第12章・91節『居なくなった人』
「ごめん、絡まれてたのに気が付かなくて。護衛なのは分かってるけど、人に迷惑をかけるのは見過ごせないよ。村を出る時、ショウさんと約束したからさ」
ベルはそう言ってサキから顔をそむけ、頬をほんのり赤らめた。
肩をすくめたサキが、もう一度カズラとカーネルシアに熱を込めた灰色の目を向ける。
「迷惑をかけられているのは、このわたくしの方ですわ。色々準備を整えてから、と考えておりましたのに。これも使者の宿命なのですね。さあ、お聞きなさいまし。サヘロディ様からのご神託を!」
サキは声も高らかに広場へと歩み出て、育ちの悪そうな胸を張った。カーネルシアの横から、ルク・ミィアとラグが面白そうにサキを眺め始める。
「サヘロディ様はこう仰せられました。チァーラの木々は、人の罪の重さによって、この後1年の間に永遠に失われるであろうと! それまで、サヘロディ様を蔑ろにしたことを悔い、お許しがいただけるよう、罪をあがないなさい!!」
周辺を歩いていた人々の注意が、一瞬サキに集められた。
眉を寄せたカズラの足が、半歩引き下がる。この世で最も関わりたくないタイプの相手だ。
「ウォ……ケーシー」
カズラと手をつないだままのカーネルシアが、小さくつぶやいた。
カズラは、ルク・ミィアとラグがルーシーを助けるよう仕向けたかった。だが、カーネルシアが一番乗り気となると、話は別だ。ルーシーに気をひかれ、カズラとの新生活などどうでも良いものになってしまう恐れがある。
とは言え、無性であるカーネルシアが、ドゥルフの少女に下心を持つ事などありはしない。カーネルシアは単に、クースフローより毛量の多いドゥルフのもふもふが、少しばかり気になっているだけだ。2つの種族の匂いに、大いなる格差がある限り、カズラの立場が脅かされる事はない。
「ルーシーだろ。今探している。さっきまでここに居たと思ったが」
ルク・ミィアとラグが、サキの意味不明な話に夢中になっている今こそが、カーネルシアを連れ出せる最大のチャンスだ。
カズラはカーネルシアの手を引きながら、通路の奥へと静かに足を進めた。
公衆トイレ付近にも通路の奥にも、エメラルド色の髪のドゥルフは見えなかった。カズラは周囲の臭いを探る振りをしながら、カーネルシアの手を引っ張った。
鼻孔の奥の更に奥が、路地の先に微かに残るルーシーの獣臭をとらえる。通路は果てしなく続いており、いくつもの別の道が岩壁に暗い口を開けていた。うまい具合に折れ曲がり、入り組み、簡単には追跡を許さない理想的な環境だ。
殺風景に続く通路の中、カズラの目がピンク色に塗られた扉に留まった。扉には【ケルキノコ&ズヘビ便】と彫られた木製看板があり、末尾にハートマークが付けられている。扉の両脇には、他よりも棒茸が多く植えられ、扉の存在を引き立てていた。
カズラの脳裏に、トスポバーで飲んでいた女の言葉がよみがえる。ディーという男はケルワーズという名前を口にしており、女アメの方もケルと言っていた。ルーシーが公衆トイレから出たアメの後をつけ、ここまで来たのならば、この店が何か関係している可能性がある。
「どうやら臭いからして、ここが窃盗犯達の本拠地のようですね」
扉の前を通り抜けようとしたカズラの後ろから、ルク・ミィアのつぶやきが聞こえた。カズラは思わず体をびくつかせ、背中でカーネルシアを隠すように振り返った。
「そう言えば、ディーと呼ばれた男がケルワーズと言ってたな。もしかして、ケルキノコって、そのケルワーズって奴のお店なのか?」
ルク・ミィアの隣で、ラグが看板を見上げながら首をかしげている。
水から上げられた魚類のように、カズラの口がぱくぱくと動いた。
カズラの様子に気付いたルク・ミィアが、鼻で小さくせせら笑う。
「何です? まさか、私をまけたとでも思われたんですか?」
哀れみと嘲笑が、カズラへと容赦なく注がれる。
