幸福の星②
「缶詰はウチの方が安いな。おっ、これはウチにないな。でも逆にアレがないのか。これは……さっきの所の方が安いか」
ブツブツと独り言を呟き、棚に並べられた商品を物色する天道。士は少し離れた場所で彼を見守る。感心と呆れが綯い交ぜになってきた。
(もうここで五軒目だよ……)
二人が来ておるのは、とあるショッピングモール。その中に在る店舗の一軒である。先程までは違う店を見て回っておった。
(よくもまぁ、飽きないもんだ)
どの店でも、天道は先刻の様な行動を取っておった。そういう士はとうに飽きておる。三軒目からは、彼に気付かれぬ様にコッソリと、会話の途中で欠伸も混じり始めた。それでも帰らぬのは、一度は同行を了承したのであるから最後まで付き合おうという意地である。
(でも、もうそろそろイイ時間だな。この店で終わりにするか)
しかし、それも既に尽き掛けてきた。此処を出たら帰宅しよう。すると、天道もそれを感じ取ったのか、士がその旨を伝えようとした瞬間、スッと立ち上がった。
「よし、今日はこれくらいにしておこうか。何か食べて帰るか?」
天道は終了を宣言すると同時に、食事を共にしようと提案した。士はそれを丁重に断る。
「いや、今から腹になんか入れたら晩メシ食えなくなるから遠慮しとく」
士に関しては、今日の夕食はスコットが作ってくれる。他方、天道は寮で食事を摂る。故に、中途半端な時間での間食は頂けぬ。更に、後者に至っては門限もある。これ以上、余計な道草は食わぬ方が良かろう。
「そうか。じゃあ、僕も真っ直ぐ帰るとしよう。今日は付き合ってくれてありがとうな」
「礼を言われるほどのことじゃねぇよ。じゃ、また明日」
「ああ、また明日」
挨拶を交わした二人は、ショッピングモールを出た所で別れた。士は寄り道する事なく自宅に帰る。此処からマンションまではそう遠くない。夕餉の時間には、余裕を持って間に合う筈だ。
(あの占い、ホントに当たると思うか?)
その道中で、士が唐突に尋ねてきた。これはまた、難しい事を訊く。我には答え辛い。ただ、彼は『当たるも八卦、当たらぬも八卦』と言っておったが、己の占術に相当な自信があると見えた。意外と当たるかも知れんな。根拠は何もないが。
(う~ん、じゃあせめてラッキーアイテムぐらいは買っとくか)
今できる事はその程度か。そう考えた士は、耳栓を購入する為、帰り道の途中に在るコンビニに寄ろうと決めた。
(ん?)
だが、その決意はすぐに脇へと逸れた。士の目の端に、少し違和感のある光景が映ったのだ。
(こんな時間にあんな小さい子が公園で一人?)
その視線は公園、延いては一人の女児を向いておる。彼女は男児用の洋服を着ておるが、簡単に女の子と分かる程に可愛らしい容姿をしておる。年齢は小学生、或いは幼稚園児かも知れぬ。誰かと遊ぶ訳でもなく、彼女は独りで公園のベンチに座っておった。もうすぐ日が落ちようとしておるというのに。
(親と逸れたのか? それとも家出……それは飛躍し過ぎか)
(さぁ、どうかな。それも無くはないだろうけど、単に誰かを待ってるだけじゃねぇのか?)
彼女が置かれた状況を彼是と推理する我等。このまま問題なしと判断して、彼女を見て見ぬ振りをして立ち去るか。しかし、それでもし彼女の身に何かあれば悔んでも悔み切れぬ。ならば声を掛けてみるか。だが、その決断を下すのも厳しい。この御時勢だ。男性が女児に声を掛ける事は非常に躊躇われる。下手をすれば、それだけで警察の世話になりかねん。ただでさえ、士は他者を威圧する体格・風貌であるというのに、もしもその様な事をすれば決定的だ。補導される事は間違いない。場合によっては逮捕も有り得る。
(まぁ、なんかあったら美咲さんが弁護してくれんだろ)
楽観的に考えた士は、意を決して女児に声を掛けようと公園に足を踏み入れた。あの女の事であるから悪乗りする気もせんでもないが、この行動自体は正しかろう。その点は美咲も理解してくれる筈だ。不安は拭い切れんが。
「ねぇ君……」
大声を挙げられる覚悟をし、勇気を出して女児に話し掛ける士。
「――ッ!?」
突如、厳つい男子高校生に声を掛けられた女児は、此方に顔を向けると同時に目を見開いた。身も瞬時に強張らせた。当然の反応だ。
(うっ……! やっぱマズかったか……?)
