表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/40

13.要するに「抱かせろ」ってコト?

「城門が閉じていた以上、中に入る手段は限られてくるわね」


「下水道はやめておいたほうがいいぞ。暗くて何も見えない上に、ゾンビの群れに迫られても直前まで気づくことができない。暗闇は想像以上に人をパニックに陥らせるし、緊急避難するために下水に飛び込んだら最悪だ。糞尿の臭いで嗅覚が殺されるぞ」


「素敵な経験談をありがとう」


 明日音の中に知識としてそれが存在するのであれば、一度は経験したことなのだろう。ヴィクトリアは念のため、明日音から糞尿の臭いがしないか確認した。さすがにしなかった。


 ちなみにゾンビは水の中を泳げないらしい。理性がないぶん、器用さを失っているためだとか。逆に身体能力は常人をはるかに凌駕しており、一度組みつかれたら引き離すことは難しい。


「とにかく下水道は無しってことね。となると……」


 残る手段は少ない。物資の搬入は全て城門を通って行われていたし、砲台の整備で使うリフトは王城側から操作する性質上、外から入るのには使えないだろう。


「魔動列車しかないわね」


「こちらの世界にも列車は存在するのか」


「え、普通にあるけど……」


 魔動列車は、魔動機械の一種だ。複数の魔紋石を動力として稼働する関係上、運搬用の魔動機械よりも操作難度は格段に高くなる。本来は素人が動かしてはいけないものなのだが、この状況ではそうもいかない。


「今はそんなこと、どうでもいいか。たしかあれは終着駅が魔法学院前だったし、内側の城壁を越えてレールが敷かれていたはずよ。最悪、レールの上を歩いて行けば辿り着けるわ」


「それしかないか……」


 城壁を登るわけではないので問題無さそうに思える。しかし城壁を越えるという事実に代わりはない。仮に辿り着けたとしても、中に入れてもらえるかは分からないだろう。ただでさえ、他人がZウィルスに感染しているかもしれないと疑わざるをえないこの状況下で、果たして王城側に冷静な判断を下せる人間がいるかどうか。


 そもそも安全地帯なのかも……。


「不安要素は沢山ある。だが、考えたところで解決できる不安はほとんどない。あとは状況次第で判断していこう」


「そうね。考えても仕方がないもの。とにかく魔動列車で向かうというのは決まりね」


「ああ。夜明けとともに決行だ。それまで休んでおいてくれ」


 明日音は立ち上がり、皆にそう言った。


 最初こそ、明日音のことを頓珍漢なことを言う自己中心女だと思っていたヴィクトリアだが、こうして自分についてくると言ってきてからは心強い存在だと感じている。一人でも多くの人を救いたいというヴィクトリアの考えのもと、しっかりと考えて動いてくれているのだから。


「明日音」


「ん? どうした?」


「ありがとね」


 ヴィクトリアは笑みを浮かべつつ、ちょっとだけ視線を逸らして言った。面と向かって礼を言うのは少し恥ずかしかった。そんなヴィクトリアの気も知らず、明日音はこう返した。


「決めたことだからな。君の意志に従うのは当然だ」


「真面目ねぇ……」


「不真面目だったら良かったか?」


「それはあたしにとって都合の悪いことだから、いつまでも真面目な明日音チャンでいて頂戴ね」


「ああ、わかっている」


「そんなに素直な反応をされたら、なんだか申し訳なくなってくるわ……」


 きっと心の底では、明日音自身も誰かを救いたいと思い続けていたのだろう。ヴィクトリアにはそんな気がした。もしかすれば、根本では似た者同士なのかもしれない。






 夜明けまでのあいだ、酒場の二階に避難していた人々は束の間の休息についていた。


 しかし目を閉じても眠れる者はいなかった。壁の向こうでは死を運ぶゾンビたちが徘徊しており、いつ襲われても不思議ではない極限状態なのだから当然だ。


 ただし、この極限状態が日常であった明日音を違った。バリケードの近くで見張り役として眠っていた。本人いわく、なにか異変が起きればすぐに対応できるから大丈夫らしい。慣れてくるとそうなるものなのか。


 見事なまでの熟睡っぷりに、明日音の言葉を疑わざるを得ないヴィクトリアだったが、本人がそう言うのだから大丈夫だろうと思うことにした。


(……さて、あたしも少し休んでおかないとね)


 色々なことがありすぎた。今はまだ悲劇に涙している余裕はないけれど、せめて疲弊した体だけは休ませておかないと。


 ソファーの上に横になって、目を閉じる。


 静寂。


 ふと、外のほうからゾンビの呻き声が聞こえた。壁の外にはゾンビが徘徊しているのだから当たり前だ。そうは分かっても、恐怖心が精神を染め上げていく。


(エリーナ……!?)


