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28.真実

 扉の先はまさに異世界であった。


 入口付近こそパイプや鉄骨がいくつも重なり合って構成されたカオスな空間だったが、そこを抜けると整然とした純白の空間に出た。


 天井からは絶え間なく一定量の光が降り注いでおり、純白の空間を最大限にまで照らし出している。廊下らしきその場所の壁は異様なほどに白く、均等に切り出された足場のタイルは一切の乱れがない。土の臭いが全くせず、代わりに新品の魔動機械からする独特な香りが空間全体からした。


 どこもかしこも昼間以上に明るく、そして整いすぎている。


「明日音……」


「なんだ?」


「彼氏かと思った」


「…………」


 明日音の歩調が速くなった。それについていくように、ヴィクトリアは駆け足で追いかける。


「だってあんな口調、自分の娘にする? ああ、もうその話は良いってこと? よし、話題を変えましょ。焼肉奢るレースには興味ある?」


「肉は好きだ」


「恋人先にできたほうが焼肉奢るのよ」


「この世界にまだ焼肉を食べられる店があればの話だが……前向きに検討しよう」


「……この約束、エリーナともしていたの。約束は果たせなかったけど……あんたとは果たしたい。だから―――」


 ヴィクトリアは手を伸ばした、明日音のいる方向に。


 ゾンビ相手なら明日音に任せておけば安心できたが、そうでないなら話は別だ。彼女の育ての親と名乗る人物の登場、そして異世界にあるはずの謎の研究施設……理屈では説明できない、黒い霧のような不安がヴィクトリアの胸の内に広がっていった。


「死なないでよね」


「……ありがとう」


 そう返した明日音の意図は分からない。ヴィクトリアの伸ばした手は空を切っていた。


「ところで、私と君が恋人になったら、どっちが奢るんだ?」


「それは割り勘」


「フェアで安心したよ」


「ユーモアを吐く余裕は出てきたようね。それでこそあたしの相棒よ」


 白い廊下は延々と続いており、後ろを歩く人々の表情に疲労が見え始めていた。


 正直、このような場所に連れて行きたくはなかった。かといって地下通路に置いていけば、ゾンビに襲われる可能性が高い。ここは多少のリスクを承知の上で、全員で動いたほうが良いだろう。


(出入り口があそこだけとは思えない。ルートが分かり次第、生存者だけでも地上へ出してあげないと……)


 ヴィクトリアはそう考えつつ、研究施設内の全体像を把握できる手段を探し続ける。都合よく館内マップみたいなものが掲示されていればよいのだが……。


「やぁ、明日音くん。会いたかったよ」


 廊下横の部屋から出てきた男は、明らかにヴィクトリアたちとは別世界の出で立ちをしていた。黒いジャケットに赤と青のストライプ模様のネクタイをし、その上に白衣を着こんでいる。頬がこけた不健康な顔立ちをしており、乱れた長い金髪が鳥の羽のように左右に広がっていた。


「僕がここ、国際保健機関病疫衛生医学研究所東京支部―――通称、ファクトリーの所長を務めるミカエル・クリプタールだ」


 男は白く濁った右眼で明日音を見て言った。両手を広げて彼女を歓迎している気持ちを前面に表してくる。


「国家保健機構病気精鋭医学研究所といったか」


「国際保健機関病疫衛生医学研究所だよ」


「国際……なんだっけか」


「ファクトリーでいいよ」


「わかった」


 明日音は気を取り直して、ミカエルの方を見て言う。


「何故、我々の世界のものがここにある」


「初っ端に聞くのがそんなことだなんて、ノリが悪いって言われないかい?」


「答えろ」


「自分が何者であるかのほうが、君は気になっているって顔をしているけど」


「それよりもまずはこの場にいる生存者たちの安全を保証しろ!」


「…………」


 ミカエルは両手を白衣のポケットに突っこんで、明日音の後ろにいる生存者たちに目を向けると溜息を吐く。


「歓迎したのは明日音くんだけなんだけどね」


「……なんだと」


 明日音はクレイモアを前に構えて、ミカエルに向けた。しかし彼は臆することなく続ける。


「明日音くん、いけないじゃないか。関係のない人間を許可なしに連れて来るのは社会人として間違っている。これは常識の話さ。理解できたかな?」


「ならば生存者の保護を求める。私を観察していたというのなら、この世界の惨状は知っているはずだ。保護でなくても、地上の安全な場所へ出る方法を教えてくれるだけでもいい」