彼女の行動を見て、途端に後悔の念が襲ってきた。その間にも、女児はゆっくりと立ち上がり、ジリジリと後退って行く。
「あー、えーと……」
次の言葉を紡ごうと、士は懸命に頭を働かせる。これ以上、彼女に不信感を与えぬ様に、慎重に台詞を選ばなくてはならぬ。ところが、変に言葉に詰まった所為で、余計に怪しまれてしまった。内容を用意してから喋り掛けるべきであったな。
(でも、その割には逃げねぇな?)
背中を向けると、間髪入れずに襲い掛かられると思っておるのであろう。その証拠に、彼女は猜疑心を解く素振りを全く見せぬ。それどころか、更に距離を取り続けておる。
(ん~、ここまで警戒心が強いんなら別に心配は要らなかったかな?)
その様子を観察して、士はそういう考えに至った。確かに、不審者に付いて行く様な真似をせぬ子であるという事は分かった。だが、誘拐される危険性が無かった訳ではない。故に我は、彼女に声を掛けた事は意義のある事であったと主張したい。
(ああ。だから、このままほっとくワケにもいか……ん?)
女児の元に歩み寄ってから幾許かの時間が経ったが、彼女は一向この場からは逃げ出さぬ。精々、此方を睨み付けながら後退する程度だ。だが、それも終わる。
(あっ、ヤバ……ッ!)
彼女なりに推測したのであろう、士が容易に接近できぬ程度の距離。其処まで下がると、女児は大きく息を吸い込んだ。そのモーションから次のアクションを察知し、『大声を挙げられる!』と身構える士。そして、即座に逃走しようと、反射で体だけが素早く後ろを振り向く。半身の体勢に移行し、顔だけが彼女に向けられた状態だ。
(グッ……ッ!! 音……っ!?)
しかし、彼女の口から叫び声が放たれる事はなかった。寧ろ逆だ。彼女が声を出したと認識した瞬間、一切の音が消失したのである。
(ガッ、ァ……ッ?! み、耳がっ……っ!?)
それと一緒に、強烈な衝撃が士の体を打った。その時、我等は初めて理解した。
(拙い……っ! 鼓膜が破れたかっ?!)
いや、それだけならばまだマシだ。如何やら、三半規管まで傷めてしまった様である。歩こうとしても足取りがフラフラと覚束ぬ。平衡感覚が狂ったのだ。終いには、地面に膝を着く始末。更に視界までグニャグニャと歪んできた。脳まで揺らされたらしい。意識は辛うじて保てておるが、それが精一杯である。
(あークソッ! ラッキーアイテムが耳栓ってこういうことかよ!!)
多少の距離があったとはいえ、あれ程の爆音を耳に栓をした位で防げるとは思えぬ。気休め程度にはなるかも知れんが。
(こんなことなら天道と店回ってるときに買っときゃ良かったよ)
その時は完全に失念しておったからな。そして、それを思い出したのがほんの数分前。時、既に遅しである。
そうこうしておる間に、周囲の音が聞こえ始めた。ザワザワと騒がしい。あの轟音を聞き付けた野次馬達が集まって来た様である。このまま此処に留まるのは拙い。もう間もなく、通報を受けた警察官もやって来る。一旦、離れよう。平衡感覚や脳の揺れは戻り切っておらぬが、士は公園の外へ歩き出した。
(あ、あの子は?)
