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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    親子と古巣とセレブ②

 二時間後、腕や肩には大量の紙袋が吊るされておった。序(つい)でに首にも。勿論、両手にも幾つか持っておる。美咲は片手に紫芋ソフトクリームを持ち、その先を行く。

「次は何を買おっかなぁ~」

 それを美味しそうに舐めながら、彼女は頭に思い浮かべる。次に欲しい物を。

(メシの次はショッピングですか……)

 美咲は此処(ここ)でも食べ物を買って行った。焼き豚に蒲鉾(かまぼこ)に納豆、最中(もなか)や煎餅(せんべい)や饅頭(まんじゅう)、他にも沢山の物が紙袋に収められておる。挙句の果てには地酒まで購入した。土産物なんぞ食べ物以外にもあろうに……。精々、油取り紙を買った位か。

(置物なんて邪魔なだけだろ?)

 別に置物でなくとも、手(て)拭(ぬぐ)いとか箸(はし)とかあると思うが……。後は……オルゴールとかか? いや、やはり邪魔だな。買ったところで袋から出される事もなかろう。

(あぁ~、紫芋のソフトクリーム、美味そうだなぁ~)

 先を行く美咲の背中を、物欲しそうに見詰める士。彼女は此奴(こやつ)の分も買おうとしてくれておったのであるが、両手が塞がっておる為、遠慮したのだ。だが、流石に一人で食べるのは気が引けたらしい。『どこかで休んで食べようか?』、という提案もしてくれた。しかし、断ったのは先の理由だけではない。そろそろ夕食の時間でもあるのだ。夕食前に、腹に何か入れとうないし、休んでおる時間も惜しいからな。

 そうして暫(しばら)く歩き続けておると、そんな士の視線に気が付いたのか、美咲が振り返った。

「君も食べる?」

 すると、彼女は右手に持ったソフトクリームを、グイッと士の口元に寄せた。

「是非、いただきます」

 元々食いたかった事は、食いたかったのだ。例え夕食前であろうとも。

 士は彼女の好意に甘え、一口。彼女の舐め取った跡が残るソレを、ゆっくりと口に含む。……何か気持ち悪い。

「あぁ~、あまぁ~い」

 その甘さに、思わず顔が蕩(とろ)けてしまう士。だがその甘さは、また別の甘さであろう。

 二人共、特に何も思うところもなく、引き続き別荘へと歩いて行く。美咲のソフトクリームも、コーンの辺りに差し掛かっておる。

(そういやまだ、観光地ってどこも回ってないな)

 ふむ。確かに飯は食ったし、土産も買ったが、観光名所は何処(どこ)も巡っておらんな。大仏もまだ行っておらんし。鎌倉と言えば大仏。大仏と言えば鎌倉。普通ならば、いの一番に行きそうなものだが、そういったモノには興味がないのかね? だ、大仏と言い過ぎて魂が擦り減る……。

 そのまま何事もなく、二人は足を動かし続ける。そして、美咲がソフトクリームを食べ終える頃、段々と彼女の別荘が在る住宅街に近付いて来た。だが、まだ距離がある。

 その様な時、唐突なタイミングで美咲がとある話題を振ってきた。

「そういえばこの辺に不思議な家があったけ」

「不思議な家? ですか?」

 幽霊洋館か何かであろうか?

「ええ。私がまだ学生の時だったから、五年くらい前かな?」

 五年前……士は小学生であるな。

「その家には一時期、ある家族が住んでたんだけど、父親が突然蒸発しちゃったらしいの」

 借金こさえて夜逃げでもしたか?

(父親だけでか?)

「ただ、夜逃げじゃないらしいの。その家は名家って聞いてたし、落ちぶれたっていう話も聞いたことないしね」

 借金で首が回らん様になった訳ではないのか。

「それもあってなのかは分からないけど、他の家族も引っ越して、今までずっと空き家なの」

 ふむ。よくある話ではないか。不幸ではあるが、別段珍しくも何ともない。

(借金じゃなくて愛人でも作ってたんだろ? どうせ)

 一夫一妻の国であれば、浮気あるいは不倫相手に走る事は、ままある事であるからな。金のある名家であれば尚更だ。

「まぁ、その父親っていうのが婿養子だって話だから、案外オンナ絡みなのかもね」

 金を持っておったのは、母親の方であったか。

(元カノんトコにでも走ったか?)

