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12.ゾンビ対策会議

 夕暮れが夜闇に染まってから数時間が経過した。


 ヴィクトリアは木の板を持ち上げて、窓を覆い隠すように置いた。ゾンビは音や臭いに敏感だ。できる限り音が外まで響かないように、慎重に木製のハンマーで釘を打ち、窓を木の板で塞いでいく。


「これで全て、と……」


 なんとか外のゾンビに気づかれることなく、ヴィクトリアは篭城している酒場の二階の窓全てを木の板で塞ぐことに成功した。額から流れる冷や汗を拭いながら、ヴィクトリアは奥の部屋にいる人々に向かって言う。


「これでゾンビは二階には入ってこないから」


 城下町の広場に面しているこの酒場には、三〇名ほどの生存者が避難してきている。全員、ヴィクトリアと明日音が助けて、ここまで誘導してきた人々だ。


「助かったのじゃ……。わしらだけじゃ、どーすることもできなかったしの」


 そう言ったのは酒場の店主だった。ゾンビたちが城下町で次々と人を喰らいはじめた頃、混乱のなかで助けた最初の一人だった。その他にも酒場の従業員が数名、今の状況の中で生き延びていた。


「いえ、礼なら明日音に言って。私はなにも」


 事実、酒場の二階を篭城先に選んだのも、窓を木の板で塞ぐ方法を教えたのも、ゾンビの習性について事細かに教えてくれたのも、全て明日音のおかげだ。


 どうやら彼女はこことは別の世界―――便宜上、〝むこうの世界〟と呼ぶ―――から転移してきた者らしい。むこうの世界ではゾンビによる被害で既存の社会秩序が破壊され、ほとんどの人間が死に絶えたという。彼女はそんな状況でも生き延びて、この世界へ転移したのだ。原因は分からないが。


 明日音はゾンビに対する知識はもちろんのこと、何をすれば生き残ることができて、何をすれば大失敗するかを事細かに覚えている。ただそれは知識と経験だけで、何があったのかというエピソード記憶の大部分が欠如しているらしい。


 明日音の中にある記憶の断片、そこにヴィクトリアと瓜二つの女性がいたという。そんなヴィクトリアと一緒にいることで少しずつ記憶が取り戻されるはずだ、というのが明日音の主張だ。


 事実ヴィクトリアと会ったとき、エピソード記憶の一部が蘇ったと言っていたので、荒唐無稽な話でもないらしい。


(要は、運が良かったってだけなのよね、あたしって)


 偶然、エリーナに噛まれずに済み。


 偶然、明日音の記憶の断片にそっくりさんがいたことで、守る対象にされて。


 二つの偶然が重なった結果、今自分は生きている。


(……だからこそ、頑張らなくちゃ)


 胸元で揺れていたペンダントを握り締め、挫けかけていた心を再び奮い立たせた。


 一階へ続く階段がコンコンコンッとノックする音が微かに聞こえた。三回、一定のリズムでノックする音……間違いない、明日音だ。


 ヴィクトリアは椅子とテーブルで構築された簡易的なバリケードの隙間を通り抜けて、階段先に横たわった食器棚をズラして明日音を迎え入れた。


「お疲れ様、どうだった?」


「市場のほうに生存者はいなかった。王城に続く〝内側の城門〟だが、硬く閉ざされていた。この地区は早々に見放されたようだな。つまり―――」


 明日音は剣についたゾンビの返り血を、近くにあった布のタオルで拭いながら言った。体のほうには一切返り血がついていないことからも、彼女がゾンビとの戦闘に慣れていることがよく分かる。


 ヴィクトリアは食器棚の位置を戻しつつ、明日音に訊いた。


「つまり……?」


「内側の城門から先は安全地帯の可能性が高いというわけだ」


 内側の城門から先……王城を中心として名門貴族の屋敷や評議会、魔法学院本部がある区域で、フェース王国の中枢部と言っても過言ではない場所だ。敵国との戦争に備えて、水と食糧も豊富に備蓄されている場所で、避難場所としては申し分ない。


 フェース王国外に逃げることも検討されたが、ヴィクトリアが目撃した外の城門の様子から、外にもゾンビは大量にいると予想されたため、具体的な対策がないまま外へ出るのは危険と判断した。建物が密集して入り組んだ王国内ならゾンビからは走って逃げ切れるかもしれないが、なんの障害物もない平地などで見つかってしまえばそれはできない。


 人間には体力はあるが、ゾンビに体力という概念すら存在しない。足が擦り切れてなくなるまで、地平の果てまで追ってくるだろう。


 ゆえにまずは安全地帯で立て直すべき、というのが明日音の意見だった。無論、ヴィクトリアもそれには同意している。


「あとこれ。頼まれていた靴だ」


「……なんか臭うんだけど」


「贅沢を言うな。折れたヒールよりは走りやすいはずだろう」


 明日音はヴィクトリアに男性モノの靴を渡すと椅子に腰かける。そしてしばらく考え込み、そして口を開く。


「内側の城壁の高さは十五メートルほどだった。かぎ爪を付けたロープで登り切れる高さではあるが……」


 すると、それを聞いていた一人の青年が手を挙げて発言した。上司たちが揃ってやられてしまい、自分だけでは対処できないと逃げてきた新米の騎士だ。


「待ってくれ。王城の警備部隊のマニュアルにはこうある。非常時に閉門した場合、城壁を登って侵入しようとしてきた者はたとえ避難民であっても撃退しろ、と。元々は敵国の工作員が避難民に紛れて侵入するのを防ぐって目的らしいが……」


「こんな状況だ。いつも以上にマニュアルは厳守されるだろうな。人は余裕を失うと、融通が利かなくなるものだ。私のいた世界でもそうだったように……」


「ああ。騎士団には頭のお堅い奴も多いからな」


 そうなのか、とヴィクトリアは二人の会話を聞いていた。


「魔法が効かない敵がいる以上、騎士だって無敵じゃないんだ。白兵戦の訓練を真面目にしていた奴なんて半分もいなかったしな。俺もちゃんと剣技を磨いてりゃ良かった……」


 新米の騎士はそう言って項垂れる。自分たちが絶対的な自信を持っていた魔法という最大の武力が一切通用しない相手。しかもそれが大量に湧いて出てきたとなれば、こうもなろう。


「それはあたしも同じ。ゾンビに噛まれた人もゾンビになるって知ってたら、教会まで搬送して治療しようなんて考えなかったわ」


 神官の大半が怪我人を救おう手を差し伸べた結果、教会を中心にゾンビが発生し始めた。ヴィクトリア自身、あのとき負傷した騎士の顔面を蹴り飛ばして運搬用の魔動機械から転がり落させたことを後悔している。あの騎士のゾンビをそのままにしたせいで……たとえ、エリーナを救うためであったとしても被害拡大を招いた原因であることに違いはないのだから。


「Zウィルスは未知の感染症だ。おそらくこちらの世界でも前例がないはずだ。だからこそ、初動対応に間違いがあったとしてもそれは個々人の責任ではない。ヴィクトリアも、そこの騎士も、何一つ間違っちゃいない」


「あんたに励まされるなんてね。でも、そうね。今落ち込んでいる時間はないわ」


 気持ちを切り替えようと、ヴィクトリアはテーブルの上に置いてあったコップの水を飲み干して言った。誰かの飲みさしだろうが、今の状況ではどうだっていい。

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