(とうに逃げた)
彼女とて、何時までもこの様な場所に居りたくはなかろう。此方としてもその方がありがたい。面倒な説明をせずに済む。出来れば、親元にでも帰ってくれておると嬉しいのだが。
(親……もしかして、美咲さんが言ってた『口から高振動波を発するミュータント』って……)
(ふむ、彼女の関係者かも知れんな)
(あの子の父親か母親がそういう体質で、彼女がそれを受け継いだってことか)
恐らく、そうであろう。しかし、あの子が強盗犯とは到底考えられぬ。年端もいかぬ女児に、あの様な所業が可能とは思えぬ。動機も薄かろう。何より、あれだけの量の金品を持ち出して逃走する事は、まず無理であろう。
(まぁ、その辺は置いといて。とりあえず、美咲さんに連絡しとくか)
公園から少し離れた所で、頭を押さえながらも携帯電話を取り出す士。己が体験した出来事を報告すべく、美咲に掛け始めた。そして数コールの後、彼女に繋がる。耳がまだ本調子ではないが、口は正常に動くので事のあらましを何とか彼女に伝えられた。
―『ふ~ん、そんなことがねぇ……』―
「それで、どう思いますか?」
―『ふぅ、そうね……その前に、こっちで調べて分かったことがあったわ』―
そう言って美咲が話し始めたのは、とある女性に関する事であった。
―『このまえ言ったミュータントのことなんだけど、どうやら娘が居たみたいなの』―
やはりか。先程の彼女が、美咲の言う娘であろう事は想像に難くない。話を聞いておると、美咲の考えも我等とほぼ同様であった。
―『で? その子はどうしたの?』―
(うっ……!)
この報告もせねばならぬか。折角の手掛かりを見す見す取り逃がしてしまった。だが、沈黙も虚言も意味がない。士は叱責を覚悟し、恐る恐る包み隠さず美咲に伝えた。
―『うん……まぁ、仕方ないわね。そんな小さい子に君が話しかけたり、ましてや捕まえてたりしたらそれこそ私たちの出番だし。今回はその子を見つけただけでもお手柄よ』―
彼女の口振りから、如何やら御咎めなしの様だ。
―『ただ、彼女が事件の重要参考人であることに変わりはないわ。絶対に話を聞かなきゃ。だから、次に見たときは真っ先に私に電話しなさい。イイわね?』―
「はい。分かりました」
士が返事をすると、美咲はすぐに電話を切った。
「ふぅ、いちおう役には立てたみたいだな」
美咲との通話を終え、ホッと溜息を吐く士。ところが、携帯電話をポケットに仕舞おうとした瞬間、再度それが震えた。
「誰だ? あ……」
それに出ると、何やら聞き覚えのある声がした。
―『石森っ?! 大丈夫かっ!?』―
その声の主は、先刻解散したばかりの天道であった。何故、今この時に彼が電話を掛けてきたのか。それもこの様な慌てた口調で。
「ど、どうした?」
意識が朦朧とする中で、士は何とか声を出した。
―『いまSNSを見ていたんだが、君が歩いて行った方向で爆音がしたという書き込みがあった。それもかなりの数だ。一応、別のSNSも見てみたんだが、そっちでも同じような書き込みがされていた』―
「そ、それで?」
―『あー、いや……君が巻き込まれたんじゃないかと心配になって……』―
天道は士の身を案じて、態々(わざわざ)連絡をくれた様だ。
「大丈夫だ。たしかにスゲェ音はしたけど、俺が居るトコとは離れてたから」
―『そうなのか? なら良かった。僕と別れた後に、君に何かあったのではと心配になってな。さっきまで電話が繋がらなかったから本当に焦ったよ』―
「あぁ、ゴメンゴメン。ちょうど電話中だったんだ」
―『そうだったのか。まぁ、本当に何もなくて何よりだ。僕が誘ったせいで、君に何かあっては申し訳が立たないからな。用はそれだけだ。じゃあ、また明日』―
「ああ、また明日」
士は電話を切り、今度こそポケットに入れた。
(あいつ、良いヤツだな)
(そうだな。ああいう友人は得難い。大事にせねばならぬぞ)
(お前に言われるまでもねぇよ)
士は少し良い気分に浸りつつ、今度は寄り道をせずに家へと帰った。ただ一つ、帰宅してから気が付いた事がある。そういえばあの公園、マンションから見ると北東に在るのだな。




