ベルトを開発したい男⑥
「えっ!? 本当に《バルログ》が出たんですか?!」
此奴の言う《バルログ》とは、J・R・R・トールキンが記した『指輪物語』にも登場する怪物の事だ。詳しくは相対した時にしたいが、稀少な存在であり、遭えるかは分からん。
「いや、そんな化物は掘り当てなかったが、ある意味もっと面倒なモノが地下から湧いて出た」
ふむ、強大な力を持つ悪鬼よりも厄介な存在とは、何ぞや?
「大量のアンデッドだ」
「アンデッドって……ゾンビとかスケルトンですか?」
「ああ、それもオークやゴブリンなどの妖魔がなったヤツがな」
これも、詳細は眼前に現れた時に論説しよう。
「最初はこっちが優勢だったのだが、徐々にその物量に圧され、倒れた同胞も奴等の列に加わっていった。思った以上の苦戦を強いられたワシらの父祖たちは、次第に追い込まれ、千年続いた王国はついにワシの父母の代で滅亡の刻を迎えたのだ」
悲哀の籠った声で語るリーギル。彼の父母は、彼が生まれる前に日本へ渡ったという。このドワーフは、祖国をその眼に焼き付けた事がないのだ。
「周囲に助けを求めたりしなかったんですか?」
「もちろん、支援の要請は出した。近くに国を構える他部族のドワーフを筆頭に、事情を知る人間や獣人、果てはエルフまでもが駆け付けてくれたそうだ」
しかし、それ等は精鋭ではあったものの、少人数であった。とはいえ、不仲を越えてよくぞまあ、援軍を差し向けてくれたな。
いや、ミスリルを始めとした様々な鉱物資源の元を断たれれば、どの種族も痛手を負う。また其処が落とされれば、次に窮地に立たされるのは自国かも知れん。この問題を早期に解決すべく、兵士を派遣する。矛盾はない。上手くいけば恩も売れる。更にその見返りを考えると、長い目で見れば安いモノ。結局は失敗に終わったが。
「やっぱり数に負けたんですかね?」
「ああ、救援に来てくれた者たちも多勢に無勢。ほとんどがアンデッド共の波に呑み込まれた」
力及ばず、『木乃伊取りが木乃伊になった』か。
「それ以降、どの勢力も人員をよこすことはなかったよ」
何処の国も、徒に人材を損耗させるだけだと悟ったのだ。
「ただ、敵はそれだけではなかった」
「バルログですかっ!?」
「お前どんだけバルログに出て来て欲しいんだよ」
尚も件の怪物の出現を望む士に、健児は呆れるしかなかった。我も呆れ果てておるわい。
「バルログではない。それに乗じた妖魔どもが牙を剥いたのだ」
「それはアンデッドじゃないんですよね?」
「ああ、違う。穢らわしさ具合はどちらも同じようなものだがな。奴等はもともと、あの辺りを縄張りにしていたのだが、ワシらの先祖が深奥へ追いやったのだ」
ヒト族が駆除していく事によって、跳梁跋扈しておったアンデッド共は段々と数を減らしていった。それを見計らったかの様な頃合いに、連中は来襲したという。昔とは比べ物にならぬ程に、その数を増やして。低い知能なりに、絶好の機会であると考えたのであろう。疲弊し切ったところを突いたのだ。悪知恵だけはしっかり働くからな。
「アンデッドは妖魔を襲わなかったんですか?」
健児が思い付いた事を述べた。
「うむ、ヒトが居るときはな。死者の軍団の主な構成員は妖魔。死して尚、ヒトが憎いらしい」
妖魔アンデッドはヒトを優先的に襲撃した。ただ、その場に生きたヒトが居らぬ様になれば、嘗ての同族達にも襲い掛かった。また、ヒトがアンデッド化した物は、例に漏れず周りのモノを見境なく攻撃したとの事だ。
彼奴等の憎悪や憤怒は、決して治まる事はない。本来は無害な蟲を、ただ“不快である”というだけで人間が害虫だと忌み嫌うのと同じである。無論、それはお互い様だ。
「劣勢になっていくにつれ、手を貸す種族も減った。最初に撤退したのはエルフだ。ま、連中にしちゃ長く付き合った方だな。次は獣人、ほぼ同じタイミングで人間が手をひいた」
別部族のドワーフ達も、王国が崩壊する間際まで助成してくれた。それだけではなく、亡命までさせてくれたという。
「じゃあ、王国は妖魔どもに奪われたんですか?」
「……いや、不幸中の幸いか、そうはならなかった」
「どういうことですか?」
彼は先程、奴の不在を明言した訳ではない。
「起きたのだ。ヤツが」
そうだ、お待ちかねの業火の悪鬼だ。待望の怪物の登場に、士は感激ではなく驚嘆した。他者の故郷が滅亡しておるのに、感動も糞もない。不謹慎だからである。
「え?! バルログは掘り起こさなかったんじゃ……っ!?」
「どうやら、妖魔どもがヒットさせたらしい。ヤツらもさすがに目覚めさせるようなマネはしなかったが、なんか戦いやらなんやらで色々と音が派手だったみたいでな」
「寝た子を起こしちまったのか……」
その後の言葉を引き継いだ健児。
「ああ、叩き起こされた鬱憤を晴らすように、ヤツが諸共ブチ殺してブッ壊したってわけだ」
そして、そのまま居付いたと。
「これで誰もが国を諦めた。国の最期には全人口の百分の一、二千人ほどが生き延びた。その大半がその国へ身を寄せた」
これを機に、その内の約一割は世界各地へ雄飛した。




