第14話:鍛える予感
中間考査の呪縛から解放された次の週。休日を挟んでおった為、解答の採点は済んでおる。
(はぁ~、なんとか踏みとどまったか……)
返却されたプリント、その右上に書かれた数字を確認し、士は安堵の溜息を吐いた。今までの物も、赤点は避けられてきた。そして、返ってきた科目はこれが最後。これまでには、九十の大台に乗った教科もあれば、スレスレのものもあった。ただまあ、結果を見れば、高校生活に於ける最初の山場を無事に乗り越えられた。及第点をやろう。
さて、その様な日の昼休みの事である。食堂から教室へ帰る道中、ガックリと肩を落とす友人が目に留まった。場所は教員室の前。丁度、退室したところだ。その足取りはトボトボと重い。
(あれは……加賀美だな)
(ふむ、試験の結果が振るわんかったのかね。それで担任から呼び出しを喰らったか)
(一年生でもうそんな事やんのか?)
(さぁ? 余程酷かったのでは?)
彼是と推理を巡らせるが、それで真実に辿り着く筈もない。彼の後に続いて教室に入り、午後の授業を受けた。……間違えた。次は移動教室であったわ。
○●○●○
放課後、帰り支度をしておると、加賀美が声を掛けてきた。
「石森、お前、部活入ってなかったよな?」
ふむ、勧誘かね。一年生は、本格的な部活動が許されるのはこの時期から。それまでは仮入部という形になる。大方、先輩に『同級生を引っ張って来い』とでも言われたのであろう。
「あ? あー、うん、入ってないぞ」
「じゃあ、話が早い。これに名前を書いてくれ」
そう言って彼が机に叩き付けたのは、一枚の入部届け。それで、何処の部だ?
「「「「鉄人部?」」」」
何時の間にやら、天道や光達もその用紙を見詰めておった。
「なんだ? 巨大ロボットを造る部活か?」
士が無知を晒すと、天道が正解らしき答えを出してくれた。
「いや、多分、アイアンマンのことだろう」
「なんですの? それは?」
天道が言った事は、風白も理解できておらん。と、此処で光が気付いた。
「もしかしてアイアンマンレースのこと?」
「何それ?」
士の知識には掠りもせぬ。見兼ねた白木が口入れした。
「トライアスロンの規格の一つで、その中で一番過酷なヤツよ」
内容は、水泳が三.八kmで自転車が百八十km、そしてフルマラソン(四十二.一九五km)。合計で約二百二十六kmの耐久レースだ。これは光が教えてくれた。
「へぇ~、トライアスロンかぁ。それがどうかしたのか?」
「察し悪いなお前。さっきから言ってんだろ、入ってくれ」
態度と行動で示しはしたが、口には出しておらんよ。というか態度も伴っておらんな。
「バイトが忙しいから無理」
加賀美に有無を言わせず断る士。理由は他にもあるが、説明が大変なので省略する。
「そんなこと言わずに! 空いてる時だけでもイイから!」
「そう言われても……。てか俺、入部したとしても大会には出られないぞ?」
「そうなのか?! なんで?」
「あー、えーと、い、医者に止められてるから」
嘘ではない。加賀美も深く追求するのは不作法だと直感し、納得してくれる寸前であった。
「ん? だが石森よ、体育の持久走で呼吸も乱さずにブッチぎっていたじゃないか」
天道が余計な事を言いよった。まあ、千五百m如きでは疲労なんぞせんわな。有酸素運動ならば、士は魔界も含めたこの世の誰にも負けぬ自信がある。無酸素運動に関しても然りだ。何せ、貯蔵できる酸素とグリコーゲンの量、その桁が段違いなのであるから。加えて、それを運搬する為の赤血球が豊富かつ心臓や呼吸器も強靭で、毛細血管も細部にまで張り巡らされておる。
「そう、俺はあのとき感じた……こいつならイケると! ダイヤの原石だと!」
士の御自慢の体力・持久力・心肺機能が加賀美の琴線に触れた様だ。こうなれば仕方がない。公衆の面前で言いたくはなかったが、最終手段だ。
「え、と……ドーピングで捕まるぞ?」
「えっ!? マジで?!」
スポーツマンならば、これで諦めが付く筈だ。光を除いた他の者達にも聞かれたが、構わん。どうせ遠からずバレる事だ。
「石森はなんかの病気なの?」
「あー、うん、子供のときにちょっとね。そのときの薬がスポーツとかだと危ないらしいの」
気を遣って小声で尋ねたのは白木だ。それに対し、事情を知る光が上手く言って誤魔化した。彼女も全てを把握しておる訳ではないが、今はその位が良い。
「そうだったのですか、お大事になさってくださいね」
風白も優しく労わってくれた。士の身と心に沁み入っておるわい。
「じゃ、じゃあ名前貸してくれるだけでイイから!」
それでも彼はしつこく食い下がってくる。それを見た士も、名を貸す位ならば吝かではない気がしてきた。
「まぁ、名前を貸すのは良いけど、いま何人集まってんの?」
「お前で二人目だ」
「少ねぇな!?」
当たり前ながら、一人目は加賀美本人である。
「それは、少々まずいですね」
「そうよねぇ、今の時点で二人っていうのは……」
「ってゆーか、なんで今更んなって部員集めてんの?」
女性陣三人が、各々心配そうな顔をする。ただし、白木だけは一摘みの説教も織り交ぜて。
「いや、それが……」
彼がこの時期になって部員収集に奔走しておるのには、こういう理由があった。
少し前まで、トライアスロン部には三年生も在籍しておった。ところが、心境の変化か家庭の事情か、故は分からぬが一人残らず退部したのである。新入部員は、加賀美以外には誰も入って来ぬ。そして試験期間が明ける頃には、現部員は彼ただ一人となってしまった。それで急遽、部の存続の為に入部希望者を募っておるのだ。
「月末までに規定人数そろえねぇと同好会あつかい。最悪、廃部になっちまう!」
加賀美は焦る。部員数が五もしくは六人だと同好会という扱いになり、部費が下りんのだ。加えて部室も与えられん。部に格上げする為には、最低でも七人は必要である。
「う~ん、幼馴染としてなんとかしてやりたいのは山々だが、俺も部活があるからなぁ」
己の力不足を嘆き、顎を擦る天道。此奴等は小学生からの付き合いだそうだ。斯言う彼も山岳部――いや、今はワンダーフォーゲル部というのであったか――所属しておる。外見に似合わずアウトドア派なのだ。




