11.【ショッピングモール屋上 パンデミック後の日常】
【 記憶 2 】
〝私〟はショッピングモールの屋上から、遠くの街並みを双眼鏡で見ていた。
ゾンビ災害が起きてから数ヶ月が経過した。
ヨーロッパでは巨大シェルターの建造に成功したとか、アメリカではワクチンの開発に成功したとか、中国でゾンビ撃退に特化した功夫が生み出されたとか、日本海に洋上の研究施設ができたとか。通信手段のほとんどが機能しなくなった今では、真偽は定かではない。
そんな嘘か本当か分からない情報が錯綜しているが、日本ではこうだった。
「相変わらず、皆さんお元気そうで何よりだな。日本の未来は明るいよ」
隣でライフル銃のスコープを双眼鏡代わりに覗いていた、髭面の中年男性が言った。
街はゾンビで溢れかえり、生者の気配はない。ゾンビたちは獲物が見つからず途方に暮れているのか、同じ道を行ったり来たりしている個体もいれば、じっとして動かず立ち往生している個体もいた。
空を飛んでいた自衛隊のヘリの姿は、一カ月前に見たきりだ。遠くからしていた銃声はそのうち聴こえなくなったし、どうやら日本の総人口は今もなお着実に減少しているらしい。
「これからどうする?」
〝私〟は中年男性に聞いた。
「ここの食糧が尽きるまで、暫く篭城だ。コミュニティに妊婦がいる以上、長距離の移動は難しい。なんだって、あんな妊婦を助けたんだよ。足手まといは見捨てろっての」
「こんな状況だからこそ希望が必要なんだ。分かってくれ」
「絶望かもしれないぞ。ま、俺は嫁がいたことすらない風俗通いの男だから、妊婦の気持ちには微塵も寄り添えないだろうさ。ガキの世話なんて死んでもゴメンだね」
「まぁそう言うなよ」
「ただでさえ無能で馬鹿なリーダーの下でやってんだ。ストレスが溜まっても仕方ねぇだろ」
「……っと、なんだアレは」
すると双眼鏡の先に妙な影を見つけた。二階建ての民家から伸びたその影は、人間のものにしては大きすぎる。目を凝らすとそこには異様なかたちのゾンビがいた。
両手両足にゾンビを纏わりつかせて、その周りに欠損部位の多いゾンビたちが密集し同化していた。全身がゾンビで構成された全長五メートルほどの巨人は、自重に耐えきれなかったのか地面に倒れ込み、四足歩行の巨大な化物となって徘徊し始める。
「集合体か。ゾンビ同士が滅茶苦茶にセックスした結果、ああやって歩く乱交パーティーが出来上がったってわけさ。冗談だけど」
「勘弁してくれ」
〝私〟はゾンビどもが群れていかがわしいことをしている光景を脳内で再生してしまい、気分が悪くなり頭を抱えた。
「一部のゾンビ同士が合体して大きくなるのか、変異して人間からかけ離れた姿になるのか。実のところ俺にもよく分からない。ゾンビにインタビューできるなら、真っ先に聞きたいことの一つだ」
「本当はゾンビだって誰かの傍にいたいし、変わりたいと思っているのかもしれないな」
中年男性はライフル銃を傍に置いて、タバコに火をつけて言った。
「一つ確実なことを言うとするなら、アレがこっちに来たら物凄く面倒だってことだ」
「……もしそうなったら―――」
「自警団の女子高生が日本刀で何とかしてくれることを祈ろうかね」
「おい、彼女だって大変なんだ。手伝ってやれよ」
「冗談だよ、冗談。俺だってやってやるさ」
タバコの煙が、嫌味なまでに青い空へと吸い込まれていった。




