27.繋がル、世界
王城の脱出計画の決行は大幅に前倒しされることとなった。
ゾンビが王城に投げ入れられ、王城内も安全な場所ではなくなった以上、ここから脱出しなければならないのは当然だ。王の間に集まった人々だったが、明日音が駆けつけるまでに十数名がゾンビの犠牲となっており、その表情は恐怖一色に染まっていた。
「議長、状況は」
「生きている人間は全員集まった。あとは地下通路に向かうだけだな」
「わかった。私とヴィクトリアで道を切り開こう。騎士たちには防御系の魔法を展開しつつ、人々を守るように指示してくれ」
明日音は両手両足に自作のプロテクター(鎧を改造したもので、剣を扱いやすいように手首から先は敢えて露出させてある)を装着し、背丈の半分以上もある長さの諸刃の剣―――クレイモアを片手で持って言った。
「こっちも準備完了よ。バリケードが破壊される前に行きましょ」
ヴィクトリアも明日音と同じようにプロテクターを装着しつつも、両腕には保護のための包帯を何重にも巻いている。回復魔法はゾンビに対して非常に有効な攻撃手段だが、近接戦闘は避けられない。返り血による感染をこれ以上起こさないためにも、末端部分の保護は必要不可欠だ。
議長の案内に従い、ヴィクトリアたちは王城の地下へと向かう。地下は倉庫になっており、非常時の食糧や武器、そして王家に伝わる宝物が乱雑に置かれていた。議長曰く、宝物も多くなり過ぎれば倉庫の肥やしにしかならないとか。
当然ながら地下には月の光すらも入り込むことはなく、議長たちが持っているランタンの光のみが頼りであった。数歩先の視界は暗闇に包まれており、否が応でも身構えてしまう状況だったが―――。
ヴィクトリアは周辺に警戒しつつ、案内をしている議長に言った。
「……議長、あんたには感謝しているわ」
「大人の責任を果たしているだけだ」
倉庫内を注意して歩きつつ、議長は王家に伝わる純金のネックレスを手に取り、懐へと仕舞った。
「明日音のことを信じてくれてありがとう」
「信じたおかげで、私たちは今も生きている。感謝するのは私のほうだよ」
議長は王家に伝わる虹色の宝石の指輪をポケットに入れて言った。
「私は傲慢で欲深い人間だった。だが君たちのおかげで初心に戻れた気分だよ。あ、この王冠は高くで売れるやつだな」
「市民のために本気で取り組んでいるあんたの姿は本物よ。尊敬している。この宝石もらうわね」
ここぞとばかりに倉庫内の宝物を漁りつつ前進する、欲深き二人の背中を見て明日音は言う。
「……君たちも大概、阿呆だな」
この状況でも金目のものをちゃっかり持って帰ろうとする欲深き者たちに、明日音は生暖かい視線を送るのだった。
そう呆れていた明日音だが、倉庫内に人々のものではない足音を微かに耳にして、立ち止まる。そして同じく立ち止まったヴィクトリアと見合わせて頷く。
「いるわね」
「ああ、いるな」
「議長、ランタンの光を強くして」
「新米の騎士、人々を守れ」
それぞれに指示を出した二人の少女は、明るくなった視界に二体のゾンビが現れた。
「「アァアァァァァッ!」」
ヴィクトリアは右腕の魔紋を展開し、
明日音はクレイモアを左に構えて、
『魔紋展開! 光の回復魔法【メディク】!』
「そこだッ!」
眼前のゾンビに回復魔法を撃ちこんで、上半身を吹き飛ばす。
その鋭い諸刃で薙ぎ払って、ゾンビの頭部を刎ね飛ばす。
一瞬で両者はゾンビを無力化すると、奥の方からさらに湧き出してくるゾンビの気配を感じとり、並び立って己の得物を構えた。ヴィクトリアは回復魔法、明日音はクレイモア。そして両者は一斉に駆け出していった。
明日音がクレイモアでゾンビたちの首を一斉に薙ぎ払い、同時に三体を無力化。そのクレイモアの薙ぎ払いを抜けてきたゾンビに向かってヴィクトリアが回復魔法を撃ちこみ徹底的に潰す。
お互い返り血をなるべく浴びないように立ち回り、向かってくるゾンビの数、方向、挙動によってポジションを臨機応変に切り替えていく。手数の多い明日音は多勢を相手に、確実にゾンビを葬り去れるヴィクトリアは明日音の取り逃した敵を潰していった。
