敵か味方か②
―『はい、沢渡です』―
「あ、沢渡さん? 石森ですけど、ちょっと訊きたいことが」
―『はい、なんでしょうか? 言っておきますが、給料の前借りは出来ませんよ』―
既に、六月分の給料は口座に振り込まれておる。
「いえ、違います。そのことじゃなくて……」
―『では時給アップの相談ですか? 今の貴方では少々厳しいですよ。まだ始めて三ヶ月と経験が浅いので、せめて一年は働いてから……というか、これ以上はこちらとしても苦しいので我慢して下さい。だいたい……』―
「いやいや、そういうことでもありません」
早とちりも甚だしいな。沢渡にしては珍しい。最後に至っては愚痴になりそうな様相であった。
「実は探して欲しい人が居るんです」
彼女の話を中断させ、士は本題に入った。沢渡も冷静になり、此方の頼みを聞く態勢に入る。
―『探し人、ですか? そういうことは凜花に頼んだ方が……』―
美咲はそれなりの地位に在る警察官であるからな。だが、今回はそういう訳にもいかぬ。
「いえ、沢渡さんでないとダメなんです」
―『そうなのですか? ならば聞きましょう』―
士の懇願に、沢渡は少し嬉しそうな声で返した。
―『それで? 一体、誰を探しているのですか? あと、出来れば事情も聞かせて下さい』―
彼女の問い掛けに、素直に応じる士。先述の内容を全て伝えた。
―『はぁ……霊能者、ですか……』―
この口振り、沢渡に心当たりはない様子。
―『名前は分からないのですか?』―
「分かりません」
そもそも、霊能者は名乗ってすらおらぬ。訊こうとせんかった我等にも落ち度はあるが。
(普通、名前くらい教えるだろ。歳は下でも同僚だぞ。しかも、あっちは俺の名前知ってるし、言う機会は何回もあったし)
ふむ、彼は最低限の礼儀すらも欠いておったのか。
―『う~ん、申し訳ありませんが、それだけでは何とも……。私が把握している中で、霊に関する能力を持つ者は何人も居りますので』―
士が目当てとする人物を、自身の脳内で検索に掛けておったのであろう。暫く間を置いてから沢渡がそう告げた。
「そうですか」
彼女の言葉を聞き、士は落胆した。やはり、名前が判明せぬと如何にもならぬか。しかし、落ち込むのはまだ早い。己が知る者の中から該当者を絞るべく、更なる情報を求める彼女は、続けて問うてくる。
―『その方の容姿はどのような感じですか?』―
「そうですね……なんか、幽霊みたいな人です」
―『もっと分かりにくくなりました』―
彼女がそう言うのも無理はない。幾らなんでもその言い草はないぞ、士。こういう時はその様な要領を得ぬ表現ではなく、肉体的な特徴を言わねば。例えば禿頭や長髪、矮躯とか肥満とか。彼はそのどれでもないが。
「えーと、背は俺と同じぐらいだったから一七五cmから一八〇cmで、痩せてます」
士が霊能者の体格を教えると、沢渡が改まって尋ねる。
―『最初にするべき質問を忘れていました。その方は日本人ですか?』―
「ええ、多分。日本の人間……のハズです」
黒目黒髪、顔立ちを考慮してもこの国の出身者であろう。人間か、はたまたそれ以外の種族か如何かは定かではないが。
―『ところで石森さん、歩きながらの通話は感心しませんよ』―
何故発覚したのであろうか。歩いておると呼吸が乱れ、それが声に表れるとでも言うのか。
「す、すみません」
何にせよ、注意を受けた士は立ち止まり、近場のベンチに腰掛けた。引き続き、口調が丁寧である事と、実際に視認した彼の能力に付いて伝える。
「あ、それと、印象が薄いのでちょっと覚えづらい顔かもしれません」
そして終いに余計な一言を付け加えた。とても有益とは言い難い情報だ。その所為ではなかろうが、沢渡から返ってきた言葉は無情なものであった。
―『すみません。そういう人に心当たりはありません』―
