38 妖精の祈り
「エリシャ様、こちらです」
そう言ってレノンはエリシャを連れて部屋へと入ってきた。
「久しぶりですね。あの時と何も変わっていないですね、えっとあれは?」
エリシャは窓際に置かれている私の部屋を指さしている。
一瞬、彼女が眉間に皺を寄せたのが見えた。
「あれは、私の趣味で作ったドールハウスです。私はずっと身体が弱かったし、部屋で出来ることはこういうのしかなくて」
「レノン様の体調が悪かったのは仕方がありません。でも、今はもう元気になったのでしょう? レノン様の騎士倶楽部での活躍が私の耳にまで届いていますわ」
「活躍だなんてとんでもない。ようやく一人前に練習ができるようになっただけですよ」
「ふふっ。それでもレノンさんが元気になったのは嬉しいです」
レノンは彼女の気持ちを察したのか、窓際の家具を隠すように背を向けている。
「……レノン」
私の声はレノンに届いていないみたい。
「さあ、私の部屋は何もないですし、サロンへいきませんか? 母も待っています」
「そうですね。アリーサ様が待っていますよね」
そう言って二人は部屋を出ようとしている。
「レノン!」
二人とも私の声が聞こえないのか扉を閉めて部屋を出て行ってしまった。
……もしかして。
不安が過る。
閉じられた扉を目の前に悲しくて涙が出てきた。
レノンは……、私の姿を認識できなくなってきているのかもしれない。
レノンの願いは叶った。
今まで私の姿が見えていたけれど、レノンが私を意識しなくなればだんだんと私の存在が薄くなり、やがて見えなくなっていく。
セノールのおばあちゃんは契約が終わっても妖精の存在を身近に感じていたからこそセノールは妖精の祝福を得られたんだと思う。
レノン……。
私はずっとレノンの傍にいたいの。
レノン、ちゃんと私を見て。
またぽたりと涙が頬を伝った。
翌日もそのまた翌日もレノンは楽しそうに学院へと出かけていった。
私はその度にレノンのお母さんの部屋へ移動しなければならない。
それも段々と億劫になってきた。
「マノノ様、どうぞ奥様の部屋に」
「うーん。今日はマノノ、一人で過ごすね」
「畏まりました」
私はクスターさんの誘いを断り、レノンのお部屋で過ごすことにしたの。
静まり返った部屋には風の囁きだけが聞こえてくる。
私はウサギのぬいぐるみを抱えて窓の外を見ながら過ごした。
今日も、また一人。
ちょこんと窓際に座り、レノンがいないかと外を眺めている。最近ずっとそうだ。レノンは毎日が楽しくて目に輝きを灯し、過ごしている。
邪魔してはいけない。
私は妖精だもの。
人々に幸せを運ぶ妖精。
私はずっとレノンと一緒に過ごしていきたい。
でもそれは難しいかもしれない。希望と現実が心の中を行き来する。
「そうだ。レノンに届くように踊ろう」
私は思い立ったようにポケットから鈴を取り出し、踊り始めた。
「くるり、くるり、幸せを運べ、レノンの元へ。呪いよ、解けよ、彼の者はもういない。罪は長い長い時間と共に流れ、地に帰った。くるり、くるり、幸せを彼の元へ、くるり、くるり」
風は木の葉を揺らすだけ。
私には踊ることしかできない。
私はそうして毎日、レノンを見送った後、一人踊り続けた。




