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34.絶望の序曲

 ヴィクトリアと明日音は並び立ち、ミカエルと対峙する。


「ああ、こりゃ大変だ。お嬢様方を二人とも敵に回しちゃったようだね。まぁ明日音くんは記憶操作を行い、その上で疑似的な自我を抹消されば問題ないか。そっちのクソアマは―――」


「誰がクソアマだ。こっちにはヴィクトリア・アンジェベルクっていう素敵な名前があるのよ」


「失礼……だが、今から死ぬ人間の名前を覚えるほど、僕は暇じゃないんだ」


 柱の影から幽鬼のように立ち上がったジークフリードは、ミカエルの隣まで歩いてくる。頭部の半分以上が破壊され、もはや人間としての原型を留めていない血にまみれた顔がそこにはあった。鎧の内側からも肉片がはみ出ていたり、相当やられているようだ。


「ジークフリードくん、今から君に活性剤を打つ。これで戦闘の続行は可能だ」


「…………」


 ミカエルは白衣のポケットから活性剤を取り出して、ジークフリードに見せる。しかしジークフリードは活性剤には目もくれず、半分飛び出した右眼でミカエルを見下ろす。


 なにかを察したミカエルはもう一方の手で端末をジークフリードに向けて操作する。そしてジークフリードを支配するための固有の周波数を即座に演算し、電子音は鳴り響く。


「もう腹が減ったのか。悪いが喰うのはあそこのお嬢さんにし」


 しかしジークフリードは支配などされなかった。体の各所から伸びた触手がミカエルの全身に〝噛みついた〟。半分以上破壊された頭部では、音を認識できなかったようだ。


「な……ぼ、僕は君の親だぞ! やめろ、なにをして」


「……俺ハ騎士団長ダ」


 ジークフリードの掠れた声とともに、触手がミカエルの体を喰らう。


「あぁぁぁああっ―――――――」


 ミカエルの断末魔は一瞬で途切れて、肉が引き裂かれ、血が噴き出し、骨が砕ける音が静寂を赤く塗りつぶしていった。凄惨な光景が広がっていくなか、ジークフリードは臓物の一片すらも残さずミカエルの体を喰いつくすと、ヴィクトリアたちのほうへ体を向ける。


「……ああ、俺は、また、強さを積み重ねた」


 先ほどまでとは打って変わり、青年の声がジークフリードからした。


 赤い鎧の内側が盛り上がり、増大した剥き出しの筋繊維がそこかしこから飛び出している。そして体のいたるところから先端が捕食器となった触手が蠢いていた。頭部は完全に修復され、歪ながらも半分以上は美男子の顔に戻っている。


 空になった背中の血液タンクを投げ捨てて、ジークフリードは一歩前に出る。


「まずは、お前からだ」


 ヴィクトリアを指さした直後、数本の触手が伸びてきた。集合体のそれよりもはるかに速い。


『魔紋展っ』


 急いでヴィクトリアは右手を構えて回復魔法を撃つ構えに入ったが、それよりも先に一本の触手がヴィクトリアの右脇腹を貫いた。


「ヴィクトリア!」


「がはっ……」


 右脇腹の肉は完全に引き裂かれて、触手が貫通していた。血とともに熱が広がっていく。右半身の感覚が狂い始めて、ヴィクトリアは大きく姿勢を崩して血溜まりを地面に吐いた。


 感染―――その二文字が思考を絶望に染め上げていく。


 それでも、とヴィクトリアは顔を上げて咆哮した。


「止まるな、明日音ッ!」


 今、ヴィクトリアの負傷に気を取られて、ジークフリードに追撃を許すわけにはいかない。


 たとえ自分が死のうとも、こいつだけは倒さないといけない。


『魔紋展開ッ―――光のッ回復魔法【リジェル】!】


 自らを貫いた触手をヴィクトリアは右手で掴んで、そこから【リジェル】を放った。直接触れた状態でその魔法を受けたジークフリードの体は一時的に停止した。


「なにを、し、た!」


「くっ、そおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 明日音は振り切るようにヴィクトリアから視線を外し、地面を思いっきり蹴って跳躍した。日本刀を振り上げ、着地と同時にジークフリードの右腕に向かって振り落とした。


 刃は血しぶきともに右腕を切り裂いていき、振り切られると同時にそれを完全に切断していく。


「お前を一刻も早く殺して!」


 振り切られた日本刀の刃が返されて、もう一撃をジークフリードの胸部に差し込む。血が吹き出した。が、浅い。


「ヴィクトリアをぉぉッ!」


 明日音はそのまま左手に日本刀を持ち替えて、振り返りざまに一閃を放つ。今の彼女に後退するなどという思考はなかった。一刻も早く決着をつけなければという、焦燥感のみがあった。


 ゆえに敵の攻撃に対して無警戒すぎた。


 ジークフリードは振り返りざまの一閃を完全に見切り、姿勢を低くして触手を放つ。ヴィクトリアの時と同様、その動きは速すぎて明日音ですらも意識していないと回避不能なほどだった。


「ッあぁぁああぁぁあぁぁあ!!!」


 明日音の右胸を触手が貫く。そして日本刀を持った左手が切断され、宙を舞う。その鋭い刃は大理石の地面に突き刺さり、吹き出した明日音の血飛沫によって赤く塗られていく。


「異世界の人間、その程度か。俺の敵ではないな」


 反撃を試みる明日音に向かって、ジークフリードは左腕を振るってその小さな体を吹っ飛ばした。


 明日音の体は何度も地面に打ち付けられながら、ヴィクトリアの横の柱に背中を打ってようやく停止。そのまま気を失う。


「あす、ね……」


 ヴィクトリアは明日音に歩み寄ろうとしたが、ついに両足に力が入らなくなってきて崩れる。視界がぼやけ始め、意識が朦朧としてきた。


「ちく、しょう……」


 横たわったまま明日音に向かって手を伸ばしたヴィクトリアだが、その手も途中で落ちてしまう。


 エリーナ……?


 意識が途切れる直前、目の前に見えたのは彼女の姿であった。


 微笑んでいたのか、悲しんでいたのか。


 今となっては分からない。

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