32.届かなかった声
「馬鹿よ、大馬鹿野郎よ、あんた! あんなので納得できるわけないでしょ!」
「……ヴィクトリア」
明日音が最後に見せた儚げで優しくて無理やりな笑顔。あんなもので納得してサヨナラなんてできるはずがない。
ヴィクトリアは明日音の胸ぐらを掴んで、顔面がぶつかりそうな距離で思いっきり叫んだ。
「たしかにあんたにとって、あたしは大切な存在なんでしょうよ。好きって言ってくれたもんね。そりゃ光栄よ。どんな〝好き〟でも私は嬉しい。でもね!」
目の前で驚きつつも、しっかりとヴィクトリアの瞳を見据えている明日音。そんな彼女の顔が悲しくて堪らなかった。気づけば、ヴィクトリアの瞳から涙が溢れ出してきた。
「あたしだって、あんたのことが好きよ。だから、勝手に一人で犠牲になろうとするな……一緒に生きていく道を考えなさいよ」
大切だ、守りたい、死んで欲しくない。明日音がヴィクトリアに想っていることは、全てヴィクトリアも明日音に想っていることだった。
「あんたがゾンビだろうと関係ない。あたしが好きなのは明日音、あんたの心よ。どんな姿でもそこにあんたの心があれば、あたしはあんたを愛するわ」
「ヴィクトリア……」
「いつも一方的すぎんのよ、あんたは。そういうところも好きになっちゃったんだけど」
ああ、これ告白だな。ヴィクトリアは内心そう思ったが、もうそれでいいと思った。感情に任せて吐いた言葉がそれなら、きっと本当の気持ちなのだろう。相棒から恋人に変わっても、幸せでいる未来は見えた。
「……すまん」
「謝らなくていいのよ」
「……本当にすまない」
「だからいいって、それだけあたしを愛してくれていた証拠なんでしょ。ありがと」
「必死になにかを訴えかけてくれているのは分かるんだが、あまり聞き取れない」
「は?」
明日音は自分の耳を指さして言った。
「鼓膜がな、破れているんだ」
「……んじゃ、さっきの告白は無しで。たぶん勢いに任せたアレだから」
熱くなった心が急速冷凍されたヴィクトリアは、明日音の手を掴んで起き上がらせる。土煙が晴れてきて、向こう側にいる赤い鎧の敵の姿見えた。
「騎士団長サマが相手なんて、夢にも思わなかったわ」
魔法の練度においてはジークフリードのほうが遥かに上だ。さらにゾンビとしての身体能力があるとするならば、タイマンでは確実に勝てないと分かる。だが、明日音がいれば別だ。連携で練度と身体能力の差を埋めていく。
それが唯一、ヴィクトリアたちに残された勝機。
「連携だな」
「聞こえていないのによく分かったじゃない」
「ああ、君とならダンスを踊れそうだ」
「いや、微妙に会話が噛み合っていないわね」
ヴィクトリアは溜息を吐くと、手に持った日本刀を明日音に投げ渡す。
「これは……?」
「あんたの得物でしょ」
「私へのプレゼントだな、受け取るよ」
「いや、そういうわけじゃ……」
「大丈夫。気持ちはちゃんと伝わっているぞ」
「あー、もうそういうことにしといて」
「照れるなよ」
ニィッと笑みを浮かべた明日音は鞘から刃を引き抜く。片刃の刀身は土埃から僅かに反射する光を受け止め、その切っ先は鋭く煌めいていた。流れるような動作で自らの周囲を舞っている土煙、埃、空気の流れすらも全て断ち切るように前へと構える。
「これでようやく本調子だ」
「んじゃ期待してるわ」
「背中は預ける」
「あいよ」
「いくぞ」
「ええ、いつでも」
互いにタイミングを合わせて、一歩、踏み込む。
そして左右に分かれて一斉に駆け出す。
同時にジークフリードのほうも動き出した。両手を構えて炎と氷の魔紋を輝かせる。
『魔紋展開―――炎の攻撃魔法【ブラストリィ】』
両手を構えたということは〝例の大技〟を繰り出して来るはずだ。炎を纏った氷のギロチン刃、それが一斉に投射されるだろう。問題はヴィクトリアを狙ってくるか、明日音を狙ってくるかだ。ヴィクトリアの場合は直接体を斬り裂こうと迫り、明日音の場合は攻撃魔法を当てても消滅するため飛礫による間接的な攻撃を狙ってくる。
『魔紋展開―――氷の攻撃魔法【フロストエッジ】』
