第24話:敵か味方か
とあるビルの屋上。其処は周囲の建物よりも高い所に在る。見晴らしはとても良い。さりとて、最も高い訳でもない。その様な場所から、男は遥か遠くに建つやや低めのビルを見据える。双眼鏡なんぞ彼には不要。肉眼でも中の様子が余裕で視える。
「で? どうだ? 何か分かったか?」
そんな彼に、士は尋ねた。
「よくもまぁ、当てられたもんだ。やったことはゼッテー許されねぇが、腕前は純粋に尊敬するぜ。ただこりゃ……人間業じゃねぇな」
回答として、感想を素直に述べる男。その言葉には、実に様々な感情が込められておる。
「そうなのか?」
「だって見ろよコレ、どんだけ距離あると思ってんだよ」
男はそう言うとビルに顎を刳る。しかし、そう言われても士にはとんと見当もつかぬ。
「さぁ? 一kmぐらいか?」
「全然違う。どんな目ぇしてんだ、オマエは」
我と融合しておる故、士の視力は梟並の筈であるが、距離感を掴む事は苦手な様だ。
「凛々しい目ぇしてんだろうが」
「そういうことじゃねぇよ。ハァ……まぁ、んなことはどうでもイイ。三kmだ、三km。ココからあのビルまでは直線距離で三kmぐらいはある」
「それは……遠いのか?」
「メチャクチャ遠いわ!」
士の疑問に思わず怒号を飛ばす、茶色い髪をした長身の少年。しかし、この髪色は偽りの物。本来は魔界でも珍しい、鮮やかな緑髪である。
「そんな怒んなよ、クリント。俺には馴染みがないんだよ、銃なんて」
先程から士と一緒に居る者はクリント。此度の狙撃事件について調査する為、腕の立つ狩人・射手であり、狙撃にも精通しておる彼に協力を仰いだのだ。そして此処は、警察が捜査の末に割り出した狙撃ポイント。既に彼等によって調べ尽くされた後だが、クリントならば何か違う視点で見付けられるかも知れん。そう思って、彼に来て貰った次第である。
「そりゃそうだが……まぁイイ。もうイッペンその刑事さんから聞いたことを教えてくれ」
彼にはとうに伝達済みであるが、士は再度美咲から得た情報をクリントに伝えた。自身のお浚いも兼ねて。
鑑識の結果、狙撃に使用された弾薬は7.62×51mmNATO弾と判明。この世界では一般的な実包である。聞くところよると、この銃弾の有効射程距離は五百m~千五百m程度との事だ。無論、用いた銃にもよるが。
「たしかに、その銃じゃムリだな」
自分で説明しておる内に、勝手に納得する士。其処にクリントが付け加える。
「バレルを長くしたり、装薬を強力なモンにしたりすりゃあ、射程は伸びる。でも、だからって三kmは長過ぎだ。50口径の対物ライフルですら二kmが限界だってのに」
「へぇ。お前ん家って銃は使わないって聞いてるけど、結構詳しいな」
「こんなモンただの基礎知識だ。てか、それが分かっててなんでオレを連れて来たんだよ」
「お前以外に頼れそうなヤツが思い当たらなかったんだよ。ダメ元で来て貰ったけど、やっぱ正解だったな」
「ヘッ、よく言うぜ」
「まぁ、そう照れんなよ」
「照れてねぇよ!」
クリントの実家であるレラジェ家は、代々弓を主要の武器としておる。能力もそれに合わせたモノに進化した。だがそうは言っても、人間が同族を殺す為に開発した武器、銃の存在は軽視できぬ。これが人間の文明に登場した途端、それまでの携行武器や防具が無用の長物と化したからな。故に、実際に使用する事はなくとも知識だけは備えておるのだ。飛び道具を扱う者としてな。
「一時は『弓を捨てて銃に替えよう』って意見もあったらしいが、すぐに無くなったな。そりゃそうだ。せっかくの能力が活かせなくなる」
「代を重ねていきゃ銃に移行しても大丈夫だったんじゃねぇか?」
「そうかもしれねぇが、その前にジーサン・バーサン連中が許すハズねぇだろ。自分らの存在意義が危うくなる。そう簡単には切り替えらんねぇよ」