 それが一番現実的な理由だな。もしくはただ単に、不倫相手と逃げたか。妻と子供を捨てて出て行くなんぞ、屑としか言いようがないな。もし本当にそうであればの話だが。

「で? その家がどう不思議なんですか?」

「ほら見て、あの家よ」

 美咲は急に立ち止まり、ある方向を指差しながらそう言った。如何(どう)やら歩いておる内に、件(くだん)の家が間近に迫って来ておった様だ。

「はぁ、なんか……雰囲気ありますね」

 士は其方(そちら)に視線を向けた。確かに其処(そこ)には、如何(いか)にも何か出て来そうな洋館が建っておった。全てを見た訳ではないが、敷地もかなり広そうだ。美咲の別荘と比べても遜色ない。いや、寧(むし)ろ大きい。また、壁から建物までの距離が結構ある。広い庭も備えておる様だ。

 ただ、洋館を囲む壁が高い為、中の様子は窺えん。少なくとも庭や一階部分は。家主が怪しい実験をしておりそうだな。

「そこに窓が見えるでしょ?」

「はい、見えます」

 美咲の言う通り、三階のとある部屋の窓だけは、此処(ここ)からでも見える。窓は他にもあるが、見えん。同規模の家が五軒、この洋館を囲う様にして建っておるからな。後、今の位置も悪い。

「そこの窓から、誰も居ないはずなのに人影が見えるんだって」

(人影ぇ~? )

 胡散臭い事この上ないな。

「まさか幽霊とか言い出さないですよね?」

「昨日までなら言わないわよ」

(そうだ……昨日見たばっかりだった……)

 幽霊が居(お)るのは別に構わんが、今更その様なお話を聞かされてもなぁ。先の話も含めたとしても、それだけではインパクトに欠ける。

「君、目も良いんでしょ?」

「え? あ、はぁ……。まぁ、それなりには……」

「何か見えない?」

 この位の距離ならば、目を凝らさずとも見える。美咲の頼みを受け、士は窓の方を見遣(みや)った。

「ん~? あぁ、確かに人影が見えますね」

 揺れるカーテンの陰に隠れ、ヒトらしきモノがチラリと、其処(そこ)には見て取れた。だが……。

「いやぁ、でもあれ人形じゃないですかねぇ」

 マネキン、という訳ではなそうである。だが取り敢えず、実体がある事と生物でない事はすぐに見抜けた。幽霊であれば向こう側が透ける筈であるし、生物らしさが欠片もないからな。

「なーんだ、人形かぁ~」

 それを聞いて、ツマらなそうに零(こぼ)す美咲。それ程までに、正体が幽霊であって欲しかったのか? そうであったところで、我々には如何(どう)する事も出来んぞ? 

「早く帰って夕飯食べましょ。拳って、あー見えてなかなか良い腕してるのよ」

 窓に映る影が幽霊ではないと分かると、美咲は途端に興味を失った。神城が待つ別荘に向かって、再び歩き出す。

(神城さん、料理もできんのかぁ~)

 士も、関心を神城に向けた。高身長・容姿端麗・料理上手で、腕っ節も強い。頭脳はまだ分からんが、美咲が執事として雇っておる位であるから悪い筈がない。こうなってくると、彼が超ハイスペック男だという事が浮き彫りになってくる。世の女性が放ってはおかんな。

 それは兎も角、最後に何気なくチラリと窓に視線を移すと、其処(そこ)には変わらず人形が空虚な目で宙を……? おや?

(あれ? 人形どこ行った?)

 無いな。先刻まで彼処(あそこ)に置かれておった筈であるのに……。

(ふむ、独りでに動いたのか?)

