降伏のホシ③
(おっ、これか)
それから程なくして、スーツの内ポケットに手を入れた。すると、何か固い物に指先が触れる。当たりだ。即行で取り出し、ボタンを押す。音が止んだ。これで良し。さあ、部屋を出よう。そう思いきや、また彼の携帯電話が鳴り始めた。しかし、着信音が変わっておる。恐らく、掛かってきた相手によって着信音を変えられるという、あの機能であろう。
「チッ、またか」
「だから『電源を切れ』って言ったでしょ」
「そうする前に掛かってきたんですよ」
美咲にボヤかれるまでもなく、士は即座に携帯電話の電源を切った。
「は、ハハハ……」
やや正気を失いながらも、男は今の着信を聞いておった様子。乾いた笑い声が我々の耳を刺激する。それと共に、彼は静かにこう漏らした。
「終わった……」
その発言に込められた感情は絶望と諦観。その二つがありありと感じ取れた。そして、それが彼の最期の言葉となった。
「……へ?」
突如、何の前触れもなくゆっくりと床に倒れ伏した男。それを見て、士は間抜けな声を上げた。彼を始点として、床一面が真っ赤に染まっていく。これは……拙いっ。
(狙撃だ!! 伏せろ!!)
ところが、我の指示に対して士は何のアクションも起こさぬ。想像を絶した出来事を前にして、頭の中が真っ白になってしまったのだ。
動く骸骨を見た。死して尚、この世に留まり続ける想念も見た。自ら命を絶った者の末路も見た。しかし、人が死ぬ瞬間を見たのはこれが初めてである。ほんの数秒前まで普通に会話しておった男が、一瞬にして物言わぬ骸と成り果てた。士の受けた衝撃は図り知れぬ。その影響により、意思が不安定になった。
(チッ、退け)
他の者達もほぼ同じ様な状態であった。ほんの数瞬ではあるが、誰も身動きが取れん。誰よりも場慣れしておる筈の美咲も、流石にこれは想定外なのか、咄嗟には無理である。こうなれば、我が代わりに行動するしかない。幸い、士の支配力も弱まった為、表出し易くなっておる。
「此処から出るぞ。しっかり掴まれ」
士と強制的に交代し、早々に行動を開始。まず、先程から引き続いて左腕に望月 瞳を抱え、傍に居った美輝を引き寄せて右腕に抱く。残った美咲は、臀部から生やした尻尾を、その括れのある腹に巻き付けて持ち上げる。勿論、追撃があるかも知れぬ為、彼女達を凶弾から庇うべく体よりも前面に持つ。最後は出口に向かって全力疾走。これ等の動作を、一瞬たりとも止まる事なく流れる様に素早く行った。久方振りに自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
(……ハッ?! ローガン!?)
漸く、士の意識が正常に戻った。だが、現状の説明は後にしよう。その余裕がない。何せ今も尚、銃弾が撃ち込まれておるのであるから。
「チッ、鬱陶しい」
何発かは、背中や後頭部に喰らっておる。幸運な事に、痛みはあれども怪我はそれ程しておらぬ。口径が小さいのか、銃身が短いのか、はたまた装薬の問題か、衝突時に生じる破壊力は弱い様だ。我が鋼鉄の筋繊維と士の金剛鉄の頭蓋骨に阻まれ、打撲程度で済んでおる。表皮や皮下脂肪の損傷も即座に癒える。しかし、両腕と尻尾に抱き抱えた三人はそうはいかぬ。彼女達には絶対に当たらぬ様にせねば。
階段を下りておる間も銃撃は続く。途中に幾つもある窓は、全ての硝子が割れておった。其処から撃ち込まれたのだ。我々が通るタイミングを見計らって。中々の腕前である。側頭部や肩や腕に命中する。されど、女性達には決して当たらぬ。そしてそれも、建物から出る頃には止んだ。
(な、なんだったんだ?! 今の……?)
(分からん。だが、危機は去ったと見て良かろう。もう大丈夫だな?)