それに加え、上級悪魔は出生率が恐ろしく低い。よって、世代交代も難しい。銃に適応した能力を持つ者が生まれる頃には、相当な年月が経過しておろう。その時は、銃の方も更なる発展を遂げておるかも知れぬ。レールガンやレーザーガン等が実用化に至っておる可能性も充分ある。それどころか現行の銃と取って代わっておる事も有り得る。
「まぁ、弓には弓の、銃にはない利点もあるしな。そもそも視力とか筋力とかが人間とは比べモンになんねぇぐらい強いんだから、無理に銃を手に取るよかよっぽど強力な武器だろ。ソコに能力が組み合わさりゃ鬼に金棒だ」
それが彼の、延いてはレラジェ家の下した結論であった。
「ってオレのことはどうでもイイんだよ」
散々身内の事を語った後、クリントは話を戻した。
「とにかく、ココからアソコまで銃、たぶんスナイパーライフルだろうが、それで狙撃したってんならまず届かねぇぞ」
「でも、撃たれた男の人から摘出された弾も、壁にメリ込んでた弾も、ここに落ちてた空薬莢も、全部その弾だって聞いたぞ。美咲さんから」
「仮に届いたとして、人間の頭蓋骨を貫通するほどの威力を保てるとは思えねぇ」
その前に失速する筈であると、彼は力説する。
「カスタムすりゃいけるんじゃねぇのか? 銃も弾も」
「まぁ、携行性と費用を無視すりゃあるいは……。でもそんなことするぐらいならハナから対物ライフル使えば済むし……なんかコダワリでもあんのかな? いやそれでも改造しねぇと……」
ブツブツと呟きながら、自分の考えを纏めるクリント。その邪魔をせぬ様にと、彼の話を思い返しておる間に、士の中にふとした疑問が浮かんだ。早速、それを彼に尋ねる。
「なぁ、そんな銃を改造するなり特注するなりしてさぁ、実際に撃って当てられるモンなのか? この距離で」
結果として邪魔をしてしまったが、クリントは嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「さぁ、どうだろうな。興味あったから付いて来たが、正直、オマエから話を聞いたときは『はぁ?!』ってなった。さっき『人間業じゃねぇ』って言ったのもウソじゃねぇ。ただ……」
「ただ?」
「オマエを見てたら、そういう人間が居ても不思議じゃねぇなって思えてきたんだよ」
確かに、魔界でも人間界でも、士と比肩し得る不死性を持つモノはそうそう居らぬ。不死鳥の名を冠するフェネクス家にも匹敵する位だ。自分で言うのもなんだが、七千年の時を生きた我が言うのであるから信憑性は高いと思う。
人間は成長し、発展し、進化する。士の例に倣うのであれば、今は二kmが限界でも、数年後には三km以上先の標的の急所を精確に撃ち抜ける者が現れるやも知れぬ。否、既に存在するかも知れぬ。クリントが言いたいのはそういう事だ。
「ま、ソレは置いとくとしてだな。もう一コ気になることがあんだよ」
「他になんかあんのか?」
「ああ。この狙撃手って空薬莢は残して行ったんだよな?」
「あぁ、そのことか。そうだよ。ここにあった薬莢の数と、撃ち込まれた弾の数が一致したって言ってたから、全部置いて帰ったんだろうな」
大抵、秘密裏に何かを狙撃した後、残った薬莢は回収する。それから足が付く危険性があるからだ。しかし、今回は放置されておった。何かしらのメッセージか、捜査を攪乱させる為か、調べられても捕まる筈がないという余裕か、或いは単に面倒臭かっただけか。その辺りの事はプロフェッショナルたる警察に任せよう。
「オレに分かんのはそんぐらいかな。ってコレ、結局あの刑事さんが言ってたこととあんま変わんねぇな」
士が伝えた美咲からの情報を振り返っておる様で、クリントは自嘲気味にそう言った。
