第12章・90節『護衛と使命』
ルク・ミィアが、まばらに行き交う人々の隙間をぬって、カズラ達のもとに辿り着く。と同時に、カズラの耳が聞いたことのある声をとらえた。
「絡むのはおやめ下さいまし! わたくしはサヘロディ様の使者なのですよ!?」
脳みそを貫くような甲高いそれに、カズラがぎょっとして瞳孔を細くする。グレィマのアーモ・ハリヌ社と港通りでも出会った、サキ・クスノキと名乗る少女の声だ。
ルク・ミィアとラグも、それに気付いて発生源を探った。どうも、トスポバーの右側にある通路から聞こえてきたらしい。数名の通行人が、一か所に注目している。
「はあ? あんたがなかなかトイレから出て来ないのが悪いんでしょ!? いつまでウンコしてんのよ!」
次に聞こえてきた声は、トスポバーにいた人間の女、アメのようだ。
ルーシーが不穏な空気に一瞬戸惑いつつ、アメを追うため走り出した。その視界に、青紫色の頭と瑠璃色のポンチョコートが入り込む。カーネルシアがルーシーよりも先に、アメ達がいるらしい通路の奥へと向かっていたのだ。
まるで糸でつながっているかのように、カズラ達も慌ててカーネルシアの後に続く。
カーネルシアは相変わらず不自然な動きで、カズラが追い付けない速度のまま進んでいく。
ポンチョコートの向こう側にアメとサキの姿を認めたカズラは、自分の少し前を走るルーシーを死に物狂いで追い越した。
アメとサキの言い争いはもう終わったらしく、アメが公衆トイレへと消えていく。カズラとルーシーが駆け寄った時には、サキがそばに来たカーネルシアに驚き、毛を膨らませているところだった。
「あなた、これ以上は付きまとわないで下さいましと、グレィマでお願いいたしましたわよね!?」
サキはカーネルシアの顔を見るや否や、悲鳴に近い声を張り上げた。通路の奥から、サキの連れの女が頭上を気にしながら走り寄って来る。
「サキ、また人に迷惑をかけてる! 買い物は終わったから、早く行こう」
紫色の髪の女は体格が良いものの、サキのように威圧感はなかった。しかし、その声はサキの耳に届いていないのか、全く相手にされていない。
カズラ達のもとにルク・ミィアとラグも追いつき、公衆トイレ前の通路が過密状態となった。
「それとも、サヘロディ様のご神託をお聞きになりたいんですの? それならそうと、早くおっしゃればよろしいのに」
カズラの蔑んだ視線を物ともせず、サキは盛大に勘違いをした様子で身なりを整え始めた。
トイレの中を伺おうとしていたルーシーが、サヘロディの名を聞いて、不意を突かれたように振り返った。
ラグは興味津々の顔をして、鞄から早速冊子と紙巻き鉛筆を取り出している。
カズラが無言でカーネルシアの腕を取り、サキの前から遠ざかる。
「あっ!? ちょっと、お待ちなさい!!」
去っていくカズラとカーネルシアに、サキが鼻息を荒くして妨害するように立ちはだかった。
「何の用だ」
カズラは酷く疎ましそうに、サキを白い目で見下ろした。それが尚のこと気に障ったのか、サキは顔をひくつかせて息を勢いよく吐いた。
「サキったら! どうして私の忠告が聞けないの? 村に引っ張ってくよ?」
女が堪忍袋の緒を切らせたように、サキの目前に割り込んだ。鍛えられた腕の筋肉が、焼けた肌を美しく盛り上げている。サキはようやく女の言葉に反応し、首を横に倒して不服そうな顔をした。
「ベル、わたくしの大切な使命をお忘れですの? あなたはわたくしの護衛ですのよ? ここで出しゃばるよりも前に、トイレで飲んだくれに絡まれた時に助けてくださいましよ」
サキはベルと呼んだその女に説教でもするかのように、両手を横腹にやって首を反対側に倒した。
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耳に響くのは、2人乗り軌道自転車の車輪がレールの上を延々と進む音だけだった。
「ソウタロウ! お前のせいでズヘビ使えねぇんだぞ!? 足を休ませんな!」
辛そうに軌道自転車をこいでいたケルワーズが、左隣でペダルから足を下したソウタロウを一喝した。
ミチアキモラの最初の首都、ミチアキに向けて軌道自転車をこぎ始めてから、既に2時間以上が経過していた。太ももにも疲労が色濃く浮かんできている。
「ソウって呼ぶ約束ですよ……ケルワーズさん。昔から結構運動できたんですけどね。今日は……なんか調子が悪くて。ご飯食べてないからかなって」
ソウタロウが息を切らせながら、苦痛を大げさに表現してくる。
「あと1時間ちょいだろうが! おら! 真剣にこげ!」
ケルワーズは金切声で叫ぶと、ソウタロウの太ももをバチンと叩いた。レールの両隣に生えている棒茸のほのかな光と、エメラルド色のブヨ袋が、次々に視界の後ろへと流れていく。
「僕、こう見えて打たれ弱いんですよ……痣になったらどうしよう。あぁ、なんかもう、すべてが痛い。僕の可哀そうな筋肉がさめざめと泣いてる」
ケルワーズに叩かれたソウタロウが、足に手を当てて更に痛ましさをアピールする。
軌道自転車の後部には、オプションで付けられた荷物用トロッコがあった。その中で、横長の木箱が振動と共に小刻みに揺れている。
繭の取引相手にはまだ、ポルポ便は届いていない時間だ。しかし追手のことを考え、セルデンサローにより近いミチアキへと一足先に移動しているのだ。
ソウタロウは、万が一相手が乗り気にならなかった場合の策をすでに考えていた。グレィマの秘密兵器だの何だのと上手く煽り、繭をセルデンサロー治安維持部隊である、セルデンの盾に売りさばくつもりだった。
ランデル戦争が終わってからも、セルデンサローとグレィマは水面下で長く競い合いを続けていた。
大規模窃盗事件があったことは教授職の父から聞いていたが、この騒ぎに乗じればセルデンの盾も確実に耳を貸すことだろう。正体不明の物体となれば、尚のこと不安になるというものだ。
しかし最初の取引相手の方が、騙すには簡単に思えた。何しろ数年前まではソウタロウよりも世間を知らない、筋金入りの箱入り娘だったからだ。
「ちなみに相手の子、僕に惚れちゃってるんで、その辺はよろしくお願いしますね。フッ」
ソウタロウのすました声は、ケルワーズの呆れ顔を通り越し、騒々しい走行音に粉々にかき消されていった。




