9攫われたマノノ
「ど、どこにいくのーっ」
ガサガサと草むらをかきわけ、けもの道を通り、軽やかな足取りで狼はどこかへと向かっていく。
「ひえぇぇ、速い」
狼はどこへ向かっているんだろう?
私は成す術なく咥えられていると、森の中にぽっかりと光りが射す場所にたどり着いた。
そこには一面花畑が広がっていて、色とりどりの花の上には妖精たちが楽しそうに踊ったり、歌ったり、楽器を奏でたりしている。
私は彼らを見て目を輝かせていると、狼は座り、ぱっと私を離した。
ポトンと落とされた私はふわふわと飛び始める。
「狼さんは私を迷子だと思ってここに連れてきてくれたのかな。狼さんありがとう!」
「クゥ」
狼はそう言うと、スタスタとまたどこかへ行ってしまった。きっと群れに戻ったのかな。
花の妖精たちはすぐに私に気づいたようで私に近づいてきた。
「君は、聖樹の妖精かい?」
「うん! マノノって言うの」
「おーい、聖樹の妖精が来たぞ」
「聖樹の妖精? 珍しいわね。こっちへおいでよ」
花の妖精たちは私を誘ってくれる。
笛や太鼓の音に合わせて私も踊り、疲れたら花の蜜を吸ってまた歌い、とても楽しい時間が過ぎていく。
「マノノ、君は聖樹から離れて大丈夫なのかい?」
一人の妖精が話しかけてきた。
「わからない。でも私はレノンと目が合って呼ばれたから」
「なんだ。君はそのレノンっていう人間に決まったんだね。でも大丈夫かい? 決まった人間と長い時間離れると消えてしまうだろう? そろそろ戻った方がいいんじゃないかな」
一人の妖精が私を心配して聞いた。
そうだった。
レノンと離れると私の身体はだんだんと力がなくなって弱くなっていくんだった。ここはたくさんの妖精が生まれるほど植物たちの力が強い。
私は植物やおひさまから少し栄養を受け取れるため忘れていたわ。
「そうだった! レノンのところに帰らなきゃ。レノン、きっと心配してる」
「また遊びにおいで」
「うん! 楽しかった。またくるね!」
「この蜜を持っていくといいよ」
「これは……いいの?」
「ああ、構わない。君のような妖精には必要だろう?」
「ありがとう!」
私は花の妖精たちから蜜の入った小瓶をもらい、鞄にしまった。
早く帰らなきゃ。
「じゃあねっ!」
私は手を振りながら花畑を後にする。
たしか、狼さんはこっちから来たよね。
ふわふわと飛びながら森の中を進んでいく。
私の羽根ではゆっくりじゃないと進めない。
「この草むらも通って……。ここを進んで……」
もうすぐだと思うんだけど、私は飛ぶことに疲れてきた。
「早くレノンのところに帰らなきゃ」
花の妖精からもらった花の蜜を一口ぺろりと舐めて体力を回復する。
「大丈夫っ、私は迷っていないわ!」
自分自身を励ましながら少し休んではまた飛んで、を繰り返し、森の入口に向かってと飛んでいく。
思うように進めない私はだんだんと不安になってくる……。
このままレノンに会えなくなったらどうしよう。
不安で涙がでそうになる。
大丈夫、きっとレノンが私を待ってくれている。
不安に押しつぶされそうになる心をぐっと抑え付ける。
「マノノ様―」
「マノノ様、いませんか?」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえてきた。レノンの声もする。私は力を振り絞って応えた。
「レノンー。マノノはここだよー」
「マノノ様!?」
レノンに私の声が届いたようで、私の声がする方向に駆けてきた。
「レノンっ!」
「マノノ様! 無事で良かった」
「うわーん。マノノの羽根だとここまで遠かったの」
レノンは私を優しく撫でて、両手でそっと抱え、無事を喜んでくれている。
「侍女からマノノ様が『狼に咥えられて森の中に入っていった』と聞いた時は心臓が止まるかと思いました」
「狼さんは悪くないの。狼さんはね、マノノが迷子だと思ってみんなのところに連れて行ってくれただけなの」
「……そうだったんですね」
レノンは私を胸ポケットへ入れようとした時にふと香ったみたい。
「マノノ様、いい香りがしますね」
「うん。これはね、森の中にある花の香りなの。ここの森はとーってもすごくて、お花畑が広がっていて、とーっても綺麗だったよ。妖精もたくさんいたの」
「そうでしたか」
「せっかくレノンの剣の練習を見れなくて残念。それにマノノ、いっぱい森を飛んできたから疲れちゃった」
「マノノ様、私の胸ポケットで休んで下さい。剣の練習はこれから毎日するようになるのでその時に見ればいいと思います」
「そっか。レノン元気になったもんね! マノノ頑張ってよかった。ふわぁ……」
私はレノンの温かさと疲れで瞼が重くなってきた。
「マノノ様、おやすみなさい」
レノンはそう言って私の頬を撫でている。
それがまた気持ちよくて私はレノンに話したいことがいっぱいあったけれど、重い瞼に逆らうことはできそうになかった。