ヴィクトリアのほうにゾンビの意識が向くと、彼女は後退してゾンビを引きつける。意識がヴィクトリアのところへ向かい殺到してくる奴らの首を、横から明日音が刈り取っていく。
この一週間でヴィクトリアと明日音は、ゾンビに対する有効な戦術を訓練を重ねることで編み出してきた。
ゾンビの思考は個体差はあれど基本的には単純で、本能ゆえか直線的だ。誘導と奇襲。この二つを心がけることで、生存率は格段に上がる。
倉庫内のゾンビがあらかた片付いた頃、議長の言っていた地下通路への入口へと辿り着いた。重厚な鉄の扉、一見すると装飾のあるだけの壁のようにも見える。
議長は鍵を入れると、中で何重にも掛けられた内部のロックが鈍い音とも外れていき、やがて大きな金属音とともに解錠が完了された。
「あんた、裏取引のたびにこれ使ってたの?」
ヴィクトリアは鍵をポケットに仕舞った議長に問いかけた。
「とはいっても年に一回程度だぞ。頻繁に裏取引をするような悪徳政治家ではない」
「年に一回程度なら許されると思っているのね……」
「元々は儀礼用のものだったらしいが、一〇〇年以上前にあった王城の大改築の際に政治的理由から倉庫室の奥まで追いやられたようだ」
「政治的理由ねぇ……」
「フェース王国は元々宗教国家だったからな。しかし女神の権威の失墜とともに、革命が数度起きて今の王制に落ち着いたのだよ。もっと歴史を勉強したまえ」
フンス、と鼻息を吐き出した議長はそのまま先に進む。ヴィクトリアと明日音もそれに続いて地下通路へと続く急な階段を降りていく。後続の人々は騎士に守られながら、彼女らに続いていった。
ランタンの光に照らされる地下通路の外壁は、経年劣化でレンガが崩れ落ちた箇所が多く見られ、岩肌が露出していた。響く足音はどこまでも無限に続くような暗闇の先へと消えていく。地下ゆえにか気温も低く、気づけば吐く息が白くなっていた。
緩やかな坂道が続く地下通路、ゾンビのうめき声も一切聞こえない静寂が支配する場所。生存者たちの足音と、息を吐く音のみが静かに広がっていく。
ふと、議長の足が止まった。
「行き止まりだ……おかしいぞ、たしかここには道が」
目の前は艶のある岩盤のようなもので塞がれており、行く手が阻まれている。三ヶ月前の地震の影響で岩盤が落ちてきたのか。
「……待て」
そう言ったのは明日音だった。呆然とする議長の前に出て、岩盤を拳で軽く打って見せた。すると金属音が周囲に響き渡る。
「鉄製……人工物か」
議長からランタンを取った明日音は、金属の壁に光をあてた。すると壁に文字が浮かび上がってきた。ヴィクトリアでも辛うじて意味ができる程度の異言語、意味は『国』『機関』『研究』……だが、何を指しているのか分からない言葉がいくつかあった。
「国際保健機関病疫衛生医学研究所東京支部……」
明日音はそう読んでいた。ヴィクトリアは意味であれば理解できたが、支部の前にある単語には聞き覚えが無かった。文脈からしておそらくどこかの地名なのだろうが、少なくともこの大陸には存在しない地名だ。
「ゾンビの研究所がフェース王国の地下にあったってこと!?」
「……これはむこうの世界のものだ」
「明日音……?」
ヴィクトリアの言葉には答えず、明日音は前に踏み出すと金属の壁に触れて、
「……私はここを、知っている。懐かしい感覚がする」
触れた瞬間、壁が展開してスピーカーが現れると男の声がした。
『生体認証を確認。織田明日音くんだね。ずっと君の活躍を観察していたよ。いつか挨拶にと思っていたのだけれど、まさか君から僕のもとに訪れてくれるとはね』
その声はわざとらしかった。まるで全てを予測し、それが思い通りになったときのような。
「君は何者だ」
『その記憶にはロックをかけているから、僕が言わないと思い出せないだろう……僕の名前はミカエル』
金属の壁と思われていたものは、両開きのドアであった。左右に押し開かれることで、中の人工的な光が地下通路へと差し込んでいく。
『君の育ての親だ』
その人工的な光はヴィクトリアたちにとって目にしたことの無い、異世界の技術の産物であった。
『僕は君を歓迎しよう。さぁ、入りたまえ』




