第34話 搾取の循環
一方、蓮見が泥にまみれて「本物」を追求していた裏側で、佐伯の築き上げた『鰻八』の虚城は、彼自身の予測を遥かに上回る速度で崩壊を始めていた。
それは、緻密に計算されたはずの「効率」が、皮肉にも自らの首を絞める結果となった破綻劇だった。
最大の誤算は、フランチャイズ加盟店の無秩序な拡大だった。
ロイヤリティを吸い上げることに執着した佐伯は、立地もオーナーの質も精査せず、ただ「儲かる」という言葉に踊らされた人々を次々と契約に引き込んだ。その結果、街を歩けば数分ごとに『鰻八』の看板に出くわすほど飽和し、加盟店同士が客を奪い合う共食いが始まったのだ。
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そして、佐伯が「革命」と自負した「バイトが焼くシステム」が、決定的な拒絶反応を生んだ。
当初は珍しがられた「仕込みゼロ」のオペレーションだったが、消費者の心理は冷ややかだった。
「高い金を払って、バイトがレンジと大差ない機械で温めただけの鰻を食べるのか?」
その不信感は一度芽生えると、瞬く間に「安かろう悪かろう」のレッテルに変わった。鰻という、日本人が最も「職人の矜持」を期待する料理において、佐伯の合理性は、ただの「手抜き」として断罪されたのだ。
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さらに追い打ちをかけたのが、異常なまでに高く設定されたロイヤリティだった。
売上が落ち込んでも、本部は情け容赦なく上前を撥ねていく。経営に行き詰まったオーナーたちは、生き残るために勝手なコスト削減に走り、ただでさえ低かった品質はさらに劣化していった。盛り付けは乱れ、接客は荒み、店舗からは活気が消えた。
「……こんなはずはない。私のシステムは、完璧だったはずだ」
都心の高層ビル。
かつて自信に満ち溢れていた佐伯のオフィスには、今や加盟店からの悲鳴と怒号に近いクレーム電話が鳴り響いていた。
画面に映る最新の損益計算書は、鮮やかな赤色に染まっている。
佐伯が「食の民主化」と呼んだものは、現場の人間も、食べる客も、誰一人として幸せにしない「搾取の循環」でしかなかった。
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その喧騒を、蓮見は高松の市場の片隅で、古い新聞の小さな経済記事として目にした。
かつての自分なら、競合の失墜を嘲笑ったかもしれない。だが今の蓮見は、ただ静かに紙面を閉じ、目の前のキャベツの泥を落とすことに集中した。
佐伯が「効率」という名の剣を振り回して自滅していく間、慶太は「誠実」という名の砥石で、自分自身を研ぎ続けていた。
「蓮見さん、今日届いた岡山の黄ニラ、最高の出来だよ。あんたのために、一番いいところを抜いておいたからな」
市場の仲間たちの温かい声。
地元の土が育てた、黄金色の黄ニラ。
佐伯が切り捨てた「人間関係」や「旬の重み」こそが、今、慶太の指先に確かな力を与えていた。
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約束の半年は、もう目の前だった。
蓮見は、二年間とこの半年、一歩ずつ積み上げてきた重みを噛み締めた。
(佐伯……お前が壊した世界を、俺は直さない。俺はただ、俺の信じる一皿を、愛媛で待つ彼女に届けるだけだ)
蓮見は、黄ニラの繊細な香りを胸に吸い込み、再び深く腰を落とした。
松山へ、恵美の元へ向かう準備は、もう完璧に整っていた。