特区内には霊能力を持つ人は沢山居るが、我等が知る男と同程度の力の持ち主に思い当たる節はないという。
―『一応、住民票も確認してみましたが、それらしき人物の登録はありませんでした。念の為、他の人にも訊いてみますが、おそらく無駄でしょう』―
住民登録が為されておらず、尚且つ彼女が知らぬのであれば、この区域に居住しておらぬ事と同義。沢渡の話し方から、そう感じ取れた。
「そうですか……」
最後の望みも断たれた。これは向こうから接触して来るのを待つしかなさそうだ。
―『お役に立てず、申し訳ありません』―
「い、いえ、沢渡さんが謝ることじゃ……」
―『それもそうですね。私が謝る必要は皆無でした』―
沢渡にズバッと断言された士は、束の間絶句するしかなかった。
―『冗談です。お力になれなくてゴメンなさい』―
彼女らしからぬ戯れに、言葉を失ったままの士。辛うじて謝罪が耳に入った位だ。しかし、このまま黙っておるのは拙いと思い、すぐに礼を述べた。
「い、いいえ、ありがとうございました」
―『どういたしまして。何か分かったら連絡しますので、これで失礼します』―
「は、はい、失礼します」
通話終了。携帯電話をポケットに仕舞った。結局、無駄な骨を折っただけであったな。
(まぁ、仕方ないさ。もともと神出鬼没な人だし)
霊能者とは出会って間もなく、それ程深い付き合いがある訳でもないが、そういうイメージを持っておる。
(けどまぁ、新発見もあった。沢渡さんってジョークとか言う人だったんだな。意外だ)
帰路に就き、物思いに耽る士。我もてっきり、彼女には頭の天辺から爪先まで“生真面目”が詰まっておるものかと。
「にしてもどうすっかなぁ~。これ」
話題を元に戻し、士は例の便箋を顔の前でヒラヒラさせながら呟く。
(この際だ。いっその事、放置してみては?)
害はなさそうであるし、それも一つの手であると思う。
(いや、それはマズイだろ。何かあってからじゃ遅いんだよ)
(しかし、そうは言ってもこれ以上は手立てがない。何か考えがあるのか?)
(ああ。訊くのは別に霊能者じゃなくてもイイんじゃねぇか? 魔術師でも良さそうだ)
成程、光兄妹の所へ行く心算なのであるな。ただ、懸念事項がある。これは、あの二人にとって専門外なのではなかろうか。兄の方は文字、妹の方はゴーレム。物品に力を籠めるという点は似通っておるが、二人が得手とする分野とは微妙に異なる様に思える。
(そうかもしんねぇけど、じっとしてる気はないぞ。それに、尋ねる相手は二人だけじゃない)
(ほう。というと?)
(おばさんだよ。二人のお母さん。前に母方の実家が魔術師の家系だって言ってたし、おばさんも何かしらの魔術をかじってんだろ)
そう言われてみれば、以前その様な事を申しておった。
(それでもダメなら、諦めるしかねぇな)
次の方針は決まったが、こんな時間に光家の戸を叩くのは忍びない。事前に約束を取り付けてもおらぬので迷惑になる。故に、質問は明日の学校でしようという結論に至り、そのまま家路を往く。
暫し歩き続け、人通りの少ない道に入ると、奇妙な感覚を抱いた。普段からこの辺は立ち寄らぬ地域であるが、そういう時に感じる新鮮さや目新しさとはまた別のモノだ。
(なんだこりゃ? 神域にでも入ったか?)
士はスコット達と初めて対面した時の事を思い出した。
(いや、それともちょっと違うか)
しかし、当時と寸分違わず同じという訳ではない。それどころか時間が経つにつれ、歩を進める度に以前の空気とは全く異質のモノだと強く感じる。
(ん? 誰も居なくなったぞ?)
それに加え、先刻までは疎らに存在した人々も我等の視界から消えた。何か、良からぬ空間にでも迷い込んだか。
(え?! マジで!? これ出られんの?! なぁオイ!)