 脳裏に浮かぶのはゾンビ化したエリーナの姿だった。全身から血を流し、こちらを見つめてきている。助けて、と手を伸ばしている。


(ああ、ごめんね、エリーナ。ごめん、助けられなくて、ごめん……)


 ヴィクトリアは何度も頭の中で謝った。だが、獣の声を上げてエリーナはヴィクトリアを掴んでくる。右腕に噛みつき肉を引きちぎり、腹の中を食い荒らしていく。


「……ッ!」


 ヴィクトリアは飛び起きると、周囲を見回した。エリーナはそこにいるはずもなく、相変わらず静寂が真夜中を支配していた。


 自分でも気づかないうちに、寝落ちしていたらしい。意識していないぶん、相当疲れが溜まっていたのだろう。極限状態の精神を無視して、身体が強制的に意識を落としたのか。


 いずれにせよ最悪の目覚め方をしてしまったせいで、再び寝ることは叶わなさそうだ。


 そんなヴィクトリアのすぐ横の椅子に座ったのは、まだ汚れや傷も少ない鎧を脱いでインナー姿になった新米の騎士だった。まだ顔立ちは幼い。


「あんたも眠れないの?」


「ああ。こんな状況だ、眠れるはずがないさ」


 騎士団の入団試験は十五~十七歳の間に行われる。彼はおそらく入団試験に合格し、一ヶ月間の基礎訓練を終えたばかりの新米だ。自分の配属部署ではないところのマニュアルもしっかり覚えていることからも、悪い印象は受けなかった。


「俺は騎士団の東営舎にて待機していた。いつもと変わらない退屈な待機任務だった。だけど、先輩の一人が俺に賭けポーカーを誘ってくれたんだ。待機任務中、暇な上司たちがテーブルを囲んでやっているヤツだ」


(騎士団いいな。教会でそんなことやったら、即謹慎だわ……)


 意外と緩い騎士団の規律を少し羨ましく思いながらも、ヴィクトリアは新米の騎士の語りに耳を傾けていた。


「俺は断ったよ。規則違反をするのは嫌だったからな。先輩は申し訳なさそうにしながら、一つだけ空いた席に座って賭けポーカーをしにいったさ。ほどなくしてゾンビ騒ぎが起きて、俺たちは出動した」


 新米の騎士の手は震えて、表情は恐怖と後悔の入り混じった歪み方をしていた。


「そりゃもう地獄だった。魔法の効かないゾンビに対して俺たちは無力だ。瞬く間に全滅の危機に陥った……。先輩は俺をかばって死んでいった。あのとき混ざっていたら良かったと、今になって後悔している」


「あたしも同じ。死んだ後輩に対してずっと思っているわ。〝賭けポーカー〟に誘ってやればよかったな、って」


 いくら後悔しても、死者は戻ってこない。今のヴィクトリアにできることは、これから先を後悔しないように行動していくことだけだ。


「貴女は強いな。後悔があっても手は震えていないし、きっと目の中にも絶望なんかは渦巻いちゃいないんだろうさ」


 新米の騎士は立ち上がり、ヴィクトリアが横になっているソファーに向かってゆらりとした歩調で寄ってくる。様子が変わったな、と少し身構えたヴィクトリアだったが、


「俺はもうダメだ。これから先、生き残れる気がしない。明日には奴らの仲間入りだ。だから―――」


 幽鬼のような足取りの新米の騎士は、倒れ込むようにヴィクトリアの両腕を掴むと、荒い息遣いを頬にぶつけてきた。

「貴女をくれ。頼む。希望が少しでも欲しいんだ。慰め合わないか? どうせ、みんな死んでしまうんだ。最後ぐらい楽しもうさ……俺、貴女みたいに綺麗な人を抱けたら、もう死んだって良いって思える。貴女だって―――」


 至近距離で見えた彼の目は血走っており、正気を失っている。体格と力の差で身動きが取れないのが分かっていたヴィクトリアは、抵抗はせず彼をまっすぐ見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