繰り出された魔法がどこへ向かっていくかを見て判断する、のでは遅い。ある程度の推測をした上で行動しなければ全て回避できないだろう。要は賭けに出ろということ。
ヴィクトリアは賭け事をするとき、まず相手の目を見るようにしていた。
相手の立場になって考えろ―――自分はフェース王国最強の魔法士、騎士団長だ。魔法の扱いなら右に出る者はいない。絶対的な自信がある。変異体のゾンビにだってなった。身体能力もこんな小娘ども相手に引けを取ることはないはず。奴らは最大効率で殺す。自分の技術をもってすれば、この一撃で両者を殺すことなど造作もない。
鍛錬を重ねた人間は、それにおいて絶対的な自信を有するようになる。失敗するかもとか考えなくなるのだ。騎士になることを目指して、朝から夜まで光の魔法を練習し続けたヴィクトリアだからこそ分かった。ヴィクトリアが回復魔法において「失敗するはずがない」という想っているのと同じように、ジークフリードもまたそうなのだ。
その道を究めた者が抱く一種の確信じみた感情、それゆえに敵は思い切る。
『合体―――攻撃魔法【爆発的な氷刃の拡散】』
ジークフリードの詠唱と同時に、ヴィクトリアは明日音に視線を送った。その視線を明日音は即座に受け取り、その意図を理解した。
二人の少女は地面を蹴って方向を転換、左右に分かれた道が再び一点に交わろうと向かっていく。
「一点に、集マッ、て攻撃オやリ、過ごソウトい、うノか……無駄だ」
ジークフリードの言葉にヴィクトリアは確信を抱いた。彼はたとえヴィクトリアと明日音が同じ位置にいたとしても、正確に攻撃を当てられる。ヴィクトリアには直撃を、明日音には飛礫を。だからこそ「無駄だ」と言った。彼はそれほどまでに正確に魔法を制御できるのだ。
ジークフリードの頭上に出現した無数のギロチンの氷刃は炎を纏う。そして二人に向かって正確無比な軌道を描いて打ち込まれていく。
「明日音」
直前、ヴィクトリアは明日音に手を差し伸べて言った。
「ダンス、踊るわよ」
「ああ」
ヴィクトリアは明日音の手を取って、彼女の体を振り回した。二人の位置は左右逆転し、その状態から地面を蹴ってバックステップ。その直後、炎を纏ったギロチンが明日音の体に炸裂した瞬間に消滅し、二人の眼前を飛礫が飛び過ぎていった。
二人の位置を反転することで直撃コースのギロチンは明日音へ、そして一歩下がることで攻撃範囲の狭い飛礫はやり過ごせる。相手の狙いが正確すぎたがゆえの盲点だ。
「ヴィクトリア!」
明日音の声にヴィクトリアは頷き、そのまま二人で柱の陰に隠れるように走っていく。ジークフリードは魔紋を展開したまま、魔力が放出され続けている右手を向けて詠唱した。
『炎の攻撃魔法【ドラゴフレア】』
右手から竜の形をした炎が出現し、二人の姿を隠す柱に向かって放たれる。しかし明日音は柱に身を隠す動作から一転、向かってくる炎竜の前に立ち、魔法を敢えて受けて消滅させた。
「迫力はあったぞ」
「貴、さマ……」
「そう怖い顔をするな。いい顔が台無しだろ。いや、もう台無しだったか」
「俺ハ、英雄、だ……」
「教えてくれよ。男のゾンビはイチモツの先まで腐っているのか? 私は女の体だから、よく分からないんだ」
『氷の攻撃魔法【ブリザードラゴ】!』
今度はジークフリードの左手から氷の竜が現れて、明日音まで猛進していく。しかし明日音に炸裂する直前で四体に分裂し、背後の柱を削った。それによって吹き飛んできた飛礫が明日音の背中へと吸い込まれて―――。
「悪いな」
明日音は日本刀を構えた状態で反転し、振り返りざまに一閃を放つ。銀の片刃が繰り出す鋭すぎる一撃。明日音の桁外れな身体能力から繰り出される万力、そして経験の記憶によって受け継がれた達人の技巧、その二つが合わさったとき岩をも斬り裂く剣技が生まれた。
飛礫が直線状に並んだその瞬間、その一閃が刺し込まれる。
一閃は飛礫を斬り裂くとその破片の軌道を逸らし、明日音のすぐ真横を通り過ぎていく。唯一、そのうちの一片が彼女の頬を浅く切り裂いていた。
「挑発の言葉は練習中なんだ」
「……ッ!?」
「そこだ、ヴィクトリア!」
ジークフリードが明日音に気を取られたその一瞬、ヴィクトリアはジークフリードの懐に潜り込んでいた。