「言いたかねぇが、こりゃ迷宮入りじゃねぇか? いや、別に日本の警察をナメてるワケでも、オマエがバイトしてるトコを侮ってるワケでもねぇけどよ。難題だぜ? 実際」
「たしかに、手掛かりはゼロだからな。何をしたらイイのかすらも分かんねぇ。完全なお手上げ状態だ」
正に八方塞がりである。事件の解明は最早不可能なものとなるかも知れぬ。士は諦め始めておった。すると如何やら、それが表情に出ておった様だ。
「それによぉ、聞きゃあ、殺されたヤツってのは男の風上にも置けねぇクソ野郎だったって言うじゃねぇか。オマエが気に病むことじゃねぇよ。撃たれたのもソイツの自業自得だ」
慰めようとしてくれておるらしく、ぶっきら棒にそう言い放ったクリント。何も出来ぬ無力な己に苛立ち、落ち込んでおる士を見兼ねたのであろう。
「その女の子も、今は安全な場所に居るんだろ?」
「ああ、今は特区内で保護されてる」
彼処であれば、何か起こっても此方よりは対処が容易であろう。各分野の機材や専門家が揃っておる上、ミュータントや超能力者、多様なヒト族が沢山住んでおるからな。人外の存在を前提に動ける事は強みになる。
「じゃあもうイイんじゃねぇの? 狙撃犯が捕まってねぇのは確かに不安だけどよぉ。別にオマエやその周りが狙われてるワケじゃねぇし、気にしててもどうにもなんねぇぞ」
クリントの言う事にも一理ある。実状として、我等に危機が迫っておる訳でも、周囲が脅かされておる訳でもない。それに、当の望月 瞳の安全は確保されておる。この時点で既に、行動を起こす理由はない。更に言えば、犯人捜しは我等の領分ではない。これはナマハゲの時も言ったか。
「……そうだな。今はそれよりも身近な問題に取りかからねぇと」
士はクリントの弁に納得し、思考を切り替えた。
「あ? なんだ? 身近な問題って? ……あー! 月末の臨海学校か!」
「違う! いやそれも重要だけど、その前にあんだろうが。乗り越えなきゃならない試練が」
士が言いたいのは、夏休みに入る前にある期末試験の事であった。
「チッ、せっかく忘れてたのによぉ。嫌なこと思い出させんなよ」
それに気が付きたくなかったクリントは、無意識の内に頭の中からその事実を弾き出しておった様子。だが、斯言う士も、人様の事を言えぬ。此奴も一昨日、美輝に指摘されるまで彼と大差ない状態であったからな。
「忘れたところでテストはなくなんねぇぞ。現実を見ろ」
よって、この様な台詞を吐く資格もない。
士の現実逃避は何時もの事として、驚くべきは美輝である。あの様な目に遭ったというのに、よくもまあ普段通りに振舞えるものだ。神経が太いというか、肝が据わっておるというか。幽霊は駄目な癖に、それが生まれる殺人現場に出くわすのは大丈夫であるというのか。立ち位置の関係で直視はしておらぬとはいえ、奇妙な心裡である。ただ、可愛げはなくとも、メソメソ泣かれるよりかは手間が掛からなくて助かる。これは望月 瞳に関しても同じ事が言えるな。
「はぁ~、帰って勉強するか」
そう言いながら士は出口に向かって歩き出し、それにクリントも追随する。
「しゃーねぇか。赤点まみれになんのはゴメンだし」
人間界へ留学できるという事は、クリントも学力は高い筈だ。一定の基準を超える知力を示さねば、此方へ渡る許可は下りんからな。無論、それ他の二人も同じである。しかし、それは魔界に於ける中学生レベルでの話だ。日本に来た瞬間に、スタートラインはこの国の同年代の者達と同じになった。故に、怠慢は禁物である。
「ああ。今回は気張らねぇとマズイぞ」
間近に迫る試験を前に、気合を入れる士。前回とは大違いである。
「なんで? 仕送り減らされんのか?」
「それもある。けど、それはあんま問題じゃない」
