第23話:降伏のホシ
それから間もなく、男と望月 瞳を発見した。美輝が執った咄嗟の行動が、無事に実を結んだのだ。ただ、問題は此処からである。あの男が父親ではないとしても、それを指摘したところで奴に惚けられれば此方は何も言い返せぬ。証明できぬからな。何の権限もない為、それ以上の追及も不可能。だからといって強硬手段に出れば、後で我々が不利になるだけだ。
それに、あの子も自分の意思で男に付いて行っておる様であった。下手に刺激しようものなら、貴重な手掛かりを二つとも取り逃がしてしまいかねん。先日の二の舞、否もっと面倒な事態となるかも知れん。さて、如何したものか。
そう悩んでおる内に、とある疑念が浮かんできた。
(つーか美咲さん遅いな。メール送ってから三十分ぐらい経ってんのに、返信はあの一回きりだし……。てか、そもそも見てないんじゃ……)
そうなると、益々(ますます)あの『了解』の真意が気に掛かってくる。しかし、そればかり気にしてもいられん。二人が何か、こじんまりした建物に入って行くところを目撃したのだ。
「危険かもしれないから、まずは俺だけで行ってみる。光はどこか安全なトコで待っててくれ」
「分かった。気を付けてね。いちおうゴーレムはもう侵入させてあるから」
「了解」
特に抗議する事もなく、士の提案に乗った美輝。それだけに止まらず、彼女は此処でもさり気なく機転を利かせた。
「じゃ、行ってくる」
士は建物の方を見据えてそう言うと、美輝に不安げな素振りを見せずに歩き出した。ただし、心の中ではかなり緊張しておる。見栄を張っておるだけだ。
(まさか、ヤクザの事務所とかじゃねぇだろうな……)
(何か問題でもあるのか?)
(……いや、ねぇな。ここは手狭だし、人手もあんまり居ないハズ。居たとしても十人ぐらいだろ。ブルースさんやスコットたちに比べりゃ屁でもない。余裕、余裕)
幾分か気持ちが楽になり、それと連動して足取りも軽くなった士。此処に何が待ち受けておるのかは不明だが、大抵の相手ならば我等でも問題なく対処できるであろう。
(とりあえず片っ端から見て行くしかないか)
士は手始めに、一階の物件から確かめる事にした。ただし、中へ入って直接確認するのではなく、まずは路地裏にある窓から覗き込んで視認するのだ。真正面から行っても、納得のいく説明は出来んからな。何れにせよ、不審者である事に変わりはないが。
(おっ、ここのイイ感じの窓から……)
早速、手近の窓に身を寄せ、コッソリと中を覗こうとした。だがその瞬間、思いもよらぬ事が起こった。図らずも腰を抜かしてしまう程に。
(待って。その必要はないよ)
脳内に響く、聞き慣れた声があった。無論、士ではない。だが、この声の主には心当たりがある。
(えっ!? 光?!)
(うん。いま、ゴーレムを介してテレパシーで話してるの)
(ゴーレム?)
体中を見回し、手で探っておると、確かに蜘蛛型のゴーレムが襟の辺りにくっ付いておった。大きさは指先に乗る程度である。ふむ、新型か。先程は気が付かんかったが、望月 瞳の捜索にも用いておったそうな。
(ウッ! よりによってクモかよ!)
その存在に気が付いた途端、反射的に叩き落としそうになるが、理性で何とか抑え込む士。此奴は蜘蛛が苦手である。見るだけならば良いのだが、触れる事をなるべく避けたい位には嫌悪しておる。先日の土蜘蛛や絡新婦も類似しておるが、彼処まで逸脱しておると一気に如何でも良くなるらしい。
(私もあんまり好きじゃないんだけど、この形状がイチバン能率がイイんだって)
(誰かにそう言われたのか?)
(うん。美咲さんに)
あの女か。理屈の上では、機能面を考えれば彼女が正しいのであろう。だからといって、生理的な忌避感は拭い切れるものではないが。
(そんなことより、さっきの二人、四階に居るみたい)
美輝は頭を切り替え、別のゴーレムから得られた有力な情報を士に伝えた。
(そうか、分かった)
それを得た士は、一~三階を飛ばして四階へ行く事にした。それは良い。良いのであるが、暫し待て。妙だ。先刻から払拭できぬ、得体の知れぬ違和感があった。だが、美輝との会話を終えた今、その正体がやっと分かった。
テレパシー。そう、士とテレパシーで会話なぞ不可能だ。我のメンタルバリアを突き破る事なぞ出来る筈がない。
現に、この御力を先代のルシファー様に頂いてからの数千年間、一度たりとも侵入を許した事はない。それを彼女は易々と乗り越え、士との対話を可能にした。最早、訳が分からぬ。まさか、彼女の力量はあの御方をも上回るというのか。馬鹿な。有り得ぬ。士の想い人にこういう言い方をしたくはないが、高々一介の魔術師にその様な業が為せてたまるか。相手は魔界の最高位、魔王であるぞ。
(よし、着いた)
我が物思いに耽っておる間に、士は四階に到着。突入の準備を始めた。準備と言っても、深呼吸をして平常心を保つだけである。ただその前に、一つ確認しておきたい事があった。
(中の様子はどんな感じ?)