カズラが奥歯を噛みしめたその時、ケルキノコの扉の向こうから、かすかに会話が漏れてきた。
「ミチアキってさー、トスポバーあったっけ?」
それはまさしく、人間の女アメの声だった。
「小さいのなら、あるんじゃないのか?」
奥のほうから、赤毛の男ディーの声も続く。
「もし相手が話に乗らなかったら、別の相手を探すと言っていたからな。ポルポ便が出せないと、連絡手段がなくなる」
ポルポ便の受付窓口があるのなら、ディーの言うようにトスポバーがあってもおかしくはない。ポルポは商魂たくましい生き物だからだ。
「あと2時間ちょっとしたら、ちんカカモ出しといて。ってか、それいつまで揉んでるの」
アメが何かに苛ついたように、ディーに吐き捨てている。
カズラはルーシーを探す振りをしていたとカーネルシアにばれないよう、今更ながら聞き耳を立てた。店の中にはアメとディー以外、誰もいない様だ。
ルーシーはここでカズラ達と同じように、繭の取引場所と思しきミチアキの名を聞いたのだろうか。ちんカカモが何を意味しているのか分からなかったが、向かった場所さえ分かれば問題はなかったはずだ。
「ルーシー、1人でミチアキに行ったのかな」
心配そうなラグに呼応したのか、周囲の棒茸がしんみりと光った。カズラはカーネルシアの手を引きながら、ラグとルク・ミィアの背後を走るように抜けて行った。
「しゅこしぢゅちゅ手がかりをつかんで、ちょっとぢゅちゅ進んで行くのは面白いな」
久しく黙っていたカーネルシアが、舌を噛みそうな言葉をかけてきた。
「変な言い方をするな。『少しずつ』『ちょっとずつ』と言え」
ポルポを真似て幼児語を使っているのだろうか。カズラはカーネルシアに呆れながら、耳を後ろに回した。忌々しいルク・ミィアとラグの足音が、しぶとくついて来ている。
臭いドゥルフよりクースフローの少女の方が、性的な吸引力は上だとカズラは考えていた。しかし、営業猫と地底人でも、ああいうタイプはごめんらしい。
なかなか鼻の下をはっきりと伸ばさない2人だが、ルーシーの事を気にかけているのは確かだ。ルーシーに追い付けば、今度こそ2人を押し付けるチャンスが出来るかもしれない。
そのためには、繭を探すと言う美味い口実を生かす必要がある。5人という大人数で繭を探すより、少数に分かれて探す方が効率はいい。適当に時間と場所を決め、それまで繭の手がかりを探す事にすれば、あるいは。
ルク・ミィアとラグが、カズラの提案に初めから乗るとは思えない。だが2人の内、1人だけでもルーシーと共に行動させれば、厄介者は半分になる。
カズラは頭の中で何度も、いかにルク・ミィア達をけしかけるか台詞を練った。路地からトイレ前の通路へと戻り、足を止めて広場を盗み見る。サヘロディ狂の面倒な少女は、駅の出入り口付近に移動しているようだ。
「カズラさん、ルーシーさんのことが気になるのでしたら、ミチアキに行かれてはいかがです? カーネルシアは、私が責任を持って面倒を見ていますよ」
広場をうかがっていたカズラの頭の後ろから、ルク・ミィアが軽やかに声をかけた。続けて、カーネルシアにねっとりとした視線を投げかける。
「カーネルシア、カズラさんが帰ってくるまでの間、一緒にポルポテッタの観光をしま「冗談じゃない!!」
ルク・ミィアの言葉が終わる前に、カズラが唾を飛ばしそうな勢いで叫んだ。
カーネルシアがカズラの顔を見上げ、少し寂し気に呟く。
「カズラ、ルーシーを助けたくないのか?」
返事に詰まるカズラの反応を、ルク・ミィアが棘のある笑顔で見つめる。カズラの考えなど、とうの昔にお見通しだと瞳が語っている。
「そうじゃない! ……お前も、ルーシーが気になるんだろ? なら、一緒にミチアキに行くぞ。俺はお前の『たった1人の保護者』だからな!」
急いで頭を働かせながら、カズラはどうにかその場を取り繕った。




