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23.物資調達

 フェース王国、北の城下町。


 商人たちの声掛けで賑わっているこの市場も、今や腐臭と死臭が混ざった淀んだ空気が支配していた。崩れた屋台、地面に広がる人型の焦げ跡、肉片、肉塊、血だまり、肉片、贓物、そして腐乱した生物の断片たち。それらを踏みつけて闊歩するは、生ける屍……すなわちゾンビたちであった。


 地獄。それ以外に表現しようがない光景のなかで、ヴィクトリアは言った。


「【メディク】以外の回復魔法も試してみるか。余裕のあるうちに……!」


 前方に広がる一〇体ほどのゾンビに向かって、右手を構えて、


『魔紋展開―――光の回復魔法【メディバリィ】!』


 ヴィクトリアの右手の魔紋が煌めき、周囲に緑色の光が拡散する。緑色の光は真紅に変化すると、ゾンビたちの体内へと吸い込まれていき、弾けた。内側からゾンビたちの体を引き裂いていった光は、舞い上がる血飛沫とともに消えて行った。


「思った通り、【メディク】以外の回復魔法も有効だった……!」


 光の回復魔法【メディバリィ】、上位の回復魔法の一つで自分を中心とした広範囲に展開する【メディク】である。範囲こそ広いものの、その効果は【メディク】よりもさらに小さく、人間相手にはあまり使われない。しかしゾンビ相手には非常に有効であるといえる優秀な攻撃手段である……魔力消費量が多いという以外は。


 しかしヴィクトリアの放った回復魔法を受けてもなお、直進してくるゾンビがいた。彼女の二倍以上の巨体を持つ大男のゾンビだった。生前に鍛えられた肉体を持つゾンビは、非常に強力な個体になりやすい。通常の対処方法では倒せない敵だ。


「明日音! 強い奴が一体、カバー入れる!?」


「任せろ!」


 ヴィクトリアは後退。後方から明日音が剣を構えて前進、ヴィクトリアと入れ替わる。


「こっちも援護するわ!」


 ヴィクトリアは左手を構えて、右手で押さえる。左手の人差し指と中指を添えて、前方を指す。そして狙いを大男のゾンビの頭部へと定めて、


『魔紋展開―――光の回復魔法【リジェル】!』


 左手から放たれた緑色のソニックブームのような光の塊は、大男のゾンビの頭部に炸裂。赤い光が広がったと同時に、大男のゾンビの全身を麻痺させる。


 光の回復魔法【リジェル】は細胞の活性効果は無く、代わりに対象の意識を覚醒させる効果を持つ。主に気絶した人間の意識を取り戻させるために使われるが、傷は治らないため、対象がショック死する可能性もあるので注意して使う必要がある―――とヴィクトリアは教えられた。


 だが対ゾンビ戦においての使い方は全くの別物だった。大男のゾンビの様子を見るに、当たったゾンビの活動を一定時間停止させる効果になるらしい。魔法自体の射程距離も他のものと比べると格段に長いため、後方支援や強力な個体への対処法にもなるだろう。


「要は目覚めさせるの反対……気絶させる効果ってわけね。今よ、明日音!」


「ああッ」


 明日音は剣を構え、大男のゾンビの首筋を的確に捉えて斬撃を打ち込む。一閃が丸太のような首筋を両断。勢いよく頭部が宙を舞い、断面から血液が噴水のように巻き上がっていく。


「暫くは血液で誘導してあるから、大群は来ないだろう」


 ゾンビたちがやられたのを確認した騎士や男たちは運搬用の魔動機械を走らせていく。


 前衛の明日音とヴィクトリアがゾンビを排除し、食糧調達班たちが騎士営舎や食糧保管庫へと向かい、保存食を確保する―――というのが今回の物資調達の作戦内容だった。あとはゾンビの群れが戻ってくるまで、使えそうなものを調達するだけだ。


 ヴィクトリアは城壁の上から周囲を確認している騎士に、まだ群れは来ていないかと合図を送って確認し、大丈夫だという返事のサインを受けると頷いて明日音のほうへ歩いた。


「まだ群れは来ていないらしいわ。物資の調達を続行しましょ」


「……少し気になることがある」


 明日音は周囲を見渡す。


「気になること……?」


「生存者が少なすぎる」


 市場付近の建物からは人の気配はない。外の様子を知れば、立てこもっている者たちは接触を図ってくるはずだ。しかしそれがないということは、本当に誰も生きてはいないのだろう。


「ゾンビは東からやってきたと言っていたな」


「ええ、そうよ」


 騎士団長のジークフリードが魔法の効かないゾンビ相手に轢き殺されていった光景が、ヴィクトリアの脳裏に浮かぶ。


「だとしたら、北のこの場所にはもっと生存者がいてもおかしくはない。東から逃げ延びた者が皆に危険を知らせるはずだ。結果、バリケードを作って家に立てこもったのなら、少なくとも普通のゾンビならやり過ごせる」


「そういうものなの……?」


「私がいた世界ではな。情報網が発達していたからかもしれんが、にしても不自然だ。まるで―――」


 下水道から現れた形跡はない。血の跡から、東からゾンビの大群が押し寄せてきたようにも見えなかった。まさに今立っているここが〝爆心地〟であるかのように、地面には血の跡が四方に向かって伸びている。


「どこからともなくゾンビが湧き出してきたような」


「ゾンビは東から来た奴らだけじゃないってこと……?」


 よく考えれば不自然ではある。ヴィクトリアが教会へ戻った頃には、既に教会はゾンビの群れで溢れていた。農業区で負傷した感染者が彼らをゾンビに変貌させたとするならば、エリーナのように搬送中にゾンビ化した感染者に襲われて、教会へはたどり着けなかったのではないだろうか。


 もっとも、感染者がゾンビ化する時間は噛まれた部位や身体状況によって大きく異なるらしいので、理由はいくつでも考えられるが。


「もしかすれば、ゾンビの発生源はこの王国なのかもな」


「原因は?」


「さぁな。思い当たるとすれば、私がこちらの世界に来る直前に見た曖昧な記憶だけだ」


「なにそれ初耳なんですけど」


「言う必要がなかったからな。まぁ曖昧な情報だ。この状況下では確定的な情報以外はあまり信用しないほうがいい」


 そう、明日音は実感のこもったような言葉を吐くと、空を見上げた。


「ヴィクトリア。君が倒した集合体と呼ばれる巨大なゾンビの塊のことだが」


「いや、トドメ刺したのあんたでしょ。そういう気遣いはいいから」


 気遣いじゃないんだけどな、と微妙な表情をする明日音だが、頷いて続ける。


「あれは本来、人を喰えなさ過ぎて飢えたゾンビ同士が共食いを始めた結果、強い個体が弱い個体を取り込むことで発生するヤツだ。ゾンビパニックが起きてすぐ現れるようなものじゃないんだ」


「あんたのいた世界から飛んできた個体ってこと?」


「もしくは」


 ふと後方の酒場の屋根の上に人の視線を明日音は感じた。まるで暗闇で首筋を後ろから舐められたような君の悪さ。殺意というよりは好意。しかし純粋ではなく歪んでいる。


 その視線に臆したのか一瞬動きが止まった後、明日音は振り返った。しかしそこには誰もいない。血の臭いが含まれた湿り気のある風が吹き抜けるだけで、なにも。


「誰かがこの状況を仕組んでいるか」


 もしそこに誰かがいて、視線を向けていたのなら。


 きっと明日音は敵意を込めた視線で応えていただろう。

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