(えーと、二人でお茶飲んでるよ。女の子はお菓子も食べてる)
美輝のゴーレムからの情報によると、二人はソファに座って寛いでおる様だ。招かれざる客に気付いておる様子はないという。
(次の計画を練ってんのか? チッ、いたいけな女の子を悪の道に引きずり込むゲス野郎め! とっととフン捕まえてやる!)
正義感に燃えるのは良いが、まだそうと決まった訳ではないぞ。限りなく黒に近い白ではあるが、現時点では黒と断定してはならぬ。今更だが、我等の早とちりでないのかと不安になってきた。
(だからって黙って見てるワケにもいかねぇだろ? これから凶悪な犯罪が二つも起こるかもしれないってのに。事前に止められんのは俺らだけなんだぞ。いま引き返して、『あー、やっぱあのとき入っときゃ良かった』って後悔すんのはゴメンだからな)
此奴、何時になく義憤に駆られておるな。相手が女児であるからであろうか。そういえばこの前もそうであったな。そうなると、同胞が己の意思ではなく悪事に加担させられておるのが我慢ならぬ、といったところであろうな。
(さっきから一人で何ブツブツ言ってんだ。もう入るぞ)
用意は整った。後は行動あるのみ。その第一歩として、ドアノブに手を掛ける。だが、扉を開けようとしたその瞬間、中から悲鳴が。
「うわあぁぁぁっ!?」
男の声である。
(これって入るべき?)
(萎えるな。良いからとっとと入れ)
一瞬の躊躇いの後、士は勢い良く扉を開けた。
「どうかしましたか!?」
そう叫び、ノックもなしに入って来た士に二人は心底驚いた……訳ではなかった。
(なっ……っ?!)
寧ろ、仰天したのは我等の方である。こういう存在は得てして忘れた頃にやって来るものだが、何も今でなくとも良かろうに。
(な、ナマハゲ……?!)
部屋に入るなり、真っ先に目に飛び込んできた異形。それは、以前取り逃がした実在する筈のない妖怪、ナマハゲであった。
(な、なんでこんなトコに……!?)
その理由は容易に推測できる。この男が所謂『悪い子』であったというだけの話だ。我等の予想に違わずな。その証拠に、正に今、巨大な鉈が男の頭部へ振り下ろされようとしておった。
「フンッ!!」
それを視認した瞬間、士は駆け出す。数mの間合いを一息で詰め、奴の握る鉈を蹴り上げた。
(あ……っ!?)
しかし、此処で痛恨のミス。本当は手を狙った心算であったのだが、文字通り鉈その物を思い切り蹴ってしまった。咄嗟の事かつ慣れぬ行動の為に、目測を誤ったのである。しかも、ヒットしたのが刃の部分であったので、靴を裂いて皮膚まで達しておった。自慢の脚力が仇となったな。
ただ、成果はあった。痛みと引き換えにして。鉈は奴の手から離れ、天井に打つかった後、音を立てて床に落ちた。士はすかさずそれを遠くへ蹴飛ばし、こう言い放つ。
「なんでテメェがここに居んのかは分かんねぇけど、ちょうどイイ。前の分もしっかり説明してもらうからな。喋れたらの話だけど」
奴は得物を失った為、危険度はグンと低下。故に、士は強気に出る。そう思いきや、ナマハゲは螻蛄蓑から素早く出刃包丁を取り出し、形勢は五分五分のまま。そして、二人は再び相対する。だが、それだけであった。
「キャアアアアアァァァァァッッ!!」
望月 瞳が例の叫び声を上げたのだ。
「ぐああぁぁっ?!」
両手で耳を塞ぎ、その場に倒れ伏す士。相変わらず、驚嘆に値する轟音である。一度経験したとはいえ、おいそれと慣れるものではない。もしもの為を思い、昨日購入した耳栓を持って来ておったが、それを着ける暇もなかった。やはり、入る前に着けておくべきであったか。いやいや、それでは彼等の言い分が聞けぬ。
(……さク……! ……を……て! い……か……たよ! つ……さ……ン!? ……こえ……る?!)
意識が混濁する中で、美輝の念を受信した。ところが、時々ノイズが混じっておる為、何を言っておるのか殆ど分からぬ。辛うじて聞き取れるのは、士の名前を呼んでおるという事、それだけである。恐らく、この場にナマハゲが居る所為であろう。奴から垂れ流される妖気が、美輝の念波を妨害しておると思われる。この状況も、彼女には見聞き出来ておらぬであろう。
(グッ……!?)
我の思考に引き摺られ、ナマハゲの方に目を遣る士。すると奴は、未だ叫び続ける望月 瞳に包丁を振り翳しそうとしておった。多少ぎこちないが、よくもまあ動けるものだ。
(マズイ……ッ!!)
