20 契約
聖樹の祝いも終わって街もまた元の静けさが戻ってきた。
レノンは午前中、学院へと言った後、午後は中庭で剣術の練習をして、夕食までの間はゆっくりと小さな家具を作りながら時間を過ごしている。
「マノノ様」
「レノン、なあに?」
私はふわふわと浮いて一人木の枝を振り回していたのを止めてテーブルに立った。
いつもに増してレノンは真剣な表情だ。
どうしたんだろう?
「先日、マノノ様が言っていた妖精が見えるかどうかの違いって何なのですか? 妖精が付いた者がどうとか言っていたけど」
「んー。そんなこと言ってたっけ?」
「はい。途中でステージの人間が歌い始めたので話が終わったんです」
「そんな話をしてたっけー?」
「言っていました。妖精が付くと姿が見えるのですか?」
私はどう説明すればいいのか分からず、羽根を動かして宙をくるり飛びながら考えてみる。
「んーそもそも契約? っていうのかな。レノンは約束したから私が見えているようなものだし……」
「契約、ですか?」
「んーそうだねー」
「私とマノノ様は契約をしていないと思いますが」
「? えっとね、聖樹と約束をしたっていうのが正しいのかも?」
「聖樹と、ですか?」
「うん。レノンは聖樹にお願いしたでしょう?」
「はい」
「……それが、契約?」
「私は聖樹の代わりに動いているに過ぎないのー」
「契約ということは、私は代わりに何を差し出すのでしょうか?」
「さあ? わかんない。レノンはどう祈ったのかっていうのもあるのかなぁ?」
「……もし、約束を破ったらどうなるんですか?」
「いんがおーほーっていうのかな? どこかで何かがあるのかも?」
私の言葉を聞いてレノンは青い顔をしている。
「レノン、大丈夫?」
「マノノ様、私はどうすればいいでしょうか?」
私は飛ぶことを止めて机の上に立った。
「私はただ母の病気を治して欲しい。なんでもしますって言ってしまったんです。でも、何をすればいいのでしょうか?」
「そんなこと? うーん」
約束を破ったからといってすぐに何かあるわけじゃない。
破った場合、願いを叶えた分の相応の力が罪という形で時間をかけて返ってくるという感じだと思えばいいのかな。
約束を反故にして自分勝手にしていると、本人が償わなくても自分の子供や孫、その後の子孫に返ってくる時もある。
私が見るからにレノンやレノンのお母さんはこの家の先祖の誰かが何らかの約束を反故したようにもみえるんだよね。
今回、聖樹がレノンの願いを受け入れたのは、レノンの願いの強さや、過去の約束事を完了させるためのものじゃないかと思う。
人間は妖精を見れなくなってきているのは約束が反故にされることが起こっているからってのもあるんじゃないかなぁ?
聖樹になんでもしますって願ったのなら、反対に言えば、聖樹がレノンに要求がなければなんでもいいんだと思うんだよね。
よほどのことがない限り、聖樹は言葉を発しない。
人間のような複雑な人格も心もない。ただ願われた分を返すだけの存在に近い。力を悪用すると、その分奪われる。
悪用しない限り、あまり意識しないでいいんじゃないかなー。
聖樹や私たちが怒ることって滅多にないし。
それに祖先の罪をレノン自身や、レノンのお母さんが長年償っていたのだし、私が治したところで何ら問題ない。
ちなみに私たち妖精も好き、嫌い、という単純な感情しかないの。嘘を付かない代わりに知っていることを話すかどうかは私たちの気分次第。
「レノンができる範囲のことをすれば大丈夫だよ、きっと!」
「もし、できなければどうなるんですか?」
「さあ? レノンの人生の中でどれくらい影響がでるのかマノノもわかんない。あってもささやかなものだと思うよ」
その人の持つ運命や宿命とか複雑に絡み合ってくるから、今どうなのかなんて私にはわからない。
「レノン、大丈夫だよ。心配ならまた聖樹のもとに行けばいいと思う。きっと聖樹は答えてくれるんじゃないかな?」
私がそう言うと、レノンは少しほっとしたような表情をしている。
「聖樹との契約って怖いんですね」
「そんなことないよー。願いが叶ったらその分を返せばいいんだし。今は聖樹にお祈りを捧げる人も減っているし、願いが届きやすいと思うの。無理な願いや、対価がその人の許容量を超える時はそもそも契約を結べないの」
「そもそも妖精が見えない人が増えているのは何故でしょうね」
「んー。街が便利になって自然の声に耳を傾けなくなってきたからかも」
「あの時、妖精付きと近親者は見えるみたいな話をしていた気がするんですけど、マノノ様の姿は父には見れませんよね?」
「うん、そうだねー。レノンのお父さんが私の姿を見れないのはずっと、ずーっと前に何かあったのかもしれない」
「えっ? それって……」
「詳しいものはマノノもわかんない。ただレノンには強く願う気持ちがあったのと、レノンのお母さんの血を引いているからなのかもー」
私はまたぱたぱたと羽根を動かしてお人形と一緒に踊りを始めた。
真面目な話はレノンもつまんないよね、きっと!
「マノノ様、妖精って見れなくなることってあるのですか?」
レノンは少し考えこんだ後、また真剣な表情で聞いてきた。
妖精が見れなくなる。
妖精に嫌われたり、妖精の存在を忘れたり、否定した時だ。それは妖精にとってとても悲しいこと。
私はレノンにはそうなってほしくないな。
「あるねー」
「あるんですね。それってどんな時なんですか?」
「んー、レノンが忙しくなって存在を忘れてしまった時かな」
踊りを止めてお人形を抱きしめながらレノンの前に浮いていた。
「私はマノノ様のことを忘れるなんて絶対ありませんよ」
「うん! 私もレノンとずっと一緒にいる!」
そう言って笑うレノンに私は安心してまた人形と一緒に歌を歌いながらふわふわと踊り出す。
レノンといつまでも一緒にいられますように。




