第5話:親子と古巣とセレブ
ゴールデンウィーク。それは、言わずと知れた五月の初めにある大型連休。人間界、というより日本では、個人差はあれども誰もが待ち望む数日間である。他の国は知らん。
ヒトによっては、文字通り黄金にも等しい価値があるであろう。家族や恋人、友人達と旅行を楽しんだり、久しぶりの休暇を家でノンビリと過ごしたりと、その使い方は正に千差万別、十人十色だ。中には更なる休息を求め、ここぞとばかりに有給休暇を取る者も居れば、休日返上で仕事に忙殺される者達の姿もチラホラ。稼ぎ時なのであろう。貧乏暇なしなのかも知れんがな。それとも、共に過ごす者が居らず、その寂しさを紛らわせる為か?
その点、士は恵まれておる方だと言えよう。
「それをこんな美女と過ごせる君は日本一、いえ世界一の幸せ者ね」
「そっすね……幸せですね」
「なに? その言い方? 何か不満でもあんの?」
「いえ、ありません。眠いだけです」
だというのに、美咲が運転する車の助手席に座る士は、ボケっと窓の外を観ながら言葉を投げ返すだけ。もっとシャキッとせんか、折角の好機であるぞ。
「目上の人間が運転してる時に助手席で寝ない」
「すいません」
頭が起き切っておらん士に、美咲は注意と共に喝を入れる。
「そこはせめて“すみません”でしょ」
「すい、すみません……」
言葉遣いも訂正された。
あーそうだ、忘れておった。今のこの状況を簡潔に説くと、士は昨日言われた通り、美咲のマンションまで彼女を迎えに行った。持ち物については特に何も言っておらんかったので、貴重品のみを持ってである。
指定された場所に到着した士を待っておったのは、既に下で待機中であった美咲。その横のメルセデス・ベンツと思しき高級車と、後ろに聳え立つ所謂“億ション”と呼ばれる建造物であった。其処で理由も聞かされずに車に乗せられ、今に至るという訳である。うむ、大した理由ではないな。
「それで、あの、どこに向かってるんですか?」
「それは、まぁ、行ってからのお楽しみよ」
未だ眠気が襲い来る中、士は美咲に今回の目的地を尋ねた。だが、美咲はそれには答えず、はぐらかした。隠すというよりは、言う気がない、といった感じである。一体何処へ連れて行く気なのであろうか?
(まぁ、なるようになるか……。そうだよ、こんな美女とお出掛けなんて、今までなら夢のまた夢。せっかくだから楽しまねぇとな!)
半ば諦めつつも、完全に開き直った士。そんな奴の不安と期待を余所に、二人を乗せた車は、何処か分からぬ目的地まで走り続けた。
○●○●○
それから車を走らせる事、約二時間が経過。覚悟はしておったが、やはりゴールデンウィークなだけあり、高速道路は渋滞しておった。その状況に、美咲は面にこそ出しておらんかったが、少し苛ついておった様に見受けられた。
(でもせめてトイレ休憩ぐらいさせて欲しい……)
休憩を挟まずに、二時間も運転し続けるのは非常に危険なのだが……まあ何事もなかったので良しとしよう。
暫くすると、美咲がブレーキを踏み、車が停まった。
「着いたわよ」
彼女はそう言ってシートベルトを外し、ドアを開けた。
「こ、ここは……? どこですか?」
士も彼女に倣い、疑問を述べながらも車のドアノブに手を掛ける。
此奴がそう言うのも無理はない。美咲に連れて来られた所は、とある一軒家であった。立派な家だ。日本でこれ程の物を建てようと思えば、かなりの金が必要になるであろう。
「ここ? 鎌倉よ」
「――!?」
美咲が口にした地名に、士は少し動揺した。鎌倉か……確か、日本でも別荘地として特に名高い地、であったか? やはりこの女、相当持っておる様だな。
「あ、あの、なんで鎌倉に……?」
驚きを一旦腹の中に収め、此処に来た訳を美咲に問う士。だが、彼女の口から聞かされた言葉は、我等が予想しておったものとは違った。
「え? そんなの決まってるじゃない。休みに来たのよ。ゴールデンウィークだしね」
ただただ休暇を満喫しに来ただけか……。ん? では何故、士も連れて来たのだ?
「当然、君は雑用、っていうか荷物持ちよ」
奴隷であるからか?