(んなアホな)

 勝手に動く人形、ゴーレムの類であろうか? そうなると、近くに操縦者が居(お)る事になるな。

(まぁ、どうでもイイや。早く帰って晩飯だ、晩飯)

 今晩の料理に脳味噌を占領され、士は一旦洋館の事も人形の事も忘れた。これまでと同様に、先行する美咲の後を付いて行く。

 まあ、幽霊であろうが人形であろうが、如何(どう)でも良い。それらしき存在が洋館内でウロチョロしておるだけならば、が居もない故、別に気にする様な事でもないからな。とはいえ、『入居者が次々と謎の変死を遂げた』とか、『不法侵入者が行方不明になった』とかであれば話は変わってくるが。

(美咲さんもその辺のことは何も言ってなかったから、ほっといても大丈夫だろ)

 ただそうは言っても、今までの五年間、入居者は居(お)らんのは事実。何かしら理由がある筈だ。誰も住みとうない理由がな。まあ、単にその家族が家を出て行っただけで、所有権が他者に移っておらんだけかも知れんが。

 またゴーレムであったとしても、実害が出ておらんのであれば、やはり足を踏み入れる気はない。

(晩飯、なんだろなぁ~。中華かな? 洋食? いや和食かもしれないな)

 ふむ。では我は、意表を突いてロシアと予想しよう。ピロシキにボルシチ、後はビーフストロガノフ等が有名か。ウォッカ、は駄目だな。士がアルコールに強いとはいえ、まだ早い。それに、警察官の前で飲むのは拙(まず)かろう。

 といった感じで、互いに夕飯のメニューを予想し合いながら、我等は家路をひた歩いた。

 ○●○●○

 成程、この国があったか。

(結構メジャーな国のヤツだな)

(そうか?)

 別荘に帰ると、玄関で神城が出迎えをしてくれた。彼は士から荷物を受け取ると同時に、我々をリビングへ案内。そのまま荷物を置きに何処(どこ)かへ消えたと思えば、数分後には料理を乗せたワゴンを運んで現れた。テーブルの上に、次々と料理が乗せられていく。

(これ、どこの国の料理だ?)

 あっという間に並べられた料理を目の前にし、士は心の中で首を傾げる。これまでの人生の中で、見た事がない物ばかりであったからだ。

(うむ。これは恐らく……)

 中華・フランスに並び、世界三大料理の一角を担っておる、その国の名は……。

「へぇ、今日はトルコ料理なのね」

 トルコ、か……親日国として有名だな。だが、日本人にはあまり馴染みのない国かも知れん。魔界よりはマシであるが。

(アジアとヨーロッパの中間地点、だったかな?)

 うむ。中世のイスラム文化と西洋文化が程良く入り混じった国、であったと思う。何時(いつ)か行ってみたいものだな。

「頂きます」

「い、いただきます」

 家主である美咲に続き、士も料理を頂いていく。

「頂きます」

 おお、如何(どう)やら、執事である神城も一緒に食事をする様だ。美咲の方針かね?



 三人が食しておるトルコ料理は、ざっとこの様な物である。

 前菜は、《メゼ》と呼ばれるモノだ。野菜や豆等をペーストにした《エズメ》やヨーグルトを液状のソースした《ジャジュック》。ナスやピーマン等に米や肉を詰めた《ドルマ》やブドウまたはキャベツの葉で米や肉を包んだ《サルマ》、小麦粉の皮でチーズなどを包んで揚げたり焼いたりした《ビョレク》。その他に、オリーブの塩漬けやチーズ等の乳製品も。これ等を少量ずつ用意した物を、《メゼ》と言うのである。おつまみの様な物だな。

 主食には、具のないピザの様な《ピテ》というパンの一種と、ピラフ及びプティングが大皿に盛られておった。肝心のメインは、羊肉を焼いてヨーグルトを添えた《イスケンデルケバブ》である。此方(こちら)も中々の大きさだ。

 そして、最後にデザート。これは、《バクラヴァ》という物であった。薄い生地を何層にも重ね、その間にピスタチオ・ヘーゼルナッツ・アーモンド等を挟み込み、焼き上げる。その上に濃い目のシロップを掛けた物だ。シロップには蜂蜜入りと、そうでない物が用意されておった。それを紅茶と共に頂く。彼方(あちら)では、《チャイ》と言うのであったかな?