我の推察を知らせると、士は酷く狼狽した。無理もないが。
(落ち着け。まだそうと決まった訳ではない。誰かが張った結界の中に入っただけかも知れん)
(なんだ、結界か。じゃあこのまま歩いてたら大丈夫だな)
開き直って自宅を目指す士。物は言い様か。楽観的過ぎる生来ではあるが、悲観的になって歩みを止めぬだけまだ良いと言える。
(ん? ……お? 誰か居る)
結界から脱出すべく直歩いておると、道の先に丁字路が見えた。それと同時に、其処を右へ曲がる人影を発見。かなり距離があるが、迷わず駆け出す士。錯覚だとは微塵も思っておらぬ。
(見間違いなワケあるか。お前の目だぞ)
(それもそうであるな)
先程はああ言ったが、本当に此処から出られるのか確証がない。そもそも如何いう空間なのかも分からぬ。故にあの者から訊き出す必要がある。彼もしくは彼女が知っておれば、或いは居ればの話だが。
(ホラ! やっぱり居た!!)
我が剛脚の御蔭で、士はあっという間に突き当たりに差し掛かった。そのまま減速しつつ右折すると、何者かの背中を補足。諸々の質問をする為に、その者を呼び止める。
「すいません! ちょっと訊きたいことが!!」
「えっ?!」
その声はちゃんと届いた様で、目当ての人物がバッと振り向いた。男だ。それも知己であった。そして奇しくも、つい先刻まで探しておった者でもあった。
「あれ? 霊能者さん?」
「い、石森さん?! な、なぜここに!?」
「『なぜ』って言われても……ウチに帰ろうとして気付いたら居ました」
「そ、そうなのですか……」
人気のない場所で突如話し掛けた故、彼が驚くのは当たり前である。しかし、だからといって此処まで仰天するであろうか。喋り掛けてきた相手が士と認識しても尚、彼は鳩が豆鉄砲を食った様な顔になっておる。
(ちょうどイイ。用件を済ませよう)
そんな霊能者を尻目に、士はそそくさと鞄から便箋を取り出す。此奴にとってこの状況は、正に降って湧いた幸運。なので、感謝と共にそれを彼の前に差し出した。
「すみません、ちょっと見て欲しい物があるんですけど」
「えっ? あ、はい、なんですか?」
やや上の空ながら、士から便箋を受け取った霊能者。それから徐々に冷静になり、数秒で何時もの調子に戻った。
「これに何か良くないモノが仕込まれてないか鑑定してもらいたいんです」
「はい、拝見しま……ああ、これは心配しなくても大丈夫ですよ」
手渡された便箋を大して視もせず、霊能者は判断を下した。それも『安全だ』と。その真意はすぐに明らかになった。
「だってこれ、私が送った物ですから」
「ええっ!?」
真実を聞かされた士は、当然開いた口が塞がらぬ。我も動揺を隠せぬ。だが、それとは正反対に、霊能者は先程までの不審な挙動が嘘の様に飄々とした態度である。
「じゃっ、じゃあっ、あの令状も……?!」
「はい、それも私です。いやぁ~、苦労しました。本物ソックリに似せるのは。でも、その甲斐あってなかなかの出来になりましたよ。実際、あの女刑事さんも騙されたでしょう?」
「え、ええ、まぁ……」
士が訊くまでもなく、彼は此方が抱いておった疑念を次々に喋ってくれた。
「後々ややこしいことにならないように、色々と細工もしました。一定時間が経つと消えるインクを使ったり、違和感を持たせないように術を施したり」
己の偽造技術を自画自賛する霊能者。その様子に圧倒される士。
確かに凄い事ではあるし、助けられもした。だが、それを誇って良い事なのか甚だ疑問である。今更咎める気はないが、彼の行いは間違いなく犯罪であり、また結果的にも芳しくなかった。女児は無事に保護できたが、諸悪の根源たる詐欺師は――それが彼の本意ではなかったとしても――あの世へ逃亡。その上、新たに追うべき者も現れた。根本的な解決には至っておらぬ。
「まぁ、課題は残りましたが、私の目的は果たせたので個人的には満足しています」