「あ、はぁ……」
士も、美咲のあまりの行動に頭が付いていかん様だ。
「ってワケだから、ハイ! これ持って付いて来て」
その言葉と共に、何時の間にか車の後ろに回っておった美咲は、トランクから荷物を取り出した。出てくる、出てくるわ、キャリーバッグが。多いな。これが一人分の荷物なのか?
(どんだけあるんだよ……)
「ほら早く! 君の分もあるんだから!」
そう言った美咲は、既に外門から庭に入っておった。
この山の様な荷物の中には、士の分も含まれておるのか。……む? 如何やって用意した? 昨日の今日であるぞ? 出会ったのも、出掛ける事が決まったのも。
「はいはい分かりました。運びます、運ばせていただきます」
幾つものキャリーバッグを手や肩や脇に抱え、士は美咲に付き従って家に入って行く。
「うおぉぉ……!! ホントにデッカい家だなぁ……!」
外門まで近付き、改めて家を見上げる士。思わず感嘆の声が漏れ出る。
ふむ、西洋風の館であるな。日本の古都には似つかわしくない気もするが、周りにも同じ様な建物が溢れておる為、浮いてはおらん。
先日の園崎邸に比べると、規模は流石に劣るが、此方は別荘。寧ろ充分過ぎる位であろう。都内に在る、その辺の一軒家が身窄らしく見えてしまう程だ。
「そう? 私が持ってる中でも小さい方だけど」
それを聞いておった美咲は、再び士の心臓を飛び出させる様な言の葉を告げた。これで小さい方……しかも、此処以外にもまだ家を持っておるのか……。億ションの時点で抱いておった、彼女が金持ちである事実に、一切の疑いはなくなったな。
家の大きさに圧倒され、外門前で突っ立っておる士に、美咲は内門へと歩きながらこう言う。
「ほら、早く入りなさい。今日は行くトコいっぱいあるんだから!」
何処か楽しげにはしゃぐ美咲。この女、本当に警察官なのか? 段々と疑いの目を向けてしまう。警察官である前に、一人の女であるという事なのか。
それにしても、二十代そこそこの女が無邪気にはしゃぐ姿は、何と言うかこう……意外と“くる”ものがあるな。我から見れば赤子も同然の年齢である事も、その要因であろうな。
美咲が玄関の前に立ったその瞬間、扉がひとりでに開かれた。
(えっ……!?)
それに吃驚する士。だが、開いた扉の向こうには、スーツ姿の男が居った。怪奇現象の類ではない。安心せい。
「お帰りなさいませ、御嬢様」
「ただいま、拳」
男は頭を下げ、臣下の礼を取る。それに対して美咲は、軽く挨拶を返す。
この男、声だけを聞けば若いという印象を受けたが、そうでもない。頭を上げた男の顔を正面から見ると、三十代半ばといったところだな。
髪は黒く、耳が隠れる位の長さであり、甘いマスクと士よりも高い背、そしてスマートにスーツを着こなす様は、“色男”という言葉が最も相応しい。またその顔には、アルカイックスマイルが湛えられておる。無表情よりも性質が悪い。
(こ、これが執事ってヤツか……?!)
荷物を抱え、急いで扉まで走り寄った士は、心の中で感嘆の声を上げる。
(二人の遣り取りを見るに、恐らくそうであろうな)
(執事って実在するんだな! この国、このご時世に!)
