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26.お腹が空いたので缶パしよウ

 すっかり体の力が抜けてしまったヴィクトリアのお腹は、我慢できずに「ぐぅぅ」と唸り声を上げた。


「なるほど、腹が減ったのだな」


「そうしておいて。うん、腹減った。なにか食わせなさい」


「任せろ」


 明日音はガスコンロ(魔動機械)をヴィクトリアの前に置くと、水を入れた鉄鍋を設置した。点火して数分後、鉄鍋の中の水が沸騰しはじめたら明日音は缶詰を手に取り言った。


「これは……焼きサバと読むのか?」


「水煮のことね」


 缶詰に書かれた文字を見たヴィクトリアは、他にもこの世界の文字が書かれた缶詰を手に取って明日音に教えていった。


「なるほど、これは牛ミンチ焼きと言うのか。むこうの世界ではハンバーグと言ったな」


「なんか強そうな名前ね」


「むこうの世界のハンブルグという地名が元になっている名前だから、こちらの世界でそう言わないのは必然だな。これは肉野菜の……なんと読む?」


「これは肉野菜の包み焼きって読むのよ」


「ギョーザか」


「あんたの世界にはネーミングセンスの良いシェフがたくさんいたようね、羨ましいわ」


 そういうやり取りをしながら、沸騰したお湯の入った鉄鍋に缶詰を次々と投入していく。火は消して、ゆっくりと全体に温度が伝わるように箸で転がす。


「缶詰は直接火で炙ると中身が吹き出すから、湯せんして全体を温める必要がある」


「なるほど……」


「いつも冷たい飯だけでは生きる気力も消え失せるからな。少しでも美味しく食べられる方法を見出すのも、サバイバルにおいては重要なことだ」


 あとは缶詰が温まるのを待つ。


「不思議ね」


「なにがだ?」


「言葉のことよ。あんたのいた世界と私たちの世界、こんなにもたくさん違うことがあるのに、言葉はほとんど同じ。初対面のときだって何故かちゃんと伝わった」


「そういえばそうだな。考えもしなかったが、たしかにそうだ」


「なんだか不思議ね……」


 思えばガスコンロといい列車といい、動力こそ魔力であるものの魔動機械として同じようなものが存在している。缶詰もそうだ。明日音のいた世界でも魔法という言葉がフィクションの中には存在したようだし、異世界であるものの文化の根底にある考え方はほとんど同じな気がした。


「もしかして通じているのかもしれないな。私がいた世界と、ヴィクトリアのいる世界は」


「……だからゾンビも?」


「仮説だ。気にするな」


「だからって帰ってくれるわけじゃないものね。あ、そろそろじゃない?」


「そろそろだな」


 結論は出ぬまま、二人は温まった缶詰を取り出して、缶切りで開封を始めた。こちらの世界の缶詰はすぐに食事できるようにと開発されたもので、いわば高級品だ。ゆえに味付けもしっかりしており、いつも財布の中身とにらめっこをしていたヴィクトリアからすれば十二分に美味しい食べ物であった。明日音いわく、技術的限界なのか保存期間は短めのようだが、味は彼女のいた世界のものと比べても遜色ないらしい。


「そういえばさ、明日音」


「ん?」


 美味しそうにクチャクチャと牛ミンチ焼きを頬張っている明日音に、ヴィクトリアは訊いた。


「さっきさ、記憶を追うのはやめたって言っていたけど、それって……」


「振り回されていたからな、日々甦ってくる自分の記憶に」


 そう言うと明日音は箸を置いて、ヴィクトリアをまっすぐ見て続けた。


「記憶が甦れば甦るほど、私は自分が分からなくなってきたんだ。知らない女とキスをしていたり、ライフルを持ってゾンビを狩っていたり、英雄願望を抱いていたり―――。いつしか親友の死に絶望していた私は遠くなった。だから、もう考えないことにしたんだ。過去の自分が何者であったかよりも、今の自分がどうあるべきかを考えたい」


 食べ終えて空になった缶詰を足元に置いて、明日音はヴィクトリアをまっすぐ見た。


「そして、今の私は君の相棒でいればそれでいいと思っている」


「人を妥協点みたいに言うな」


「そういう意味で言ったんじゃない」


「どーだか」


 そう、ヴィクトリアは返した。明日音の言葉はどこか悲しく感じられ、胸の内に締め付けられるような想いが渦巻いてくる。記憶が甦れば甦るほど、自分という存在の不確かさが湧き出してくるのか。


「……それでも」


 ヴィクトリアがそう言いかけたときだった。


 ぐちゃり、肉と骨が潰れたような生々しい音が夜闇の中に響いた。なにが起きたのか理解できず、ヴィクトリアは暗闇の中で答えを探そうとするが見つからない。ただ、明日音はなにかを見つけたようで、立ち止まり、


「ゾンビだと……」


 足元で蠢いている生ける屍を指さして言った。両足の肉は捻じ曲がっており起き上がることすらままならず、地面で土を掻きむしり這いつくばっている。


 ここは城壁に囲まれた王城で、ゾンビが内側に侵入することは不可能なはずだ。


「嘘……どうして!?」


 信じられない様子でヴィクトリアは退く。目の前のゾンビは走り出して襲い掛かる気配はないが、ヴィクトリアの気配を感じると必死にそちらへ向かおうと地を這い始めた。


 そんななか、城壁の上で警備を行っていた騎士が大声で叫んだ。


「巨大なゾンビが王城に向かってゾンビを投げ入れているぞ!」


 直後、叫んでいた騎士にゾンビが直撃し、銀色の鎧が宙に投げ出された。月光がその騎士の無惨な姿を照らし出し、やがて夜空に無数に浮かぶゾンビたちの姿を露わにさせた。複数個所から投げ入れられ続けているゾンビの大群は、絶え間なく王城へと落下していく。


 そのうちのほとんどは落下の衝撃で潰れたが、それでも数十体のゾンビがすでに王城の中を闊歩していた。


 かくして平穏は打ち砕かれる。


 放物線を描きながら投擲され続けるゾンビたちによって―――。

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