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16.セーラー服と西洋剣 VS 集合体ゾンビ

 明日音は集合体と対峙していた。


 集合体―――一体のゾンビをコアとして複数のゾンビと同化し装甲のように纏うことで、通常のゾンビよりもさらに強力な個体となることに成功したゾンビのことだ。同化したゾンビは頭部を破壊しようが剥がれるようなことはなく、その体の支配権はコアのゾンビに依存している。倒すためには同化したゾンビの装甲を重火器や爆発物で吹き飛ばし、コアとなっているであろうゾンビの頭部を破壊するしかない。


「……剣一本じゃ分が悪すぎる」


 幸い、目の前の集合体は駅にいたゾンビのほとんどと同化したらしく、周囲に他のゾンビはいない。時間稼ぎをするだけなら、やれなくはない……か。


 集合体の右の前足が微かに揺れると、そこから人間の腕を繋ぎ合わせたような触手が伸びてくる。速度にして高校球児のピッチャーが投げる球ぐらいか。ハッキリと目で見て反応できるものではなく、感覚としてここに来ると曖昧な直観でしか察知できないレベルのものだ。


 回避はリスクが高いと判断し、明日音は剣を前に構えて防御姿勢に入る。剣の諸刃と触手の先端で開いていた〝口〟の歯がぶつかり合い、火花が散った。


「やれるかッ」


 明日音の目の前で触手の口が開かれるが、冷静に剣で受け流すと、継ぎ目の肉に諸刃を当てて引き斬る。叩き斬ることに特化した西洋剣の本来の使い方ではないものの、明日音の身についているスタイルで強引に刃を押し通し、触手の先端を切断した。


 続いてきた左前足から伸びた触手は、サイドステップを踏んで回避。微かに揺れたスカートの端が先端の口に噛み切られていくが、気にせず前進する。


 懐に潜り込めさえすれば、触手だってそう当たるものではないのだ。


「アァァアァァ……」


 呪詛めいた集合体の唸り声は、明日音に集中している。


 その本体から現れた人差し指ほどの細さの触手は一〇本ほど。


 鞭のようにしなって、変則的な軌道を描いていく。鋭く伸びた爪の一本一本にゾンビの血液が刷り込まれている。直接肌に炸裂すれば感染は免れない。


 回避は不可能、ならば。


 踏み込む。


「はァッ!」


 明日音の中にある膨大な知識と経験が導き出した冷静な判断。


 変則的な軌道を描く細い触手に対し、それらが交わる一点を見極めて剣で引き斬った。一〇本の細い触手は一瞬で力を失い、地面へと落ちていく。


 前足の二本を傷つければ、動きは止められずとも、鈍くすることはできる。そのあいだに離脱してヴィクトリアたちと合流しよう。


 明日音はそう考えていたが、甘かった。


 本体から伸びていたのは細い触手だけではなかった。腹部付近から腕が塊となって形成された巨大な剛腕が飛び出して、明日音に不意打ちを仕掛けてきたのだ。


 ゾンビに知性はない。しかし本能は人間よりもはるかに強い。


 強力な個体であればあるほど、本能は強くなる。やがてその本能は知性にも勝る生存本能へと進化していき、このような不意打ちを行ってくるのだ。


「ぐッあァッ!」


 かろうじて反応できたのが幸いだろう。しかし前に構えていた剣を防御の構えに戻す時間はない。明日音は咄嗟に剣を手放して、ガントレットを装備した両腕を前方でクロスして防御姿勢に入った。直後、衝撃とともに明日音の体は吹っ飛んでいく。


 全身が痺れたように動かなくなり、意識が空中で何度も途切れそうになった。それでも必死に意識を現実世界に釘付けにして保持させると、地面に接触する際には受け身を取れるようにまで思考は回復していた。


 しかし衝撃が強すぎたのか、プラットフォームに体を何度も打ち付けながら、壁にぶつかったことでようやく停止した。喉の奥から吐き出された血反吐、視界はボヤけ、鼓膜にはキーンという音のみが響いている。立ち上がるのにさえ五秒以上は必要だろう。そのあいだに距離を詰められては、残るは死のみだ。


 なんとか五秒以内に立ち上がり、再び戦闘態勢に入らなければ。


 明日音は自分の五感を取り戻そうと、必死で自分を奮い立たせる。


 また失うのか。もう失うものか。


 自分はどうせ空っぽの人間なのだ。自分が空っぽの人間でないと証明するために―――。


「今、私は、ここにッ……」


 爆発する感情のなかで、意識は急速に戻っていく。気づけば三秒で立ち上がれていた。


「剣を……ッ」


 前方を見た。ハッキリとした視界の中に移るのは、一〇センチとない距離まで迫った集合体の醜悪な目、おぞましい眼、人肉に飢えた瞳、むき出しになった眼球、開きっぱなしの瞳孔。一斉に明日音のほうを向いて、今まさに死を告げようとしていたところだった。


 集合体は予想以上に俊敏だった。あの巨体に、いっけん歪なように見えた四足は走ることに最適化されたものであったのだ。


 屈するものかと恐怖を振り切ろうとしても、足に力が入らない。


 死を覚悟しようとした明日音だったが、次の瞬間、集合体の目たちは彼女から離れていた。その巨躯は明日音に背を向けて、反対側にいる少女を見ていた。


「このデカブツ、こっちを見ろッ!」


 その声はヴィクトリア、守るべき人のものだった。

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