改めて耳栓を手早く着用し、士はナマハゲにショルダータックルを食らわせる。視界は歪み、平衡感覚も怪しいが、何とか奴が為そうとした所業を阻止できた。ただ、奴が大きく吹き飛んだ感触はあったものの、転倒した気配は感じぬ。此方は盛大に転んだというのに。多分、咄嗟に受け身を取ったのであろう。だが、奴からの追撃はなかった。
(……かさクン!? 聞こえてる?!)
それから間もなく、雑音が徐々に晴れてきた。それに伴い、美輝の声も届く様になった。そうなると、それは同時に、ナマハゲが此処から立ち去った事を意味する。奴は恐らく窓を破って侵入したであろうから、同じ様に出て行ったと思われる。窓硝子は先程の絶叫で全壊しておるが。
(あ、あぁ……いま聞こえた)
美輝の呼び掛けから少し間を空け、朦朧とする意識を繋ぎ止めて士は返事をした。
(さっき何かが入って行ったみたいだけど大丈夫?! 知らせようとしたんだけど何か不具合があったらしくて……!!)
彼女の声からは焦燥が感じ取れる。
(大丈夫、大丈夫。ナマハゲが来たけど、もう撤退したよ)
士が静かにそう言うと、彼女は落ち着きを取り戻した。そして、至極当然の疑問を口にする。
(なま、はげ? 実在はしないって聞いてるけど……?)
(あー、ただのコスプレ野郎かもしれないけど、そんなカッコしてるヤツが来たんだよ。鉈とか包丁とか振り回す危ないヤツが。ちなみに見るのはこれで二回目だ)
(そ、そうだったんだ……)
心の声色から察するに、彼女の今の心境は驚愕半分・感心半分といったところか。
(それより、すんでのトコで阻止したけど、大丈夫かな? この二人)
彼女達の安否が気になった士は、頭を押さえながら立ち上がった。すると、此奴の何気ない呟きに反応し、美輝が尋ねる。
(何があったの?)
(二人がナマハゲに襲われそうになったんだ)
(ん? 二人とも? 男の人だけじゃなくて?)
(ああ。たぶん、静かにさせようとしたんだろうさ。メチャクチャうるさかったからな)
その様なレベルではなかったが、黙らせようとした事は本当であろう。そういえば、先刻から騒音が止んでおるな。平静になったのか。
「ちょっと! あんなので気絶してんじゃないわよ!」
そう思ったのも束の間、甲高い声が耳栓を外したばかりの士の鼓膜を激しく揺らす。それに釣られて其方を向くと、望月 瞳がその小さな手で男の頬を引っ叩いておった。良い音が響く。
(いきなり喋ったと思ったらメッチャ気性荒いじゃねぇか)
もっと大人しい娘かと、勝手に思い込んでおったな。
「……うっ!? たっ……?! 痛っっ?! 痛い痛いっ!?」
何度も頬を張られておる内に、男が跳ね起きた。しかし、それでもまだ彼女は叩き続ける。
(小学生、それも女の子に叩かれたってたいして痛くねぇだろ)
そうは言っても、何十発も喰らえば流石に辛かろう。現に男は、その苦痛に耐えかねて抗議し始めた。
「起きた! もう起きたって!!」
ふむ、この遣り取りを見るに、我等が心配する様な関係ではないのかも知れんな。この二人は。
(いや、まだ決めつけんのは早い。また早とちりかも)
それでも尚、更なる慎重を期する士。中々煮え切らんな。こう言ってはなんだが、我は既に先の美輝の主張も疑わしく思えてきた。故に、もうこの辺で引き上げても良いのではないか。そう提案しようとした矢先、二人が口喧嘩を始めた。
「もっと他に起こし方あっただろ!」
「はぁっ?! あんなんで気絶してたヘタレに喝を入れてあげたのよ!!」
(そう言う自分も悲鳴上げてたけどな)
確かに。ただ、なんともまあ、気の強い娘であるな。選んだ言葉も含め、ほんの四ヶ月前まで幼稚園に通っておったとはとても思えぬ。
「てゆーか、喜んでんじゃないの? あんたロリコンのヘンタイだしぃ」
「こっ、このガキィ……ッ!」
彼女が更に煽ると、男は怒りで顔を歪める。口喧嘩というよりも、彼女が一方的に男を罵倒しておるだけであったな。ただ、この二人の上下関係が垣間見えた気がした。取り敢えず、美輝の見越した通り親子ではなさそうである。
「チッ、そんな口を利けるのも今の内だぞ」
「わかってるわよ……」
しかし、此処で風向きに変化あり。男が纏う空気が変わると同時に、彼に対する望月 瞳の態度も変わった。急激に。
「あっ!」
それに伴ってかは分からぬが、漸く望月 瞳が此方に顔を向けた。
次は二週間後




