暴走・妄想・美味しそう③
「なっ何!? ダレッ!?」
突然かつ想定外の状況に彼女は吃驚し、腰の拳銃に手を掛けて抜きそうになった。
「どっドコ!?」
「こっちです! こっち!!」
声は聞こえども、姿は見えぬ。そんな現況にアタフタする彼女の目線を、士は自身へと誘導。そうして、やっと二人は互いの顔を認識した。
「あっちで人が倒れてます!!」
間を置かず士が告げるも、彼女は未だ理解が追い付かぬ様で、混乱するばかりで全く動こうとせぬ。彼女の心境も分からんでもない。山中で急に見知らぬ外国人から斯様な事を言われたら、誰もが似た反応を示すのではなかろうか。
「あーもう! 早く来てください!!」
しかし、事の真相は兎も角として、自分の無実を証明した過ぎて想像力や倫理や常識等、色々なモノが欠如した今の士に関係ない。別の罪に問われそうになるのも構わず、彼女の手首を掴んで強引に連れて行こうとする。
「ちょっ……っ!? ちょっと待って!」
「あなた、警察官ですよね?」
「えっ?! そ、そうだけど……?」
「ならお願いします。向こうに人が倒れてるんです。さっきまで動いてたんで今すぐ処置すれば助かるハズです」
「そっそれは分かったから離しなさい! ふっ婦女暴行と公務執行妨害と誘拐の現行犯で逮捕しますよっ?!」
「うっ……! す、すいません……」
ただでさえ危うい立場に居るのだ。これ以上、余計な罪を重ねかねぬ真似は出来ん。士は素直に謝罪し、手を離した。
「ま、まぁ、人命救助には迅速さが大事だから今回は許しますけど……。ホントにそんな人が居るんでしょうね? もし嘘なら……」
「ほ、ホントですよ!」
懸命に弁明するも、真っ当な手段に訴えなかった所為か、訝しがられておる。無理もない事だが。ただ、それでも付いて来てくれる彼女の人の良さが心配になった。これが御巡りさんの理想的な姿なのかも知れんが。
「早く! こっちですよ!」
暫くして一足先に男の所に辿り着いた士は、女性警察官を誘う。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ! ま、待って……! はっ速い……!!」
息を切らしつつも何とか士に随行した彼女も、遅ればせながら現場に到着した。
「この人です」
先刻と変わらず、落ち葉の上に横たわる男。彼の傍に跪き、士は今度こそ救命措置を実施する。一応、他人の目があるので胸骨圧迫は適度に加減しつつ両手で行っておる。他方、女性警察官といえば、グッタリした男を実際に目の当たりにした為、無線を使って救急車の手配をしておる。気が動転しておるのか、声が上擦っておる。職業柄、見慣れておると思っておったが、割と経験は浅い方なのかね。
「ね、念のために仲間も呼びましたから……」
「あ、はい、ありがとうございます。どれぐらいで来そうですか?」
士が質問するが、返答はない。聞き取り辛かったかと考え、再度同じ事を訊く。ところが、やはり返事はない。イヤリングは着けておるから言葉は通じておる筈だが、何故。先程まで会話は成立しておったので不調ではなかろう。
「あの、手伝って欲しいんですけど……あれ?」
何か変だと感じた士は、背後を振り返る。しかし、其処に彼女の姿はない。一体、何処に行ったのかと首を回して探すと、木々の間から顔面蒼白になった彼女が戻って来た。
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
「う……っ、だ、大丈夫……」
吐き気を堪える彼女。外観は普通の少年である士が見ておる手前、警察官たる自分が嘔吐する訳にはいかん。痩せ我慢だ。この男はまだ死体になってはおらぬが。
「どうしたんですか? 吐くには早いですよ?」
「いえ、その……こ、個人的な理由だから」
トラウマでもあるのであろうか。以前、類似した場面に出くわした事があって、倒れた男を見た瞬間にその時の光景がフラッシュバックしたのではないかと推察する。
「救急車、あとどのくらいで来るんですか?」
「ちょ、ちょっと離れてるんで十五分ほどかかります」
彼女はそう言うが、此処は山道から逸れておるからもう少し要する可能性が高い。その間、士は休まず胸骨圧迫を持続する。一方の彼女は、救急隊員が真っ直ぐ来られる様に目印兼道案内をするべく、一旦この場を離れた。
(これってフツー逆じゃねぇのか?)
(そうかも知れんな。だが、貴様は現在地すら把握しておらんではないか。それに引き替え、彼女は警察官かつ高確率で地元の人間。この辺りの地理にも詳しい筈だ)
(そうすんのが一番ってワケか)
加えて、彼女は気分が芳しくなさそうであった。初対面の女性の心の内なんぞ分かる訳もないが、あまり男の近くに居たくない印象を受けた。
(家族とか恋人ならもっと取り乱すだろうしなぁ。いくら警官っつっても)
地に伏す男の格好が彼女の過去と被ったのか、或いは単純に場慣れしておらんか。その何方かであろうな。大学を卒業して、社会人となったばかりの者に特有の初々しさが残っておる。
(お前そんなの知ってんの?)