初めて見る本物の執事に、士は改めて衝撃を受ける。まあ、日本でお目に掛かる機会なんぞ滅多にないわな。偽物ならば、そういう店に行けば会えるが。
因みに“執事”という日本語は、海外における複数の役職に対して当て嵌まる。恐らく彼は、バトラー(butler)の役割を果たしておるのであろう。
「石森君、紹介するわね。彼は私の執事で、名前は神城 拳」
未だに面喰っておる士に、美咲は執事の男、神城 拳を紹介した。
「お初にお目にかかります、石森様。御嬢様の執事を仰せつかっております、神城 拳と申します」
丁寧に一礼し、自己紹介をする男。ふむ、神城 拳というのか。覚えたぞ。
「で、こっちが石森 士君」
「は、初めまして、石森 士です」
士も美咲に紹介され、頭を下げて挨拶する。
「私の新しい下僕よ!」
「違います!」
紹介に余計な一言を付け足す美咲。即座にそれを否定する士。
「昨日会ったばかりとのお話でしたが、私が見る限り息は合っておられる様で安心しました」
その様子を見た神城は、二人の相性は良いと判断した様である。我も悪くはないと思うが、分からんぞ。何せまだ一日しか経っておらんからな。
「お話は御嬢様から伺っております。この先、色々と苦労をなされると思いますが、どうかよろしくお願い致します」
「え? あ、は、はい!」
神城のその言葉に、吃音混じりに肯定の返事をする士。それにしても此奴、主に対して何という言い草だ。しかし、美咲は何も言っては来ぬ。腕を組んで仁王立ちになっておるだけだ。
「ただ……」
「ただ……?」
む? 神城はまだ何か言いたい事がある様だ。雰囲気も先刻までとはまるで違う。とはいえ、流石に我が気圧される程ではない。だが何と言うかこう、凄味を感じる。
「御嬢様を悲しませたり、危険な目に遭わせたり、泣かせる様な事をなされた時は……」
「と、時は……?」
士は神城の圧力に中てられながら、彼の次の言葉を待つ。我も固唾を呑んで見守る。だが、神城が何か言おうとしたその時、間に割り込む影があった。
「ハイハイ! そこまで!」
美咲である。広げた両の手が、二人の胸に当てられる。
「コラ、拳! 脅かさないの!」
「失礼致しました。分不相応にも出しゃばり過ぎてしまいました」
美咲に厳しく窘められ、彼女に謝る神城。その後、彼は士にも頭を下げた。
「申し訳ありません、石森様。お客様に対する御無礼、お詫び申し上げます」
「あ、いえ、気にしてません」
「貴方様の寛大な御心にこの神城、感服する限りでございます」
それは言い過ぎであると思うが、主の客への無礼に対する謝罪であれば普通か。
「じゃあ拳は石森君を部屋に案内してあげて」
「かしこまりました。では石森様、こちらへ」
美咲に命じられた神城は、幾つかある内のキャリーバッグを一つ手に取ると、士を部屋へ案内してくれた。恐らく、これに士の荷物が入っておると思われる。
「あ、はい。お、お邪魔します」
この別荘は洋館だが、土足は厳禁。差し出されたスリッパに履き替え、士は彼女達に付いて入って行く。
(やっぱ広いなぁ)
神城は二階へと上がって行き、士は彼に付いて行く。二階の廊下を暫く進むと、目の前を歩く神城は立ち止まった。丁度、廊下の突き当たりである。
「どうぞ。石森様のお部屋はこちらでございます」
部屋の扉を開け、神城は脇に退いた。そして宙に手を添え、中へ入る様に士を促す。
「お……っ!? おぉ……!! こりゃ……」
神城に通された部屋は、士が想像しておったものよりも格段に広かった。寝室は勿論の事、リビングや応接間まである。魔界にも在る事はあったが、我は“ホテル”という物に泊まった事がない。それ故、映像でしか知らんが、これが所謂“スウィートルーム”という奴か。まるで家の中にもう一つ家がある様であった。
士に続き、神城も部屋に入って来た。
「それでは、これから約一週間、こちらの部屋を御使い下さい。後、石森様のお荷物はこちらに置いておきます」
そう言った彼は、運んで来た荷物をリビングに在るソファの横に置いた。
「ちなみに鍵はございません。ですが、この家には私と御嬢様、そして石森様以外には居りませんので、盗難の心配は無用でございます」
此処を一人で管理しておるのか……掃除が大変だな。お掃除ロボットを何台も置いておかねばキツかろう。
また神城が言うには、警備も万全であるそうだ。各所に監視カメラが設置されており、庭にも赤外線が張り巡らされておる。また彼は、警備員の役割も担っておると言う。確かに彼の肉体は、相当鍛え上げられておる様に見受けられる。服の上からでは分からんが、今まで培った我の勘がそう告げておる。
「あ、はい、分かりました」
「もしも何か不明な点、ご不満等が御座いましたら、随時、私にお申し付け下さい」
「はい、ありがとうございます」
これで説明は全てか。さて、今日は何をするのであろうか? 鎌倉の大仏でも見学に行くのか? グッ! だ、大仏……。
「石森様、少しよろしいでしょうか?」
そう思った矢先、神城は再び言葉を紡いでおった。一体、何の用だ?
