第12章・92節『閉鎖された理由』
「あ、俺、その前にちょっとトイレいいかな?」
ラグは他人事のようにそう言うと、そそくさと公衆トイレへ向かった。カズラとルク・ミィアが互いを睨み、同時にカーネルシアをトイレに連れて行く。
「カーネルシア、便所に寄っておくぞ」
「カーネルシア、ミチアキまでは少し遠いですからね。先におトイレを済ませておきましょう」
カーネルシアを挟んで威嚇を続けながら、カズラとルク・ミィアが公衆トイレの前へ近づく。
「僕は大丈夫だ」
しかし、カーネルシアは2人の手を器用にするりと抜け、通路と広場の合間に立った。
「僕はここで、みんなが出て来るのを待っている」
それを聞いたルク・ミィアは、カーネルシアに絶対にと念を押し、爽やかな笑みを維持しながら公衆トイレへ駆け込んで行った。どうやら、少し我慢していたらしい。
カズラは今が勝機と考えたが、カーネルシアは両腕を組み、自分を盗み見たカズラを強く見返している。ルク・ミィアどころか、カーネルシアにまで考えを読まれている様だ。
公衆トイレの壁には、【トイレ外での排泄罰金1万エン】と書かれた警告があった。誰が管理しているのかは知る由もないが、完全な無法地帯という訳でもなさそうだ。適当にそこら辺でしそうな人相の奴らでさえ、律儀にトイレに出入りしている。警告がただの脅し文句ではないと言うことだろう。
渋い顔をしながらも、カズラは後のことを考え、トイレへと急ぎ入って行った。
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メロウティアがゴンゾー街で移動の準備を整え、郊外にある実家に到着したのは、今から50分ほど前のことだった。既に時刻は17時を過ぎている。クスノキ村へ行くのなら、早く出発しなければならない。
出迎えた母には、最低限のことを話した。地下で確認することがあると言い、長らく閉鎖されていた地下通路への扉を開けるよう求めた。メロウティアの母はキーイーギナの裏の顔をいまだ知らなかったが、彼女の思慮深い性格が幸いし、メロウティアの目的を詮索することはなかった。
メロウティアは手荷物を担ぎ、倉庫奥に隠された地下に続く階段の扉を開けた。地下通路の深さと続く方向だけでも、ここで確認しておくつもりだったのだ。
幼いころ、祖父から地下通路が閉鎖された理由を聞いたことがあった。祖父の祖父である高祖父がまだ子供であった時、呼吸器系の疾患が身内で急増したと言う。みなが口々に、悪臭のする地下通路が原因ではないかと訴え、閉鎖するに至ったのだ。
海底の地下世界には、今まで直に行ったことはなかった。だが、知る限りこのような異臭が確認された記録はなかった。
タカイド家の通路は、完全に他の地下通路から孤立していたため、異質な環境下となった可能性もある。
思い当たる事と言えば、カビの存在だった。地上では、湿気を取るための植物などが無く、換気もされていない場所でカビが生える事があった。だが、人体に深刻な影響が出るものは無かったのだ。
古き時代の人々が元いた星、ベュー・ルガテカーには、あらゆる所にカビ菌が存在していたと言う。特に地下空間は絶好の居場所だっただろう。
メロウティアは、サヘロディを糾弾する本の記述を思い出していた。サヘロディはキーイーらィの呪いで、人々を助けることがなかったと言われているが、果たしてそれは本当だったのだろうか。
実際当時に何があったにせよ、それから300年以上も経っている。既にこの世にサヘロディの姿はなく、歴史と記憶からも薄れ、遠い絵空事となって久しい。
時間から切り離されたサヘロディのタイムカプセル。キーイーギナは、その存在を信じて懸命に探し出そうとしている。まるで、捨てられた子が親との繋がりを求めるかのように。
暗闇の中、階段を深くまで降りる。最下部には狭い踊り場と、更に別の扉があった。錠前に刺されたままの鍵を動かそうとしたが、錆び付いて錠前と一体化している。念のために持ってきていた工具で、錠前ごと破壊する。もろくなっていた錠前は、いとも簡単に扉から分離し、鈍い音を伴って足元に転がり落ちた。
メロウティアの手が、重苦しい金属製の扉の取っ手に触れる。しかし、頑丈に閉ざされた扉は、動く気配が微塵もなかった。
他に鍵の類は無い。メロウティアは顔をできるだけ近づけ、扉の端を凝視した。わずかな隙間の奥は不規則に盛り上がり、内部から溶接されているように見える。その可能性に、メロウティアの心臓が耳の中でうるさく高鳴った。タカイド家の者が溶接されていることを知っていたのなら、わざわざ扉に鍵をつける必要はない。
一抹の不安を感じながらも、メロウティアは外にある蒸気自動車で、今すぐクスノキ村へ向かうことを決めた。そこにチァーラを切れる物が存在することを願って。
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電光石火の早業で出すものを出し、カズラは公衆トイレから走って外に出た。あまり食べていないからか、腹にたまった物全てがそのまま出たような勢いだった。
洗い終えた手から水を振り払いながら、カーネルシアの瑠璃色のポンチョコートを探す。広場の駅側では、サキがご神託をいまだ披露し続けているのが見える。頭上の裂け目から注ぐ光はかなり弱いが、日が暮れるまでまだ余裕がありそうだ。
カーネルシアは広場の中ほどに立っており、両手でラグの如くカバンを抱きしめている。どうやら、近くにいるミチアキモラの子供と話をしているらしい。
「これは僕の物だと言っているだろう?」
カーネルシアが、カバンを子供から遠ざけようと試行錯誤している。子供は背丈がカーネルシアと大して変わらなかったが、顔つきは10歳かそこらだ。生えてきたばかりのコメカミの赤いメッシュが、白い髪を細く彩っている。
「それは俺のもんだ! 返せ!」
そう言いながら執拗にカバンを取ろうとしている子供に、カズラは表情を固くして駆け寄った。
「君が欲しい物は何も入っていないんだぞ?」
カーネルシアは困ったように眉を斜めにして、カバンを頭上に持ち上げた。
「黙れ泥棒!!」
子供の小汚い手が、カバンのショルダーベルトを無理やり掴んだ。
カズラは横からショルダーベルトを瞬時に引っ張り、子供の手を強引に引き離した。
「泥棒はお前のほうだ」
「!?」
子供はカズラの肌の色に驚いたのか、口を開くよりも前に、両手で目をこすり始めた。
「カズラ」
カーネルシアがどことなく嬉しそうに名を呼び、再びカバンを抱きしめた。
軽蔑と威嚇を込め、カズラが子供をにらむ。子供は何度となくまばたきをして、カズラの肌に目を釘付けた。




