5レノンのお母さん
「レノン、体調はどう? 苦しくない?」
私はレノンの顔の前までとことこと歩いていき、様子を窺う。
「マノノ様の鈴の音が鳴るたびに息苦しかった胸のあたりが軽くなっていくのがわかりました。昨日よりも今日の方が楽になっています」
レノンは身体中の血のめぐりが良くなったようで頬が少し赤みを帯びている。
黒い靄の出具合からみてもこれからレノンは他の人と同様に生活を送ることができるだろう。
あと一回くらい踊ることができれば運動も問題なくできるかな。
「マノノ様、本当にありがとうございます。こんなに楽になるなんて考えてもいなかった」
「レノン、剣術習いたいんだよね? あと一回くらいかな。マノノ、頑張って踊るね」
「!! ほ、本当ですかっ? 剣の練習ができるようになるなんて……」
「うん。マノノが踊れば少し病気が良くなる。だからレノンのお母さんも早く治した方がいいと思うの!」
「ですが、今、母の部屋に行けば静養の邪魔になるのではないかと……」
「きっとレノンのお母さんはレノンに会いたいと思ってるにちがいないっ! 今からレノンのお母さんの部屋に行こう!」
クスターさんはずっとレノンの部屋の隅で静かに立って、マノノの病気を治す様子を見ていたみたい。
ポケットからハンカチを取り出し、そっと目を拭っている。
「……奇跡が。レノンお坊ちゃま、奥様は邪魔だとは思っていませんよ。奥様はご自身の病気のせいでレノンお坊ちゃまに心配ばかりかけていると悩まれているくらいですから」
クスターさんは真剣な表情でレノンに話す。
「母さんが……。クスター、今から母さんの部屋へ行っていいか聞いてきてほしい」
「畏まりました」
クスターさんはそう言うと、すぐにレノンのお母さんの所へ聞きにいったみたい。
私はのんびりとレノンの肩に停まって待っていると、彼はすぐに戻ってきた。
「レノンお坊ちゃま、奥様の寝室にどうぞ」
「わかった」
やはりレノンのお母さんは来るなって言わなかった。レノンはどこかホッとした様子で私を肩に乗せて部屋を出た。
レノンがお母さんの部屋に向かっている途中、私はレノンのお母さんについて聞いてみる。
「レノン、レノンのお母さんってどんな人?」
「母、ですか? 優しくてとても美しくて、穏やかな人です。ただ、昔から身体はあまり強い方ではないので……」
「そっか。レノンはお母さんのこと大好きなんだね」
「ええ、そうですね。一日でも早く病が治って欲しいと思っています」
私の言葉にレノンは少し声が柔らかくなった。
彼はとってもお母さん思いなんだろうな。
私はそんなレノンの優しさを傍で感じる。
「母さん、入るよ」
レノンはノックをした後にお母さんの部屋へと入っていった。
白を基調とした部屋は、窓からの柔らかな光が射してとても明るい。クッションやベッドなどのカバーには細かな刺繍が施されていてとても上品だが、部屋中に薬品の匂いがしている。
あまりこの匂いは好きじゃないかも。
私はレノンの首にぎゅっと掴まった。
「レノン、いらっしゃい」
すると、ベッドから優しそうな女の人の声が聞こえてきた。
ベッドから起き上がり、侍女に肩掛けを掛けてもらっている女性がレノンのお母さんなのね。
青白い顔をしていて元気には見えないけれど、レノンの言っていた通り、とっても優しそう。薄い金色の髪に透き通るような白い肌。どこか儚げな雰囲気を持っている。
レノンの中性的な美しさはお母さん譲りなのね。
「母さん、母さんに会わせたい人がいるんだ」
レノンはゆっくりとベッドの脇に置いてあった椅子に座った。
「会わせたい人?」
私はレノンの肩からふわりと降りて、レノンのお母さんの手元に立った。
「はじめまして、レノンのお母さん。私、マノノって言うの。よろしくね!」
「あら、とても可愛い妖精さんね。我が家に妖精が来るなんて嬉しいわ」
「母さんにはマノノ様が見えるのですね」
「ええ、とても可愛い妖精さんね。マノノ様っていうのね」
「マノノ、レノンと目が合ったから来たの」
「マノノ様って凄いんだ。マノノ様が踊ると、息がしやすくなり、身体がとっても軽くなったんだ」
レノンのお母さんはレノンの嬉しそうな声に自然と笑顔を浮かべている。優しそうなお母さんね。
私も頑張ってレノンのお母さんの病気を治してあげないとね!
「レノンのお母さん、横になって。マノノ、レノンが喜んでくれるように頑張る」
「横に?」
「母さん、大丈夫。マノノ様の言う通りに寝てみて」
「わかったわ? えっと、こうかしら?」
彼女は疑問を顔に浮かべながらも素直に横になった。
「あわわっ」
私はレノンのお母さんが動いた時にベッドから転げ落ちそうになり、レノンに抱き留められた。
「マノノ様、大丈夫ですか!?」
「レノン、ありがとう!」
「だ、大丈夫ですか?」
レノンのお母さんは慌てて起き上がろうとしたけれど、私はそれを止める。
「大丈夫だよー。レノンのお母さんはそのまま寝ていてね!」
「わかりました」
私は気を取り直し、鈴の付いた腕輪を取り出して彼女の胸の上にふわりと乗った。
「じゃあ、はじめるね!」
―チリン。
私は目を閉じて大きく息をした後、ゆっくりと鈴を一度鳴らした。
「くるり、くるり、あしきもの、かろやかなおどりとともにうきあがれ、くるり、くるり。マノノのこえがきこえたら、かろやかなかぜはかげをはこびされ、くるり、くるりとおどれ、まわれ」
すると、レノンのお母さんからねっとりとした黒い靄が胸から顔を出し、鈴の音によって霧散していく。マノノのお母さんはとても重い病気みたい。