(勿論。魔界でも毎年見られる定番行事だ)
(へぇ。でもまぁ、お前にとっちゃ昔すぎる話だな)
(ほっとけ)
因みに言えば、我が若い頃は大学なんぞ無かった。もっと言えば、大々的な教育機関その物が無かった。上級悪魔や魔王の方々が開いた、その子女達のみが通える私塾の様なモノはあったが。
それはさて置いて約十分後、女性警察官に案内されて二名の救急隊員が担架を携えてやって来た。懸命の処置にも拘らず結局息を吹き返さんかった男を、士は彼等に引き渡す。
(クッソ……なんで脈が戻らないんだ?!)
手が空いておらんかったので人工呼吸こそしておらんが、対処は間違っておらぬ筈だ。
(ヤベェよ……。あのまま死亡が確定したら……アレがトドメになっちまったんなら俺が殺したってことになるじゃねぇかよぉ)
彼等の後をゆっくり付いて行きながら、士は己が犯したかも知れん罪について苦悩する。
(襲われたから突き飛ばしたと正直に答えれば良いのでは?)
(そ、そうだよな?! 正当防衛だよな?!)
早とちりだ。其処までは言っておらん。
「えーと、キミ、お疲れさま」
思い詰める士に、やや前方を歩く女性警察官が労いの言葉を掛けた。
「え、ええ、まぁ……あの人は?」
「そ、そうね……専門家に任せとけば大丈夫だと思うけど……」
「けど?」
「う、ううん、なんでもない。そ、それより、こんな時間にこんな所で何してたの?」
士の問い掛けに一瞬顔を曇らせ、言い淀み、少し黙考した女性警察官。しかし、即座に自身の職務を思い出したのか、逆に問い返してきた。
「え、あぁ、それは……」
その点に関しては何も隠す様な事はないので、士は有りの儘を話した。映画の一場面と同じ景色が観たいという事を。同行者が居り、明日その者と一緒に赴くという事も。
「あんなことがあったのに、また来るの?」
「ええ。それに、目当ての場所はここじゃないんで」
そう言い終えた後、士は考えた。彼女にその場所を訊けば良いのだと。
「それってどこか分かりますか?」
「えーと、たしか向こうの山じゃなかったかな? 合ってるかどうか分かんないけど」
彼女がそう言って指差したのは、今立っておる所の向かい側に在る山。目標スポットは彼処か。
「今から行って晩飯までに間に合うかなぁ……」
士がボソリと呟くと、女性警察官は驚きと呆れが入り混じった表情でこう告げる。
「えっ?! キミ今からアッチに行く気なの?!」
「はい」
「『はい』って……一晩は優にかかるわよ?!」
常人ならば、公共交通機関を用いたとしても到着するのは夜中になるであろう。ホテルまで帰る事も考慮すれば深夜を回りかねぬ。目指すべき場所までは、それ位の距離がある。
「さすがにソレはオススメできないわ。警察官として。アソコは高くはないし、さほど広くもないけど、山であることに変わりはないから夜中に登るのは危険よ」
士が採ろうとした夜間登山という危険極まりない行動に、彼女は苦言を呈してくれた。地元民ならばまだしも、外国からの観光客が行う事は了承も推奨も出来ぬ。言葉通りの職責からではなく、この街に生きる人間としての忠告であった。
「そうですねぇ……そうします。だいたいの場所も分かったんで」
彼女の忠言を聞き入れ、今日は帰宅する事にした士。正確なポイントは、明日美咲と共に山へ行った時、彼女よりも少し先回りして探すとしよう。
「ホテルまでの場所は分かる? 良かったら送って行こうか?」
下山しようとする士に、彼女は優しい提案をしてくれた。その厚意を丁重に断り、徒歩で帰途に就く。
「ふぅ~、何とか疑われずに済んだぞ……」
緩やかな坂道を下りながら、士は安堵の溜息を吐いた。
(だが、あの男が息を吹き返さんかった場合、司法解剖されて色々と暴かれる可能性があるぞ?)
女性警察官の態度を鑑みるに、蘇生は厳しそうだ。恐らく、彼女が言葉に詰まっておったのも、救命措置の甲斐なく死んでしまったとなれば士が心を痛めると思ったのであろう。更に、解剖によって露呈されたところで滑落死として処理されよう。それが最も違和感がない。
「だ、だよな……? ちゃんと応急手当てもしたし、警察に報せて救急車も呼んだし」
(少なくとも彼女はそう証言してくれると思うが)
「そ、それに、押した時の手の痕が残ってたとしても心臓マッサージをした時にミスってできたヤツだと思うハズ……」
不安は募る一方であるが、通りすがりの素人なりに最善は尽くした。なので、この事はさっさと忘れようと、士は歩を速める。速度は徐々に上がり、終いには短距離走者並みになった。そのスピードを最後まで維持し、ホテルに到着。無事、夕餉時には間に合った。