 以上の品々は、どれもトルコの代表的な料理であるそうだ。そして美咲の言う通り、神城の作った料理は、頬が落ちる程に美味であった。

「はぁ~、美味しかったぁ~。ご馳走様」

「ごちそうさまでした」

「お口に合った様で、何よりで御座います」

 神城は空(から)になった皿等の食器を下げていく。

「じゃあ私、お風呂入ってくるわね」

 美咲はそう言って立ち上がり、風呂場が在ると思われる方向へ歩いて行った。

「御嬢様、食後すぐにお風呂に入るのはいかがなものかと」

 だが、主の健康を気遣う神城は、それを諌(いさ)めた。確かに、食事をして間を置かずに入浴すると、消化不良に繋がるからな。

「大丈夫よ、多分」

 それも無視し、美咲は風呂場に向かう。

「はぁ、仕方がありませんね」

 神城の口から漏れ出た言葉には、“諦め”が滲(にじ)み出ておった。

「石森様、分かっておられるとは思いますが、もし覗こうものなら……」

 剣呑(けんのん)な空気を纏いつつ、此方(こちら)に向き直る神城。士に釘を刺す為にだ。

「の、覗きませんよ」

 だが此奴(こやつ)は、その様な不届きな真似はせん。というか、させん。

「分かっておられるのであれば構いません」

 士の言葉を信じ、神城は後片付けを再開させた。

(う~ん、美咲さんが上がって来るまで時間かかりそうだなぁ)

 女の買い物とお喋りと風呂は長いからな。一時間位の空きができた事になる。この持て余した時間を如何(どう)やって潰そうかと、士は暫(しばら)く考えた。

「あ、じゃあ、ちょっと散歩に出かけてきますね」

 まあ、部屋で過ごそうにも何も持って来ておらんしな。そういう在(あ)り来(きた)りな結論が出てしまうのは、致し方ない。用意して貰った荷物の中に何か入っておるかも知れんが、確認が面倒だ。

「はい、お気を付けていってらっしゃいませ」

 財布とケータイだけを持った士は、神城に見送られて別荘を出た。辺りは既に、暗闇に包まれておる。電灯が所々に設置されておるが、少々心許(こころもと)ないな。

「よし、大仏見に行こう、大仏」

 別荘を出た士が、適当に歩きながら真っ先に発した言葉が“大仏”である。それ程までに見たいのか? ……あ、我も何か見たくなってきた。グッ! わ、訳がない。

(だが、一時間足らずで行って帰って来られるのか?)

 大体、何処(どこ)に在るのか分かっておるのか?  我がそう訊くと、士は立ち止まる事もなく『知らない』と答えた。一応、そういった場所に立ち入る事は可能であるが、出来れば止めて欲しい。昨年、とある神社に赴いた事があったが、アレで勘弁してくれ。そう願っておると、士が突然立ち止まった。丁度、とある場所に差し掛かろうとした時である。例の洋館の前だ。

「あ、ここさっきの家だ」

 夜も更けてくると、益々(ますます)雰囲気が出てきたな。と何の気なしに、門の前を通り過ぎ様とした途中、士の意識が完全に例の洋館へと持っていかれた。とある香りが鼻孔(びこう)を擽(くすぐ)ったのだ。

「ん? なんだ? この匂い?」

(ふむ、これは……)

 我にもその情報が流れ込んでくる。これは最近嗅(か)いだ憶(おぼ)えがあるモノだ。

 大気を伝い、仄(ほの)かに漂うコンディショナーの香り。微(かす)かに混じった体臭も、甘ったるいフェロモンにも似たモノである。それ等が鋭い嗅覚も持っておる士の中枢神経を刺激した。

「あっちから、か?」

 発信源であると思われる、洋館の方へと顔を向ける士。

「あれは……っ?!」

 其方(そちら)を見て、士は意図せず目を見開いた。暗闇の中でも衰えぬ視力で、それを捉えてしまったからだ。其処(そこ)には、謎の洋館の扉を開けて入って行く、少女と思(おぼ)しき後ろ姿があった。それはとても見覚えのあるモノ。その者の正体は……?

「光、か……?」

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