「……もう一つ、前提として僕と君との認識の違いを指摘しておこう」


 ミカエルは生存者たちを指さし、笑みを浮かべてこう言った。


「僕にとっては彼らは被験者だ。外に出てきたモルモットはケージの中に戻してやるのが礼儀というものじゃないのかい?」


「被験者……だと!?」


「いや、でもそうだな。せっかくだからこちらで確保しておくのもいいかもしれない……ちょうど手持ちも減ったことだし」


「ヴィクトリア、逃げろ!」


 明日音は振り返って、ヴィクトリアに叫んだ。


 ミカエルとの会話の内容が全て理解できたわけではない。ただ、助けてくれるわけではなく、むしろ危害を加えようとしてきていることはヴィクトリアにも分かった。急いで生存者たちを地下通路の方へと戻そうとするが、


『魔紋展開―――氷の攻撃魔法【フローゼス】』


 魔法を詠唱する声がミカエルの後方からした。生存者たちの足元に冷気が集まり、やがて氷が純白の廊下から浮きだしてきて、生存者たちの足を凍てつかせて拘束する。


「魔法士!?」


 この一瞬で生存者全員を拘束できる範囲の魔法を発動させるなど、並大抵の魔法士ではない。魔法の練度は明らかにヴィクトリアよりも上だ。ここにいる騎士の誰よりも魔法を使いこなしている。


「よくやった、被検体A7―――いや、異世界人にも親しみやすい名前でこう呼ぶとしよう」


 純白の廊下の真ん中を、一歩ずつ確実に踏みしめる赤い鎧があった。一度破壊されたのだろうか、別素材の金属を用いて継ぎ接ぎにした鎧は、右肩だけ大きく突き出した歪な形をしている。頭部の鎧兜は喪失しており、顔の左半分は鋭くも艶めかしい澄んだ蒼の瞳をした美男子で、右半分は表皮が裂けて筋繊維が露出したものであった。


「騎士団長、ジークフリード」


 背中には無数のチューブが打ち込まれており、無理やり縫合した部位が血で滲んでいたりした。肉が足りないところは金属パーツで補い、血液は常に背中に備えられたタンクから供給されるようになっている。


「嘘……どうして生きているのよ!?」


 ジークフリードは東の城門にてゾンビの大群に轢き殺されたはずだ。殺到するゾンビたちに鎧を剥がされ、四肢をもがれたところをヴィクトリアは確かに目撃していた。


「彼は現時点で異世界における僕の最高傑作さ。戦闘力に関しては明日音くんをも大きく上回る。兵器として申し分ない存在だ」


 ミカエルはそういうとポケットから手のひらサイズの端末を取り出して、ジークフリードに向けて操作をする。直後、ヴィクトリアたちが聴いたことのないような奇妙な音(電子音と、明日音の世界ではいうらしい)が端末からすると、ジークフリードは静かに頷き両手を構える。


「ヴィクトリア、こっちで時間を稼ぐ! その間に!」


「待って、明日音! アイツは危険よ!」


 ヴィクトリアの静止も聞かず、明日音はクレイモアを構えてジークフリードまで駆け出す。


「魔法を使える変異体か……ッ! だが、詠唱のタイミングさえ分かれば回避だって」


『魔紋展開―――炎の攻撃魔法【ブラストリィ】』


 ジークフリードの右腕が炎に包まれる。


『魔紋展開―――氷の攻撃魔法【フロストエッジ】』


 その右腕に、氷の刃となった左手が添えられて、


『合体―――攻撃魔法【爆発的な氷刃の拡散ブラスティック・フロストエッジ】』


 ジークフリードの前方に無数の氷のギロチン刃が発生し、炎を纏いながら明日音に殺到していく。その数、二〇。その全てが明日音の認知機能を凌駕する速度で迫ってきた。


 明日音はクレイモアでギロチンの刃を受け止めようとするが、一撃受けただけで諸刃の刃は砕け散る。明日音には戦闘の知識はあっても、魔法など異世界の技術に関する知識は一切ない。物理的な攻撃と思って受け止めたのだろう。


 しかし実際は魔法によって生み出されたものは、その魔法の練度にもよるが通常の物質よりも遥かに強靭だ。それこそ騎士団最強が扱う魔法とすれば、真正面から受け止めることは自殺行為に他ならない。