「はい? なんですか?」
「先程の話の続きなのですが……」
先程? ああ、美咲を泣かせたら云々という話の事か。
「御無礼を承知で申し上げさせて頂きます」
神城を纏う空気が変わった。数分前と同じである。だが二度目だ。士も流石に慣れたであろう。
「は、はい、なんでしょう……?」
そうでもなかったか。少したじろいでおるわ。
「御嬢様に何かありましたら、その時は……」
士はゴクリと唾を飲み込んだ。
「私が容赦しませんので、そのつもりで」
形の良い口から発された言葉に、士は思わず身を震わせる。顔付きも変わり、今まで見せておったアルカイックスマイルを一体何処へやったのか。ほんの僅かではあるが、その言葉と共に奴の本性が垣間見られた気がした。
「お客様に対する度々の無礼な振る舞い、誠に申し訳ありません。何なりと処罰をお申し付け下さい」
瞬時に顔を元の表情へと戻し、詫びを入れた神城。それと共に、罰しろとの申し出だ。
「あー、いや、イイです。美咲さんを思ってのことでしょうし」
だが士は断った。加えて、男を嬲る趣味もないからな。
「二度にわたる寛大な処置、ありがたく。やはり、御嬢様は良き人と巡り合われたようでございますね。何より、何よりでございます。私も一安心です」
最後の方は蚊が囁く位の小声であった為、少々聞き取り難かったが、士の耳は聞き逃しはせんかった。気にはなったが、声を抑えたという事は、聞かれたくなかったという事。余計な詮索はせずにおこう。
(じゃあ、口にしなけりゃ良いだけじゃね? )
士の不粋な突っ込みが入るが、無視だ。あえて返すのであれば、ただ単に意図せず出てきただけであろう。しかしながら、先刻のアレを見ると、此奴もただの人間という訳ではなさそうである。ただまあ、見た目では分からんな。
「玄関で御嬢様がお待ちです。早く行って差し上げて下さい」
「あ、は、はい!」
(こ、怖えぇ~! どう見ても人間が出す雰囲気じゃねーよ!)
先程の神城に戦慄しつつ、急ぎ階段を駆け下りた。美咲を待たせると煩い事は、短い付き合いながら予想が付く。早く行かねば。
玄関に降りると、既に美咲が待ち構えておった。
「お、お待たせしました」
「遅い!」
御立腹であるな。だが、文句ならば貴様の従者に言ってくれ。
「御嬢様、どちらまで行かれますか?」
(うおっ!?)
何時の間にか、後ろに神城が整然と立っておった。気配すら感じさせずにな。
「ううん、いいわ。彼と行って来るから」
「承知しました。美味しい夕食を用意してお待ちしております」
「うん、お願いね。じゃ、行きましょ」
美咲は士の腕を掴み、外へと引っ張って行く。強引だな。それに、腕力も中々のものだ。体重が百kgを大幅に超える士を、引いて行けるのだから。
「え?! あ、はい。いってきます」
士もそれに逆らわず、為すがまま歩き出した。はてさて、何処へ行くのかね?
「いってらっしゃいませ」
そう言って、二人に深く頭を下げる神城であった。
○●○●○
鎌倉の街へと繰り出した士と美咲の二人は、様々な所を見て回った。聞けば美咲は、此処に来たのはまだ三度目らしい。それも以前来たのは、幼稚園の頃と高校生の頃だと言う。しかもその時は、街を見て回る暇はなかったそうな。故に、実に楽しんでおるのだが……。
(はしゃぎ過ぎじゃね?)
時は昼過ぎ。其処には、とある食事処から出るや否や、大きく伸びをする美咲の姿があった。
「フゥ、なかなか美味しい店だったわね」
満足気にそう言うと、美咲は次の店へと歩き出した。士も続き、暫く並んで歩く二人。
(どんだけ食うんだよ……もう十軒目だぞ?)