(あ、ああ……)
(なら替わるぞ)
肉体の支配権を士に返すと同時に、女性三人を地面に下ろした。
「さ、三人ともケガは?」
士が安否を尋ねると、彼女達は各々『問題ない』という意を示した。出血も見受けられず、苦痛に呻いてもおらぬ。被弾はしておらぬ様だ。ただ、美輝と望月 瞳には顔色に変化があった。恐怖の色に染まっておる。無理もない。今は安堵の色も浮かんでおる事が、唯一の救いだ。
「とりあえず応援を呼ぶから君たちはここで待ってなさい」
そんな彼女達とは対照的に、美咲は己の職務を全うする。彼女の場合、恐怖ではなく怒りや苛立ちの方が強いと見える。後、使命感も。
十数分後、美咲の要請に応じたと思しき数台のパトカーやワゴン車が到着した。随分と迅速な行動であるな。良い事だが。
車両から幾人もの警察官が降りて来る。何人かは鑑識の者と同伴で射殺現場へ赴き、何人かは立ち入り禁止の黄色いテープを張った。最後の一人は美咲の元へ走り寄り、何か話しておる。多分、つい今し方、我々に起こった事を彼女から聞いておるのであろう。それが終わると、二人して此方へ向かって来た。
「あなたたち、もう帰ってもイイわよ」
美咲が簡潔にそう言い放つ。我等としては面倒がなくて助かるが、事情聴取もせずに帰宅させてしまった良いのであろうか。特にこの女児は。
「あんたはダメよ」
案の定、コッソリこの場を離脱しようとした望月 瞳。その襟首を引っ掴み、美咲がピシャリと注意した。当然、彼女は手足をバタバタと振り回して暴れる。
「は、はなせよーっ!!」
「離すワケないでしょ! 訊きたいことがタップリあるんだから!」
「あたし何にも知らないって!!」
「ウソおっしゃい! あんた私が警察だって知った途端『大丈夫って言ったじゃない』ってあの男に文句垂れてたじゃないの!」
耳聡いな、美咲。聢と聞いておったのだな。一方の望月 瞳はというと、図星を突かれた様で狼狽えておる。
「ぐっ……!! そ、それは……!」
「さ、観念して知ってること全部話しなさい。いくらあんたが小学校に入りたてでも容赦はしないからね」
この場で彼女の取り調べを始めようとする美咲。それを遮り、士は申し出る。
「あ、あの、俺たちも聞いててイイですか?」
「う~ん、そうねぇ……。まぁ、君たちも当事者だし、聞いといた方がイイか」
暫し悩んだ後、美咲は二人に許可を下した。
「でもここだとマズイわね。何かあったとき周りに被害が出ちゃう。逃げられるかもしんないし」
「んーっ! んーっ!!」
美咲が危惧しておるのは、望月 瞳の“声”の事であろう。現に、彼女の口を押さえながら先の発言をした。
「じゃあ、どこで尋問しますか? 警視庁?」
「そこもダメ。ミュータントの対策なんかしてないから。てことは……はぁ、やっぱり特区に行くしかないわね」
溜息混じりに呟く美咲。それに疑問を抱き、士は訊く。
「嫌なんですか? 特区。何回も行ってるんでしょう?」
「未だに慣れないのよ。あの雰囲気」
ふむ、意外であるな。以前、我々と訪れた時は、その様な素振りを一切見せんかったというのに。当時は、年少者を前に見栄を張っておっただけなのであろうか。
「ほら、あそこだと普通に人間じゃないヒトが歩いてるでしょ?」
「まぁ、そういう地域ですからね」
「こっちだとそういうヒトたちって基本的に正体を隠すように暮らしてるのに、あそこでは堂々とその辺を歩いてるから、何ていうかこう……違和感があるのよねぇ」
美咲がそう感じるのも、無理からん事かも知れん。何故なら彼女はただの人間である。それも人口過多の都会で、多数の人間に囲まれて育ってきた筈だ。特区に足を踏み入れた時のあの光景を奇妙に思うのも仕方がない。それが今でも順応できぬ点に関しても同様である。己の中で長年常識だと信じておった事を、根底から引っ繰り返されたのだ。彼女が彼処の存在を知ってどれ程の年月が経ったのかは分からんが、そう簡単には拭い切れまい。
「では、どこでやりますか?」
気を取り直して美輝が尋ねた。それに対する美咲の返答は、予想の斜め上をいくものであった。
「ウチでしましょう」
○●○●○
四人は美咲が住むマンションへとやって来た。前に来訪した時も思ったが、相当に大きな建物である。敷地も同じく広い。あの時は中に入る事が出来んかったが、今回は彼女の部屋に招かれた。初めて分かった事であるが、何と一階全部で一つの物件なのだそうな。彼女が富豪である事を改めて実感する。ただ、流石にキャリアと雖も警察官の給料では買えんであろう。そうなると、実家の資産と考えるのが妥当か。
「美咲さん、ここって家賃いくらなんですか?」
美咲の邸宅に上げられた士の第一声がそれであった。彼女は答える代わりに呆れ声で告げる。
「はぁ~、君ねぇ……そういうこと訊くのは失礼だって教わらなかった?」
「へ? いいえ。みんな普通に会話の途中で訊きますよ? 地元の友達も俺がこっちに引っ越すって決まったとき真っ先に訊いたのがそれですし」
全く悪びれぬ士。故郷では挨拶代わりの質問なのだ。無礼を働いたとは、これっぽっちも感じておらぬ。故に、訊き直す。嫌われても知らんぞ。
「で、いくらなんですか?」
