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35.食ワセロ

 フェース王国最強の騎士、ジークフリードは実に清々しい気分であった。


「あぁ……馴染む。この感覚が、俺の腕か」


 切断された腕を拾い上げて、断面を合わせることで修復させる。細胞の一つ一つが強く結びつく感覚がし、神経が今まで以上に研ぎ澄まされていった。人間でいたときには味わえない感覚だった。


 魔法の道を極めて、一対一の対決において自分を負かす人間は最早この世界にいないと確信できるようにすらなった。人々はそんな自分を称賛し、感謝の声を上げてくる。自分の端麗な容姿は、一国の姫君も自分に対して色気めいた眼差しを向けてきた。世界のすべてを意のままに操れるまでの高みに、自分はいるのだと実感できた。


 だが、それは一種の停滞でもあった。


 今が最高だと分かる一方、これから先は落ちていくしかないのだと分かった。


 自分が最強の騎士であれる時間は限られてくる。後輩にも将来有望な魔法士は沢山いたし、年齢を重ねるにつれて魔力が弱まっていく自分は、いずれ彼らに騎士団長の座を譲らねばならない。一国の姫君と結ばれたとして、待っているのは王族同士の醜い跡目争いだ。そこで魔法士としての優秀さは必要ない。むしろ羨望の眼差しを向けられ、悪目立ちする要素にだってなりうる。


 だからこそ……人間のままでいたくないと、密かに思い始めていた。


 ドラゴンのように何千年も生きるのが羨ましかった。


 魔力を寿命に変換して生き続けるというユニコーンのようになりたかった。


 そして、あのとき―――。


「俺は人を越えたんだ」


 自らの四肢を食い尽くすバケモノども。人間よりも強靭で魔法の攻撃を一切受け付けない無敵の体を持つその存在に、ジークフリードはなることができた。消滅しそうな知性と理性を必死に繋ぎ止め、人間的な思考を維持しながら人を喰らい続けて、強靭な体を作り上げていく。


 今まで経験した地獄の鍛錬が児戯にも等しいものだと実感した。無限に続くような食人の末に、ミカエルという男に出会った。特異体質の自分を被検体にしたいのだと彼は言っていた。


 もちろん答えはイエスだった。


 こいつを踏み台にして自分はさらに強くなろうと決意した。異世界の人間だろうがなんだろうが、利用するまでだ。そして機は熟した。二人の少女が自分にもたらした窮地のおかげで、さらなる進化を遂げることができたのだ。


 全身の触手は今や意のままに操れるし、形状の変更すらも可能だ。あとはこの世界の人間の手を取り込んで―――。


「ジークフリード団長!」


 こちらへ向かって来たのは、数人の騎士たちだった。胸の鎧の紋章から、王城に在中していた者たちだろう。彼らの後ろには避難民たちが見えた。あの悪徳政治家の……名前は忘れたが、たしか議長の席に座っている男もいた。


「人としての意識が戻っているのなら、こちらへ戻ってきてください!」


 一歩前に出たのは、ジークフリードに憧れて騎士団に入団したという男だった。若いながらに優秀な男で、王城の駐屯団のリーダーを任せていた気がする。


 ゾンビと化しても自分に声をかけてくるのだから、相当な信頼があったのだろう。


「ああ、大丈夫だ」


「団長……」


「その中に……炎か、氷の魔紋を、持っ、ている者はいるか?」


「あ、はい! 俺は両方持っていて」


 前に出た騎士の男と後ろにいる四名の騎士が手を挙げた。


「なるほど、これぐらい、か……」


「そんなことより早く来てください! ヴィクトリアという神官の少女と明日音さんを助けて―――」


「彼女らは死んだよ」


「……ッ!? くそっ……だったら早くここから脱出しましょう。生存者たちを安全な場」


 その瞬間、騎士たちの体に触手が突き刺さった。


「え……」


『魔紋展開―――氷の攻撃魔法【フローゼス】』


 手を挙げた騎士三名と、前に出ていた男の足元が凍りつき身動きが取れなくなる。


「あとの人間たち、はここで、大人しく、していろ。動けば、君たちも喰う、ことになる」


 奥にいる避難民と残りの騎士にそう告げると、ジークフリードは目の前の騎士たちに視線を向けて、


「俺はもっと、強くなる」


「団長!? なにを言っているんですか、人々を守るのが騎士の使命だと!」


「強く、なければ守れな、いだろう」


 そう言うと騎士たちの口元が凍りつき、言葉すらも吐き出せなくなる。そして触手が騎士たちを喰い尽くしていく。足元が凍っているため身動きも取れず、口が凍っているせいで断末魔の一つも漏れることなく。白目を向いた騎士の頭部が、人々の前に転がっていった。


「わ、私たちは逃げてもいいのだよな!?」


 言い出したのは議長だった。生存者たちの前に立ち、ジークフリードをまっすぐ見ている。悪徳政治家のくせに、なんて良い目をしているのだとジークフリードは思った。ゆえに優しい声でこう答えた。


「そこにいろ。君たちは、俺が守って、やる……生存者、たち、か。彼らも、だ。全員、守る。だから食糧として定期的に、俺に、人を食わせてくれ」


 ジークフリードは人を喰いすぎた。最早、人以外の肉は食せないほど体に馴染んでしまっている。だからこその食糧の要求、当然の権利だと彼は思った。


「皆で生き、延びよう」


 微笑みを向けたジークフリードは、視線を彼らから外す。その先には鎖で繋がれた一人のゾンビの姿があった。この世界の秩序を守っていたと言われる超常の存在―――女神。


 ミカエルは女神を明日音に食わせるつもりだったようだが、ジークフリードはそれを良しとは思っていなかった。記憶? 知識? 関係ない。力が手に入るなら自分のものだ。


 ジークフリードは女神のゾンビに向かって歩を進める。


 近づいただけで感じる、魔力の波動。人の形をしながらも、人間を超越した存在であると分かった。


「俺は、信心深くはないが、感謝するぞ」


 鎖で繋がれた体にジークフリードは手を伸ばす。


「女神様、俺に、力をく、れ」


 穏やかな口調とは裏腹に吐く息は荒く、眼は血走っており、まるで飢えた猛獣のような様子で女神のゾンビを押し倒し、捕食した。


 通常、ゾンビはゾンビを食べない。吐くほどマズいと感じるからだ。しかし今回の場合は別だ。


 皮膚を裂くたびに漏れ出した魔力を浴び、肉を取り込むたびに理解不能な情報が脳を支配していき、骨を噛み砕いて飲み込むたびにそれらが身を引き裂かんと暴れ出す。それでもこの世のなによりも美味しく、どんな快楽よりも気持ちがよく、ゆえに止められなかった。


 最早、女神がゾンビだろうと、そうでなかろうと関係なかった。


 体が疼く。


 内側が溶けて新しいものへと変わっていく感覚がする。


 それはまるで羽化だった。


 やがて男の背中から肉の翼が伸びた瞬間、弾けた魔力の波動が衝撃波となって周囲を破壊する。


 その爆心地に佇む男の影は、こう呟いた。


「俺が完成した」

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