀が手元から離れる。背中を突き破ったところで、明日音はその左腕を右手で掴み、
「つカ、マエた……ッ!」
「ガァッ!?」
『魔紋展開―――光の回復魔法【メディク】!』
左手をジークフリードの頭部に向け、それを放った。
『【メディク】! 【メディク】! 【メディク】ッ! アァァッ! 【メディク】ッツ!』
何発も、自らの血液が枯れ果てるまで明日音は撃ち続けた。ここで殺し切るという強い意思を持って、獣のような呻き声を上げながらも明日音は全身で叫んだ。
両者は互いの返り血で真っ赤に染まりつつも、殺意の形相で視線をかわす。
明日音は―――これ以上魔法を撃てないまでに、消耗しつつも立っていた。
対するジークフリードは―――生きていた。
顔が崩れて脳が剥き出しになり、その脳もほとんどが潰れていた。Zウィルスが蓄積されているゾンビの中枢部〝松果体〟は一部が欠損したのみで、まだ活動を続けている。
最後の最後で、明日音は届かなかった。
いや、まだだ。
あと一発。
あと一発【メディク】を撃てば勝てる。
「…………」
声が出ない。
思考がぼやけてくる。
決して諦めてなどいなかった。
だが、明日音の心以外の全てが限界を迎えていたのだ。いくら意志を強く持っても、まるで体が言うことを聞かない。自分の体が自分のものじゃなくなっている感覚しかしなかった。
「……ゼンブ、喰ッテオケバ、良カッタなァ……相棒ヲ」
ジークフリードの頭部は早くも再生し始めていた。細胞の一つ一つが急速な増殖をし、剥き出しになった中枢部を守るように肉が広がっていく。
やがて腹を貫いていた左腕は引き抜かれ、地面に飛び散る鮮血を振りほどくように明日音の頭上に掲げられる。
「終ワリ、ダ」
確実な死が明日音に向かって振り下ろされた。
そこには色彩がなく、音もなく、どこまでも続く果てしない暗闇があった。
命が最後に向かう場所は光に包まれた場所だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「精一杯やったよ。エリーナ」
暗闇のなか、そこにいない人物に言った。届くはずもない声が虚しく響いた。
「先輩……」
だがその声は、暗闇の中で待っていてくれた人物に届いたようで、そっと彼女はそう答えた。懐かしい日常の匂いがする。本当はこの声が平穏な日常の中で、ずっと隣にいるはずだったのだと痛感した。
「やっぱりヴィクトリア先輩は強くて優しい、私の憧れです」
「……そんなんじゃないわよ。あんたがいたから、少しの間だけ強くなれただけよ。優しくだって、本当は」
「いえ。先輩は、誰かのために強くあれる素敵な人です。だから」
温もりの感触がした。胸のあたりに、そっと手が添えられたような、そんな。
『魔紋展開―――光の回復魔法【メディク】』
暗闇の中に緑色の透き通るような優しい光が広がっていく。こんな光は見たことがなかった。まるで世界全体を癒すような、膨大な善意の塊だ。
「エリーナ、これは―――」
「先輩のように上手くはできないですけど」
「うんん……とても綺麗で可愛らしい、あんたにしか出せない魔法だったわ」
「ありがとうございます……じゃあ、もうお別れですね」
「エリーナ……!?」
緑色の光のなか、彼女の声が少しずつ遠くなっていった。いや自分が遠ざかっているのか。いずれにせよ、もう会えないということを、本能的に理解できた。
「先輩は明日を生きてください」
「……エリーナ!」
「ほら、先輩には聞こえるはず―――」
光が晴れていく。意識が、体の感覚が、急速に戻ってくる。瞼を開ければ世界に還れると分かった。それでも目を閉じたままのほうがいいと思う自分もいた。
「明日の音が」