別荘を出てからずっと飯、飯であったからな。朝食も兼ねておるのであろうよ。
食した物を挙げていくと、実にバリエーションに富んでおる。海鮮料理やら会席料理やら、更には鎌倉丼やしらす丼、鰻といった、俗に鎌倉名物と言われておる物を頂いた。他にも、この地特有のきし麺や蕎麦、豚カツやラーメンやカレーライス等も。よくある食べ物とはいえ、他所とは一味違った味わいがあった。
(あの体によく入るモンだ……)
それに加え、実質的に初めての街であるし、年甲斐もなくはしゃいでしまうのは、まあ分からんでもない。折角の休暇なのであるから、見知らぬ街で羽を伸ばしたくなるのも理解できる。
(貴様とて彼女以上に食っておったではないか)
それも代金は美咲持ちである。
(どうせ給料から引かれんだろ)
ふむ、流石に奢られっ放しは嫌か。士にも、男としてのプライドは小指の爪先程度にはあった様だな。だが、貴様の給料は彼女が出しておる訳ではないぞ? 沢渡に請求書がいき、それが回ってくる可能性はあるが。
「次は……あそこに行きましょ!」
そう言いながら彼女が指差した先に在ったのは、甘味処である。
(まだ食うの?!)
衝撃を受ける士を尻目に、美咲は目当ての店の前に走って行った。
「なにしてるの! 早く来なさい!」
店の前に立って大声で士を呼び、手招きする美咲。
「すぐ行きます!」
(次はなに食おっかなぁ~)
あの店で口にするであろう甘味に期待を寄せながら、士は急いで店の前まで走る。何だかんだ言いながら、貴様も結構楽しんでおるではないか。
士が己の元へ駆ける姿をチラッと見遣ると、美咲はガラガラッと引き戸の扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
すると、店の中から快活な女性の掛け声が出迎えてくれた。……いや、普通の事か。程無くして、士も店に到着した。
「何名様ですか?」
「二人よ」
「ではこちらのお席へどうぞ」
女性店員に案内されたのは、外が見える窓際の席であった。
対面する形で席に着き、二人はメニューを開く。如何やらこの店は、和洋を問わずに甘味を提供する店の様だ。暫くして、先刻とは別の気立てが良さそうな店員がお冷とお絞りを持って来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
少し悩んで士はチョコレートパフェを、美咲は即決で善哉と羊羹を注文した。サービスで温かいお茶も付いてくるそうだ。緑茶か焙じ茶、もしくは烏龍茶、そして紅茶の何れかである。因みに、士は紅茶、美咲は緑茶を頂いた。
それから三十分弱、この店で食後のデザート(スイーツ?)に舌鼓を打つ二人。
士は非常に満ち足りた時を過ごしておった。目の前に座る女性が、途轍もなく魅力的である事も要因の一つである。というか、大半を占めておる。幸せを感じる瞬間とは、時や場所、状況ではなく、誰と過ごすのかが最も重要なのだ。
二人共それぞれの料理を食べ終え、お茶も空になった。すると士は、途端に手持ち無沙汰に。かといって、己から女性に話し掛ける事もできん。間が持てずに、ふと、窓の外に目をやると、多くの人が行き交っておるのが見える。もしかすると、この中にも人間ではない者が混じっておるかも知れんな。
「ん?」
と、思わず口から声が漏れた。人混みの中から、士の超人的な視力が何かを捉えた様である。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「可愛い女の子でも居た?」
「違います」
可愛い女性を見たいのであれば、正面を向けば良いだけであるからな。ただ、此方は可愛いというよりは、美しいといった感じであるがな。
「知ってる人が歩いてるような気がしたんですけど、すぐに居なくなっちゃいました」
知り合い、か……。士の知己であれば、我も多少は見知っておる。だが、それらしい者は視界に入らんかったな。
「そう。まぁ今日はゴールデンウィーク初日、しかもここは観光名所だし、クラスメイトと出くわしてもオカシクないわね」
クラスメイトとは言っておらん。
「じゃ、次に行きましょうか」
己と士の前に置かれた空の器を確認するが早いか、その台詞と共に席を立つ美咲。先の件はアッサリと流された。
「すみません、お勘定お願いします」
店員を席に呼び、美咲は手早く会計を済ませる。これ、男女逆では? それともただの偏見か?
「御馳走様です」
奢られた士は、美咲に礼を述べる。せめて、財布を取り出す位の動きを見せろ。
「ありがとうございました! またのお越しを!」
入店時と同じく、威勢の良い声で送り出してくれた店員一同。実に気持ちの良い見送りであった。
店を出てから、士はもう一度『御馳走様です』と美咲に礼を言った。
「まぁ、いつか返してくれれば良いわよ」
そう言って、美咲は何処かへ向かって歩き出した。遂に、大仏か?




