18.共闘 神官少女と女子高生
真正面から相手の懐に迫るのは、素人のヴィクトリアには到底無理な話だ。まずは相手の気を逸らさなければ、と左手で釘バットを集合体に向かって投げつけた。
集合体の全身にある視線は釘バットへと集中。その間に、ヴィクトリアは姿勢を低くして走る。少しでも接近しよう、そう思っていた。
だが、釘バットに視線が集中したのは一瞬であり、即座にヴィクトリアへと戻っていく。
(まずい……ッ!)
小手先は通じない相手なのか、と思った瞬間。
眼前に一本の触手が伸び、先端にある口が大きく開いた。
やられる。
「ヴィクトリア!」
明日音がすぐ横から駆けてきて、ヴィクトリアの体を抱きしめて押し倒す。そのまま彼女の体を守るように数回、地面を転がると、右脚で地面を蹴りつけて停止した。
「明日音!」
「無茶するな! 奴の攻撃は素人が見切れるものじゃない!」
「……あんたなら見切れるのね」
ヴィクトリアは明日音の体を押しのけて立ち上がると、触手が蠢いている集合体を見据えて言った。
「ああ、だが決定打がない」
「それは任せて。あたしの魔法ならやれる」
「……危険だぞ」
「あんたもでしょ。半分背負わせて」
明日音も先ほどのヴィクトリアの魔法を見ていたのだろう。あれならやれるかもしれないと、暫時思案し、
「わかった。背中を預けさせてもらおう」
「それはあたしの台詞よ」
「そうか、じゃあ次は君が言うといい」
「ええ。じゃあ、いくよ」
「ああ」
そのやり取りの直後、二人は左右に分かれた。
ヴィクトリアは右側に後退。
明日音は剣を構えて左側から突撃。地面を蹴りつけ大きく跳躍すると、集合体に剣を突き立てる。しかしそれを阻むように太い触手が前に出てきた。
太い触手の影に隠れて、いくつもの細い触手が見える。
それを見切った明日音はバックステップで距離を取り、太い触手を引き付けた。
近寄ってきたところを剣で切りつけ、影から飛び出してきた細い触手を斬って斬って斬って斬って斬り続ける。数こそ多いものの、動きはその分単調だ。
狙いは太い触手へと変わり、明日音の剣がその肉へと滑り込んでいく。肉も骨も空気を斬るように軽やかに振り切って両断。血飛沫が舞い散るなか、集合体の前足から触手が伸びてきて明日音へと狙いを定めてくる。
どれだけ斬っても際限なく溢れてくる触手の群れ。本体に近づくことは困難であった。もっとも隙だらけの明日音など、一秒先の未来も保証されていなかったが。
「王手をかけられたな」
明日音は集合体の眼のうち一つを見つめて、そう言った。
「貴様のほうが―――」
そう、明日音は本体に近づくことができないほど攻撃が集中していたが、ヴィクトリアは別だ。右から後退したように見せかけて回り込んでいた彼女に対して、集合体は一切の意識を向けていなかった。最優先の脅威度は明日音であったからだ。
「ヴィクトリア、今だ!」
集合体はようやく彼女が右から回り込んできたことに気づいたようだが、もう遅い。
ヴィクトリアは集合体の体に右手をあてた。その周囲の眼が一斉に見開き、ヴィクトリアを見る。
「ようやく目が合ったわね」
そう、こいつは〝自分が意識を向けていないところ〟では目を閉じているのだ。どこを見ているのかハッキリと分かる。
『魔紋展開―――』
たどり着くのは容易ではなかった。
どれだけの恐怖を感じ、絶望を抱き、震える体に鞭打ってきたことか。
だが、それももう終わりだ。
『光の回復魔法』
終わらせる。
渾身の、
最大の、
『【メディク】―――』
回復魔法でゾンビを討つ。
『【メディク】ッ! 【メディク】ッ!』
ヴィクトリアの右手の魔紋が煌めく。緑色の光が即座に赤へと反転していき、集合体の全身へと広がっていく。集合体を構成しているゾンビの外装甲の肉を光が飲み込み、内部から膨張させ擦り潰し、抉り、破壊する。
『【メディク】【メディク】【メディク】ッッああああぁぁぁあッ―――』
それでもヴィクトリアは止まらなかった。回復魔法を目の前の化物に打ち込み続ける。右手が限界になると、苦痛を顔に滲ませ、叫びながら左手を前に出し、
『―――魔紋ッ……展開! ッッ! 光の……回復魔法!』
集合体の体が弾け飛んでいくなか、さらに奥まで左手を伸ばしてヴィクトリアは叫んだ。
『【メディク】【メディク】【メディク】【メディク】【メディク】ッッッァッ!!』
ヴィクトリアから放たれ続けた回復魔法は集合体の全身の肉を破壊しつくし、やがてその中から全身の血管が浮き出したゾンビが飛び出してくる。全身の血管は外装甲となっているゾンビへ伸びており、それで巨体を操作していたようだ。
血管が浮き出したゾンビはヴィクトリアへと襲いかかる。迎撃しようと左手を上げるが、ヴィクトリアの意識が急速に薄らいでいく。
魔法とは魔力を消費して発動する超常の力。そして魔力の根源は人体を流れる血液だ。ゆえに魔法とは血液を消費する。急激に血液を失った人体は、血圧の低下により一種のショック状態に陥る。今のヴィクトリアがそうだ。
もう一度、魔法を使えば確実に死に至る。そもそも意識が混濁した状態で魔法を詠唱すること自体が困難極まりない。
「あと、少し……」
だが、目の前に迫ったゾンビの首は、ヴィクトリアを助けに来た明日音によって切断された。
「ヴィクトリア!」
明日音は意識が途切れて倒れていくヴィクトリアを抱えて、その場から離脱した。
核となるゾンビを失った集合体の巨躯は地面に崩れ、動かなくなる。
「ヴィクトリア! おい、返事をしろ、ヴィクトリア!」
「…………あい」
必死に呼びかける明日音に、ボーッとした目でヴィクトリアは返し、言った。
「たぶん、死なない……たぶん」
「顔が蒼いぞ……感染したのか!?」
「いや、たぶん、違う……魔法使いすぎて、血が足りなくなって……」
体中、ゾンビの血飛沫を浴びて赤褐色に染まっていたが、今のところ異常な感覚はなかった。目の前の明日音を見て噛みつきたいという欲求が出ていないので、まぁ大丈夫なのだろうとヴィクトリアは思うことにした。
「貧血か」
「そうそれ……あ、むり、やばィ……」
その瞬間にヴィクトリアの意識は完全に途切れた。視界が暗闇へと落ちていく。
正直、これ死んだかな。そう、ヴィクトリアは思って意識を失った。




