幸福の星③
明後日、学校へ行く前に美咲から一通のメールが届いた。それには、一枚の写真が添付されておった。其処に映っておる女の子が、我等が先日出会った女児なのか確認して欲しいそうだ。
「うん、たしかにこの子だな」
(ああ、間違いない)
その旨を美咲にメールで伝えると、すかさず返信が来た。書かれておる内容は、その女の子についての情報である。
彼女の名前は望月 瞳。今年度、小学校に上がったばかりで、園崎 香奈と同い年だそうな。というか、香奈は小学生であったのか。それはさて置き、我々の推論通り彼女の母親が例のミュータントである。他に兄弟姉妹は居らず、彼女が亡くなってからは父親と二人暮らし。その父親も稼ぎは良い様で、強盗なんぞする必要はない。それに、娘を利用して他人の金品を強奪する様な鬼畜・外道でもないと言う。因みに、彼は普通の人間だ。
(幼稚園児で銀行強盗なんか思いつくか? 金に困ってないんなら尚更ありえねぇだろ)
(それはそうだが、あの壁の壊れ具合は如何やって説明するのだ? 実質、彼女にしか犯行は不可能であるぞ)
沢渡が把握しておらぬ輩の仕業、という可能性もあるが、現段階では無きに等しい。
(アホか、その方法すら分かってないんだぞ? 彼女が実行犯かどうか以前の問題だ)
それに関しては、既に見当は付いておる。恐らく、物体を構成する分子その物を揺らしておる。このやり方ならば、物体の強度に関係なく共振によって崩壊させられるであろう。ただし、彼女もしくはそれに類似した能力・装置を持った者が行ったという前提はあるが。
(音波で分子ごと揺らして物質を崩壊させる……。さすがに無理があるんじゃねぇか?)
まあ、これはあくまでも我が立てた仮説に過ぎぬ。真相は犯人に直接訊かねば分からぬよ。
(それよりも、そろそろ出ねば遅刻する時間であるぞ)
(ゲッ! もうそんな時間か!?)
我の進言により、士は鞄を引っ掴んで急いで家を出る。その甲斐あって、始業時間には間に合った。こういう日に限って、スコット達は此奴を誘わずに先に行く。まあ、彼等に頼りっきりになるのも良くない。そういう事は偶にして貰えば良かろう。
○●○●○
放課後、今日は霊能者の占いに従って、学校から見て北東の方角へ行ってみる事にした。
(一昨日はマンションの北東に在る公園であの子と会った。なら今度も……)
彼女と出くわすかも知れぬ。その様な微かな希望を抱きつつ、士は校門を出た。予想外の、一人の女子を伴って。
「そういうことなら私にも言ってくれればイイのに」
何と、美輝が自分も付き添うと言い出したのである。何故、彼女が今回の事情について既知であるのか、士も最初は困惑した。だが、美輝の話を聞いておる内に、彼女も美咲に連絡を貰ったらしい事が判明。勿論、その子の顔写真も貼られておったそうだ。これが今朝の話、我等と同じタイミングで知らされた様である。そして、昼休みに彼女から『協力したい』と提案され、士はそれを受けたという事である。
確かに、このゴチャゴチャした街で一人の女児を捜し出すとなれば、光のゴーレムは役に立つ。絶対に。断言できる。そう考えたからこそ、美咲も彼女にこの話を持ち掛けたのであろう。此方としては願ったり叶ったりである。
「この辺でイイかな」
学外に出てから数分、士と美輝は人通りの少ない場所にやって来た。すると、此処ならば安全と判断した美輝が、鞄から数体の蝙蝠型ゴーレムを取り出す。翼が折り畳まれた状態で仕舞われておったそれ等は、彼女が空中に放り投げると同時に、翼を広げて方々へ飛び去った。
「じゃあ、俺らも地道に足で探すか」
それを見送り、二人も別々に行動を開始した。美輝は先述の通りゴーレムを駆使して、一方の士は御自慢の機動力とスタミナを生かして街中を見て回る。無論、人様に不審がられぬ程度に。
しかし、そんな二人の力を以てしても、彼女の影すらも一向に掴めぬ。使えるモノが己の肉体のみである士はまだしも、美輝が操るゴーレム共のセンサーにも全く引っ掛からぬ。
(そりゃ簡単に見つかるとは思ってなかったけど、光のゴーレムを使ってもダメとは……)