就いておるアルバイトが高収入であるからな。ただし、時給は確かに高いが、実際に働く時間は短い。交通費も掛かる。なので、無駄遣いが出来る程ではない。今の内から可能な限り貯金をしたいと考えておる士にとって、両親からの援助は欲しいのだ。加えて、買いたい物もあるしな。
「は? 他になんかあるか?」
ところが、頑張る理由はそれではないという。ならば何なのか。士はクリントの問いに答える。
「赤点が四科目以上あったら臨海学校で遊べなくなる。みんながワーキャーやってる中で勉強漬けにされるからな」
「えっ?! 何ソレ!? 初耳だぞ!?」
「まだ俺らには発表されてねぇからな。試験が始まる前の日に言われるらしいぞ。俺と光は健児さんに聞いたけど」
「うぉぉ……マジか……」
馬鹿は遊ばず勉学に励めと、そういう事だ。
「まぁ、嘆いてても始まんねぇよ。さっさと帰って勉強しねぇと」
「ハァ~、つっても日本語ムズイし、昔の言葉まで出て来るし、別の国の言語も覚えさせられるし、なんでこんなメンドくせぇんだよ」
異邦人どころか異界から来訪した悪魔にとっては厳しかろうな。この国の言語は。歴史や地理等も似た様なものである。一方、数学や理科系については両界でほぼ共通の為、苦労は同級生達と同等だ。というよりも、これ等の分野・学問は人間界で発達した。
「でもどうせアレだろ? その辺で引っかけた女の子に教えてもらう気なんだろ?」
「オマエ、オレのことなんだと思ってんだよ。いくらなんでも失礼だぞ」
「違うのか? だったらゴメン。悪かった」
「いや、その通りなんだけどな」
「謝り損じゃねぇか!」
与太話に花を咲かせつつ、ビルを出る二人。住んでおるマンションが同じである為、共に帰るのかと思いきや、その場で別れる事になった。
(帰らぬのか?)
(ああ、ちょっとな。“コレ”について訊きたい人が居るから)
歩行中、士が示した物は、鞄に入っておる一通の便箋。これは先日、令状と同封で美咲宛に送られた物である。ただ、事件の翌朝に彼女から電話が掛かってきたのであるが、その令状は消え失せておったそうな。朝目覚めて確認すると、既になかったという。彼女の過失によって紛失したのか、文字通り消失したのかは不明だが、跡形もなかったとの事だ。
(令状って家に持って帰ってイイのか?)
多分、良くない。大方、疲れたから翌日へ後回しにしたのであろう。ただ、今回に限ってはそうしてくれて正解であった。余計な面倒事を避けられたからな。
(まぁ、そっちはイイや。でも、おかしくねぇか? 俺が預かったヤツは残ってたのに)
それに関しても疑問は尽きぬ。だが、令状の事はこれで良かったのかも知れん。あの様な曖昧模糊の物を根拠に動いたと判明すれば、美咲の立場が危うくなる。実際に裁判所で発行された物か否かも判然とせぬというのに。もしかしたら、我と同じ様に考えた神城が、主が不利にならぬ様に密かに処分した可能性もあるな。
(あの人が美咲さんに黙って勝手にやるとは思えないけどなぁ)
あくまでも可能性の話だ。
(それより、その『訊きたい者』とは霊能者の事か?)
(ああ、そうだ)
(それは構わんが、あの男が何処に居るのか分かっておるのか?)
(分かってない。けど、電話番号は分かる)
一度、彼から着信があった故に。しかし、此方から掛けても一向に出ぬ。一体、如何なる方法で彼と接触を図ろうというのか。
(沢渡さんに仲介してもらえばイイ。あの人なら特区内に出入りできる人を把握してるハズ。霊能者さんのことも)
(ふむ、そういえばその手があったな)
(ていうか初めて会ったとき、もともと沢渡さんに電話しようとしたら、あの人が代わりに出てたんだから顔見知りだろ。たぶん)
そう考えた士は、早速沢渡に電話を掛ける。数コール待った後、彼女の声が聞こえた。