ところが、それ等は霊能者にとって、特に憂慮すべき事ではない様だ。
「はぁ……そうなんですか。いや、ていうかその前に、なんで事件の概要を知ってるんですか?」
「今の世の中、情報なんて簡単に入ってきますよ。ハッキリ言って機密なんてザル同然です」
それはそれで問題であるが、逮捕令状の贋造に比べれば可愛いものか。
「全く、なんでこんなことを……」
「でも助かったでしょう?」
「それはまぁそうですけど、バレたらどうするんですか? これ偽造罪ですよ?」
「だから露呈しないように工夫したって言ったじゃないですか」
この男、開き直っておるな。己が捕まる訳がないと確信しておる。そんな顔だ。
「でもいま自白しましたよね?」
「ええ。ですが証拠もありませんし、私人逮捕も出来ませんよ? 全力で逃げますから」
そう言って、霊能者は手にした便箋を広げて見せてきた。因みに私人逮捕とは、警察官(司法警察職員)ではない一般人によって為される現行犯人逮捕の事である。
「なっ……!?」
それを目視した瞬間、士は自身の目を疑った。何故ならば、昨夜までは確実に書かれておった筈の文面が、一文字残らず綺麗サッパリ消えておったからだ。筆圧による跡すら残っておらぬ。手紙はただの紙切れと化しておる。
成程、これで合点がいった。美咲が持っておった令状もこうして遺失したのだ。
「まぁ良いではありませんか。いたいけな女の子は生き延び、悪辣な詐欺師は死に絶えた。それだけのことです。彼女も全くの無実というわけではありませんが、今回の場合は仕方ありません。まだ幼いですし、利用されただけですものね」
此奴、事件の概要どころか全容も把握しておる様子。最早、一体如何なる方法で、とは問うまい。
「言いたいことは分かりました。で? その“目的”って何なんですか?」
霊能者の主張を聞き入れた士は、返答代わりにその言い分の核心を突いた。
「え?」
「だからさっき言ってた“個人的な目的”ってヤツはなんですか? って訊いてるんですよ」
「あぁ、それは……言えません」
一瞬、間を空けてまで言う事か。その台詞をグッと呑み込み、士は問い直す。
「すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「というか言いたくありません」
(何なんだよこの人!!)
此方からの質問に対して、はぐらかすを通り越して回答を拒否する霊能者。当然、士の中で怒りが沸々と込み上げてくる。
「ま、それは冗談ですが、訳あって言えないっていうのは本当ですよ。教えてあげたいのは山々なんですけど、私にも事情がありまして」
真剣な表情でその様な事を言われると、士の憤りも次第に鎮火していった。彼も抱えておるモノが多々ある様だ。そう考えると、彼を責める訳にもいかぬ。一旦、心を穏やかにさせる士。この短時間で交わされた霊能者との遣り取りを想起し、整理する。ほんの数瞬、意識が彼から逸れた。
「用事はこれだけですか?」
「え、ええ……」
その隙を突き、一刻も早く此処から離れたいらしい彼は、会話を強制的に終了させた。
「ではこれで失礼します!」
「え?! あっ、ちょっと……!!」
そして早口でそう言い残し、彼は目にも止まらぬ速さで立ち去った。というか消えた。
「逃げ足はえぇな、オイ」
彼のあまりの速さに、追い駆ける気力も湧かぬ士。或いはこの便箋が安全と分かり、そんな気も失せたとも言える。何にせよ、当初の用件は果たせた。我等も早々にこの空間、もしくは結界から脱出しなくては。
「あぁーっ!! そのことも訊いとくんだったぁーっ!!」
すっかり忘却の彼方であったな。序でに名前も訊きそびれた。だが、その直後、前者に関しては心配無用となった。叫び声を上げた士を、怪訝な目で見詰めながら通り過ぎる者が数人現れたからだ。如何やら、通常の空間に戻って来た様である。
「……帰って勉強しよ」
そうしなさい。