この街は広い上に入り組んでおり、建造物も乱立しておる。また、当たり前だが人口も多い。流石に、人外と魔術師と四~五体のゴーレムでは無理があったか。
(あの占い、やっぱ当てになんなかったな)
周囲に目を光らせ、耳を欹て、匂いにも注意を向ける士。そうして歩いておると、図らずも霊能者への愚痴が浮かんでしまう。我等は元々、彼の占術に大した期待はしておらんかった筈だ。しかし、こうしてみると、本当は心の何処かでそれに縋っておったのかも知れぬ。実際に、彼女の捜索範囲を学校の北東に絞った事がその証拠である。
それ以降も、二人でかなりの広範囲――常人では到底不可能な範囲――を探し回ってみたものの、彼女の影どころか気配すらない。途中で合流し、夕食を挟んでからも続行したが、結果は同じ。もう夜も更けてきた。既に、健全な高校生が外出して良い時刻ではない。
一昨日の件もあるし、彼女もこんな時間に無闇に外には出歩かぬであろう。そろそろ切り上げて帰宅しようか。そう考えた士は、美輝に連絡を入れる為に携帯電話のアドレス帳から彼女の名前を探し始める。すると丁度その時、彼女から着信が入った。メールである。早速、それを開いてみる。其処には、たった一言だけ書かれておった。
――『見つけた』――
朗報である。美輝自身が発見したのか、彼女が使役するゴーレムの索敵範囲に標的が入り込んだのかは分からぬ。だがこの際、その如何は問題ではない。
(いや、それはイイけど……どうやってそこに行けば……?)
前述した様に、彼女から送られたメールには、現在地や目的の女児を目撃した場所が記載されておらぬ。伝えたい内容を全て打ち終える前に、焦って送信してしまったのであろうか。否、すぐに違うと理解した。彼女のゴーレムが眼前に現れたのである。恐らく、これに付いて行けという事であろう。士も瞬時にそれを感じ取り、飛んで先行するゴーレムの後を追う。
(あっ、そうだ! 美咲さんにも連絡しとかないと)
道中にて、その考えに至った士は、再び携帯電話を手に取る。画面を確認すると、何時の間にか彼女からもメールが送られておった。それを開けば、『了解』の二文字だけが無機質に浮かんでおる。
(ん? なんのことだ?)
我も思い当たる節はない。家族や友人へ送る筈の物を、誤って此方に送信してしまったのであろうか。疑問は残るが、これに構っておる暇もない。改めて彼女にメールを送る。そして、士は携帯電話をポケットに仕舞い、更に足を速く動かした。それが功を奏したのか、程無くしてゴーレムが停止。その場で滞空し始めた。現場に到着したのだな。その証に、美輝の姿が視界に入った。
「居た? どこ?」
彼女の元へ駆け寄って早々に尋ねる士。
「あそこに居るみたいなんだけど、その前に本人かどうか確かめて欲しいの」
美輝が言う事も尤もだ。写真と実物では、まるで印象が違う事も珍しくない。念の為、肉眼により確認は必要だ。此処から標的までは結構な距離があるが、士の視力ならば問題ない。即刻、物陰から覗いてみる……視認した。服装は以前と異なるが、顔立ちは紛れもなく先日の女児である。この様な暗い時間に街をウロつくとは……。一体、親は何をしておるのであろうか。
「ああ、あの子だ」
彼女が捜しておった張本人である事を美輝に伝えると、今度は士が訊き返された。
「見つけたのはイイけど、次はどうするの? 一昨日は、声を掛けた途端に逃げられたんだよね?」
美咲からは其処まで聞かされておるのか。まあ、説明する手間が省けて助かったとも言えるな。それは兎も角、士がもう一度あの子と接触する事は少々都合が悪い。此処は彼女の出番だ。
「ああ。俺が行くのはちょっとマズイ。だから光が行ってきてくんねぇか?」
美輝に頼み込む士。それを受け、彼女は快く了承してくれた。そして、すかさず女児――望月 瞳――の所へ歩み寄って行く。彼女も、女子高生が相手ならば多少は警戒心が和らぐ筈である。少なくとも、士が近寄るよりかは格段にマシだ。そう思ったのだが……。
(あ、ダメだ。怪しまれてる)
望月 瞳は猜疑心を露わに、接近する美輝を凝視する。睨んでおる様にも見受けられる。それでも尚、美輝は勇気を振り絞って彼女に話し掛けた。