「あーもうっ、美輝ちゃんも何か言ってあげて!」
しつこく問う士にウンザリした美咲は、美輝に助け船を求めた。彼女に諌められれば、此奴も諦める上に今後この様な真似は絶対にせぬ。そう考えたのであろう。だが、それは勧められぬ行為だ。
「え? 別に普通のことなんじゃないんですか?」
「あー、そういえば君たち同じ出身地だったわね」
美咲は二人が幼馴染である事を思い出した。
「まぁイイわ。別に言ってどうこうなるワケでもないし。でもまた今度ね。それよりも先にやることがあるでしょ」
何れ教えてくれる心算の様だ。まあ、大体の予測は付くが。少なくとも一ヶ月で数十万円、或いは百万円といったところか。いや、意外と御手頃な価格かも知れんな。
「こっちよ」
そう言われて彼女に案内された所は、防音処理が施された一室であった。このマンションは広いだけではなく設備も充実しておるな。他の入居者との共用施設ではなく、個人の部屋に在るとは。
「ま、高いお金払ってるんだからこれくらいわね」
「それで、いくら払ってるんですか?」
「また今度って言ったでしょ」
士よ、好い加減にせぬと本当に嫌われるぞ。
「そんなことより、さっさと済まさなきゃいけない用があるでしょ。ホラ早く」
美咲に急かされ、士は丁寧に望月 瞳を椅子に座らせた。彼女は美咲の命によって猿轡を噛まされておる。かなり心苦しいが、已むを得ぬ措置である。周りに被害を出す訳にはいかぬからな。
「さて、じゃあ今からする質問に答えてもらいましょうか」
美咲はその口の拘束を外し、早速尋問を始めた。ところが、予見通りというか何というか、望月 瞳は黙秘を貫く。何を訊いてもダンマリを決め込む。弱ったな。
「あのね、このまま黙ってたらあんたも危ないのよ? さっき撃ってきたヤツもあれで諦めたとは考えられないし、またいつ狙われるとも限らない。でも私たちに話しておけば守ってあげられる。だから、知ってることを話しなさい」
理由は不明だが、あの狙撃で男は息の根を止められた。ならば、彼と行動を共にしておったこの娘が命を狙われる可能性は充分にある。その証拠に、男を仕留めた後も銃撃は続いておった。九割九分、彼女を狙ったものであろう。
「……あ」
美咲の説得が功を奏したのか、望月 瞳が漸く口を開いた。
「あ、あたしは何も知らない。ホントに。で、でもその……お金が欲しかったの」
この発言により、暗に強盗をした事は認めた。
「お父さんの為ね?」
美咲が確認する様な口調で述べた。彼女が調査したところによると、望月 瞳の父親は現在入院中。症状はかなり重いそうだ。しかし、入院費・治療費は彼の貯蓄で十二分に賄える額であるという。では何故、彼女はこの様な所業に至ったのであろうか。答えは単純明快。あの男に騙されたのだ。彼奴は非道にも娘の父への愛情を利用した。幼い女児を言葉巧みに惑わし、悪事の肩棒を担がせたのである。半ば洗脳の如き詐術だ。その口八丁も一発の弾丸で敢無く散ったが。
「ほーしゅーは山分けだって」
それで終わりとは考えられぬ。男は彼女の能力が欲しかったのであろう。今、大金が手に入るだけではない。この件をネタにして、今後も強請る算段をしておったと愚考する。
あの“声”は実に多様な使い方が出来る。壁を自己崩壊させたり、ヒトの意識を混濁させたり、他にも色々。何かしら、良からぬ事に利用する予定であったと思われる。最悪、彼女が“声”を自在にコントロール出来る様になれば、音によって他者を意のままに操る事も可能になるかも知れん。事実、彼女の母親は“声”によって催眠術の様なモノを使えたらしい。勿論、悪用はしておらぬ。
「じゃあ、あんたたちが撃たれた理由は分かる?」
美咲は次の質問に移った。それへの望月 瞳の返答は、首を横に振っての否定。正直、落胆はしておらぬ。始めから此方の設問に関しては、情報を得られるとは期待はしておらんかった。銃弾の雨が降っておる間、彼女は終始怯えておったからだ。
(あんな目に遭ったら誰だってそうなるだろ。撃たれるかもしれないって分かってたとしても)
それはその通りだが、知らぬと思うぞ。自身の携帯電話に着信があった時、男は動揺しておったが、この娘の反応は薄かった。口を押さえられておったとはいえ、事前に狙撃されると分かっておったのならば、あの時点で暴れるなり何なりしておった筈だ。しかし、彼女は唸り声すら上げんかった。
(ってことは、あの狙撃犯を辿れない。真相は闇の中ってことか?)
そうなるな。強盗事件については犯人死亡によって起訴は不可能。共犯者の女児への教唆や詐欺も同様だ。その女児に関しても、判断力の低い未成年である事、及び錯誤・瑕疵ある意思表示等の諸事情によって不起訴はほぼ確定。ただ、彼女はミュータントである為、これからの事も鑑みて、その身柄は沢渡に預けられる事になろう。まあ、悪い様にはならんと思う。
(チッ、犯人は殺されるし、狙撃されるし、そいつの手掛かりはないっぽいし、結局あのナマハゲも捕まえられてねぇし、今日は散々な日だよ)
数少ない成果はこの娘位のものだ。取り敢えず、弾痕やその進入角度等から凡その狙撃ポイントは割れるであろうし、後日検分に立ち会わせて貰おう。専門家も伴って。




