第3話 砂の城
翌朝、蓮見は恵美には「仕入れのついでに寄るところがある」と嘘をつき、駅前の喫茶店へと向かった。
待ち構えていた佐伯は、憔悴した表情を装い、一枚の写真をテーブルに置いた。そこに写っていたのは、地方の寂れた商店街で、力なくシャッターを下ろす小さな定食屋の姿だった。
「蓮見さん、実はここは私の故郷なんです。今、地方の商店街はどこも死に体です。私の父もここで店を畳みました。彼らに必要なのは、一時的な援助じゃない。『勝てる武器』なんです」
佐伯は、熱っぽく、しかし声を潜めて続けた。
「蓮見さんの餃子には、人を呼び戻す力がある。一店舗だけでいい。この商店街の空き店舗に、あなたのプロデュースで店を出してくれませんか。これはビジネスじゃない、過疎化に苦しむ故郷への『恩返し』であり、食文化を守る『大義』なんです」
人助け。大義。
恵美が指摘した「自分を大きく見せる鏡」を、佐伯はさらに巧妙な装飾で塗り固めて差し出したのだ。
「俺が……プロデュース……」
「ええ。あなたは現場に立たなくていい。あなたのレシピと、あの機械、そしてあなたの『蓮見』という名前があれば、この街に光が灯る。恵美さんには後で私が説明します。これは、誰かを幸せにするための素晴らしいプロジェクトなんですから」
蓮見の脳裏には、寂れた街に自分の餃子を求めて行列ができる光景が浮かんでいた。それは「店主」ではなく、人々の窮地を救う「救世主」としての自分の姿だった。
◆
数日後、蓮見は恵美の猛反対を押し切り、契約書に判を突いた。
「これ以上、何も言わないでくれ。これは俺にしかできないことなんだ。恵美、君だって困っている人を助けるのは良いことだと言ったじゃないか」
「……その言葉、本気で言ってるの? あなた、自分の目がどれだけ濁っているか、鏡を見てごらんなさいよ」
恵美は、その日から慶太と目を合わせることをやめた。
◆
一号店、二号店と、佐伯が主導する「地域活性化プロジェクト」は、凄まじいスピードで拡大していった。だが、それはすでに佐伯の手によって、周到に仕組まれた「全国フランチャイズ化」のテストケースに過ぎなかった。
開店した店は、当初こそ蓮見の指導が入っていたが、数が増えるにつれ、食材はコストの低いものへと置き換えられ、あの機械が吐き出す餃子は、いつしか「どこにでもある冷凍食品」の味へと成り下がっていった。
それでも、蓮見の手元には、これまで見たこともないような額の金が振り込まれ続けた。
彼は、油の匂いのするエプロンを脱ぎ捨て、佐伯が用意した高層マンションのオフィスで、書類の山に囲まれるようになった。
「蓮見さん、次の展開ですが――」
佐伯の囁きに頷く慶太の耳には、もう、あの路地裏の厨房で鳴り響いていた「パチパチ」という餃子のあがる音は、一欠片も届いていなかった。
崩壊の足音は、すぐそこまで迫っていた。
砂の城が最も高く、美しく見えたその瞬間に。