(って接触すんのはイイけど、その後どうしよう? 美咲さんに連絡はしたけど、ここに来るには時間かかるだろうし)
強盗の件を説明するにせよ、我々では説得力に欠ける。そもそも理解できるのかも分からぬ。最悪、また逃げられてしまう。追い掛けるにしても、諸々の都合によってちと分が悪い。一刻も早く彼女に来て貰わねば。そう思った矢先、事態が急変した。
「あの、娘に何か用ですか?」
一人の男がそう言って近付いて来たのである。この口振りから察するに、彼女の父親であろうか。
「あー、いえ、こんな夜遅くに女の子が独りで居る場所ではありませんので、気になって声を掛けたんです」
それに対し、美輝が弁明する。無難な回答だ。まさか、『お宅の娘さん、強盗事件に関係があるかもしれません』とは言えんわな。それも一介の女子高生が。
「あぁ、そうだったんですか。それはどうも御親切に、ありがとうございます」
返答と共に、美輝に深く頭を下げる男性。有難い事に、逆に彼から高校生の男女が如何のこうのという面倒な突っ込みもなかった。
「ほら、行くよ」
男は顔を上げ、瞳の方へ向き直って手を差し出すが、彼女はそれを無視。その代わりに、此方にチラリと視線を送った。
「本当にありがとうございました」
手を下ろし、もう一度お辞儀をして男は立ち去った。瞳はそれに付いて行く。残された士と美輝は、二人の後ろ姿を見送った。
(あっ、話きくの忘れてた! どうする?! 追いかけるか?! 今ならまだ間に合うぞ!?)
そう思うのならば、我に訊く前に駆け出せば良いものを。我がそう言う前に士もその思考に至ったのか、自然と走る体勢に移行する。しかし、その寸前でそれを阻む者が居った。美輝である。腕を士の前に突き出し、士が取ろうとした行動を制止したのだ。
「お? どうした?」
「違う……」
ボソリと呟く美輝。形の良い口から発された声は、小さい筈なのに何故かとても重く感じる。
「……何が?」
「あの二人、親子じゃない」
衝撃の発言である。いやだが、思い返してみれば、あの男は自ら瞳の父であると名乗ってはおらんかったな。転じて、それは瞳についても言える事だ。
「なんでそんなこと分かんの?」
「ん~、ただの勘なんだけど……たぶん間違ってないと思う」
これといった根拠はないらしい。しかし、その眼には自信が満ちておる。
(女の勘ってヤツか……でもアテになんのか?)
心ならずも彼女の言葉を疑う士。確かに、些か信憑性に欠ける。普段ならば、我もそう断じたであろう。しかし、美輝の境遇を鑑みれば一概にそうとも言い切れん。
彼女は父親が行方知れずになって久しい。思春期真っ只中ではあるが、それでも急に蒸発してしまったとなると話は別。それが多感な時期である現在まで続いておるのであるから尚更だ。彼女があの二人の距離感や関係性、其処に漂う違和感を敏感に察知できたとしても不思議ではない。
(そう言われてみればまぁ、信じられなくもないな)
我の推論を聞いて納得した士は、次に執るべき行動を美輝に提案する。
「じゃあ、どうすんだ? 尾行?」
「うん、ゴーレムでね。もう付いて行ってるよ」
それは中々に手回しの良い事で。正に『兵は拙速を尊ぶ』であるな。厳密には魔女だが。
(親子じゃないって言うんなら、あの二人の関係性はなんだ?)
二人を追尾する道中、士が当然の疑問に至った。それに対しては大体の想像が付く。親どころか血縁者か如何かさえ疑わしい男が、小学生の女児と歩いておるのだ。高確率で如何わしいか、碌でもない目的であろう。
(まぁ、あの男がヘンタイだろうが、強盗の肩棒を担いでようが、取っ捕まえて吐せりゃすむ話だ。どっちにしろ犯罪者であることに変わりはないし)
独断と偏見で決め付けるのは良くないが、あの男が怪しい事は事実。我の予測では、後者に関わりがあると思われる。前者も無くは無かろうが、これまでの経緯から彼女の体質を利用して銀行を襲った不届き者である確率の方が高い。そして、捨て切れぬもう一つの可能性。士達の必死さも増そうというものだ。