 クレイモアの刃を砕かれて自分の身を守る手段の一切を喪失した明日音に、残る一九のギロチン刃が四方から迫りくる。直撃、炸裂、死亡。そのいずれも回避不能である。


 しかし次の瞬間、ギロチン刃も纏われていた炎も、明日音に到達した瞬間に次々と消滅していった。


「無駄だよ、ジークフリードくん。彼女に魔法は効かない」


 そう言ってミカエルは右手に持った端末を明日音のほうへと向けて、ボタンを押した。すると、明日音の動きは止まった。


「……なにをした!」


「ああ、この端末のことかい? 僕が開発したZウィルス感染者のコントロールシステムさ」


 明日音は必死に抵抗するが、両足は地面と一体化したかのように屹立していた。指先は辛うじて動かせるものの、それ以外は震えることしかできないでいる。


「Zウィルスは人間の中枢神経を変異させる。人間よりも強靭で、単純な構造の……ゆえに操作することは容易い。その環境に応じた特殊な周波数を演算し、音として出力することで感染者は容易に操作することができるというわけさ」


 無論それ以外にも必要な要素はあるけど詳しく説明する必要はないだろうし、と言ったミカエルは端末をポケットに仕舞い明日音を見た。


「君は生まれながらにして人間ではない」


 ミカエルは上機嫌に鼻息を吐き出すと、その言葉を高らかに宣言した。


「胎児の時点で母体を通して感染した存在にして、生まれながらのゾンビ。そして人類の叡智を結集しても到達しえなかったZウィルスの申し子であり、僕が発見し調整した最高傑作の被検体―――」


 両手を広げて、ミカエルは天に向かって叫ぶ。


「それが君、織田明日音だ!」


 意味が分からなかった。


 明日音がゾンビなど、ヴィクトリアには信じられるはずもない。今まで明日音が人を食べたことはなかったし、ゾンビのように理性を失ったようなこともなかった。


「嘘よ! あんた、口から出まかせを言って明日音を混乱させようとしているだけじゃない!」


 ヴィクトリアは身を乗り出して、ミカエルに向かって思いっきり怒鳴った。足元が氷漬けにされて動けなくとも、明日音に向かって必死に手を伸ばして、


「明日音、そんな奴の言うことなんか信じちゃダメよ!」


「……うるさいなぁ。熱心な被験者は大歓迎だけど、こうも喚き散らされると僕も無視を貫き通すのは困難だ」


 ミカエルは明日音を指さして、ヴィクトリアに提案した。


「そんなに明日音くんが人間であると信じたいのなら、今ここで彼女に回復魔法を撃ってあげるといい。どうなるか……僕も正直気になっていたところだ」


「そうじゃない……けど!」


 ヴィクトリアは伸ばした右手に力を込める。


 明日音はゾンビではない。なら何故、攻撃魔法が彼女に当たる前に消滅したのだ。異世界の人間だからか? 確証などない。だが、ここで否定しないと、明日音は―――。


 心を葛藤で搔き乱され右腕は震え、焦点が合わなくなる。息が荒くなり、肩で息を吐くようになった。嘘だ、と否定するほどにそれらは強くなっていく。


「……ヴィクトリア」


「明日音……?」


「いいんだ」


 振り返った明日音の表情は、今にも割れて壊れそうな硝子のように儚げで、瞳の奥に自分よりもヴィクトリアたちのことを想う優しいものが浮かんでいた。


「薄々私も気がついていた。自分が人間ではないと。だから、いいんだ」


 そっと無理に笑みを浮かべて、これで会うのが最後かもしれないと表情で訴えかけてくる。


「君だけは生きてくれ」


「違う……違うのよ……」


 振り絞った声を上げたヴィクトリアの声に、明日音は振り返ることなくミカエルを見据えて言った。


「取引だ。私は貴様について行こう。見たところ、貴様にとって私は研究対象として申し分ない存在らしいからな。だが、ヴィクトリアたちは被験者にするな。生きた状態で、安全な場所まで送り届けろ」


「もし、僕が取引に応じなかったら?」


「私は今ここで自分の首を落とす。生憎、ゾンビの殺し方は心得ているのでな」


「……ふむ」


 暫時、両者の間に沈黙が訪れる。そして口を開いたのはミカエルのほうだった。


「わかった。そうしよう。生存者はこちらで一旦保護し、君が役目を果たせば安全な場所まで連れて行き、そこで解放させるよ」


「……話が分かるようで感謝するよ」


 ヴィクトリアが最後に見た明日音の横顔、表情は黒髪に隠れて見えない。ただ口元は笑っているようで、どこか泣いていた。


 そんな悲しい顔するな。


 二人で考えればまだ道もある。


 ここで終わりたくない。


 必死にヴィクトリアは叫んだし、手を伸ばしたし、足元の氷を割ろうとした。だが一歩も進むことができぬまま、


『魔紋展開―――氷の攻撃魔法【ミストリィ】』


 視界に白い霧がかかり、それを吸い込んだヴィクトリアの意識は急速に落ちていった。

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