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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第12章

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第12章・89節『追いかける?』

 ディーの視線に、カズラは思わず体を強張(こわば)らせ身構えた。アメは酔って頭が働いていないのか、ディーの肩に腕を回してまだ笑い転げている。

 そこへ1匹のポルポが、店の奥から足早に駆け寄ってきた。


 水色がかった灰色ではなく、鮮やかな水色のなめらかな肌をしている。ルク・ミィアが言っていた、トスポバーの大元締(おおもとじ)め、トストスポーだった。


 その場にいた全員がトストスポーにつられ、目線を膝丈へと落とした。トストスポーは、カズラ達を見上げて目玉をくりくりと動かし、次いでディーとアメに向き直った。


「トスはね、お金を置いて直ぐに帰る、静かな客が好きなのね? 分かったら、お店から早く出ていくのね?」

 カーネルシアが頼みごとをする際、語尾をか細く、高く上げていく奇妙な話し方をしていたが、それと同じ抑揚(よくよう)をつけている。


 ディーはトストスポーの甲高い声に苦い顔をすると、アメを引きずるようにして店から去った。慌てたルーシーがルク・ミィア達に頭を下げ、いつか恩を返すと言い残し出て行った。


 カズラ達に向き直ったトストスポーは、表情も作らないまま続けた。

「ア゜ーサ゜ニ・ア゜ーサ゜ニモ゛。久しぶりなのね。でも、しゅごくくちゃいのね? マクマクモ゛」

 謎の言葉を連呼した後、ひげ触手をくるくると広げたトストスポーは、それを手のように振って帰っていった。


「彼女、これからどうする気なんだろう……。ひとりで繭を探すつもりなのかな」

 ラグが嵐のように去って行ったルーシーを追うように、店の扉を見てつぶやいた。


「サヘー島の治安維持部隊も、グレィマの警察も、ここでは権限がありませんから何も出来ません。地下にいる限り、自力で動くしかないでしょうね」

 椅子に座るでもなく、ルク・ミィアがトストスポーを困惑したように見送りながら言う。


 カズラは、トストスポーがルク・ミィアに対して臭いと言い放ったと考え、愉快(ゆかい)そうに口角を上げていた。カズラが匂う可能性など、端(はな)から頭に無い。カズラの敵であるルク・ミィアの方が臭いと、相場は決まっているからだ。


 日頃からポルポ便を利用する機会がなかったため、カズラにとってポルポは得体の知れない生き物だった。だが、案外素直でいい奴らのようだ。


「とは言え、いくらドゥルフでも、まだお若そうでしたし……危険で無謀(むぼう)な行為ですが」

 カズラの心情をつゆ知らず、冷めてきたスープ鍋の向こうにいるカーネルシアに、ルク・ミィアが目を向けた。


 カーネルシアはいつの間にか新しいブヨ袋を持ち、何ひとつ考えていない顔をして、ふよふよと揉みしだいている。フジシマの地下駅で、いくつブヨ袋を取ってきたのだろうか。ラグが澄んだ瞳で、カーネルシアの持つエメラルド色の藻をじっと見つめている。


 ルク・ミィアとラグが、ルーシーを追いかけるほどの下心を育てられなかったのは残念だ。ただ、名実ともに身軽なカズラとは違い、2人には仕事という名の足枷(かせ)がある。時間をかければかけるほど、状況はカズラに有利になるはずだ。


 広場から去ったカーネルシアが、直ぐにルーシーを連れてきたことを考えれば、カーネルシアはまだ金を稼いではいないだろう。宿代の金を稼ぐなら、急ぐ必要がある。

 トストスポーとルク・ミィアの仲を利用して、ポルポから仕事をもらう手も無いではない。


「カーネルシア、今日はここで泊まるのか?」

「ん゛ん゛」

 カズラの問いに即答したカーネルシアは、ブヨ袋をすっとラグの手に差し出し、トスポバーの扉へと歩いて行った。


「カーネルシア、ポルポテッタに観光しに来たんじゃないのか?」

 ブヨ袋をもらい受けたラグが、カズラより先にカーネルシアを呼び止めた。真顔だが、左手はせわしなくブヨ袋をもんでいる。


「地下を見て回りたいのでしたら、こちらで宿を取った方がいいですよ。小さな集落には、トスポバーや宿が無い事もありますから」

 ルク・ミィアはニューニュー煮の代金を支払うため、黒い長鞄の中から硬貨が入っている袋を取り出した。


 扉の前で立ち止まったカーネルシアは、考え事をしているように首を左右にゆっくり傾けている。カズラは悠々とそこに歩いて行き、ゆっくり後ろを振り返った。

「ルク・ミィアはポルポに臭いと言われただろ。ここで風呂にでも入ったらどうだ?」


 カズラの嫌味に、ルク・ミィアが自身の体をすんすんと嗅ぎまわった。だが、鼻につくのは店内に充満している酒の匂いのほうだ。

「……いえ、カーネルシアにお供しますよ。どの道、もう夕方ですから。入浴はあと数時間我慢します」

 淡々と返したルク・ミィアに、カズラが小さく舌打ちした。


「僕、ルーシーを追いかける」

 カーネルシアは唐突にそう言うと、扉を開けて振り返りもせず外へ出て行った。

「おい、カーネルシア!?」

 金が無いにも関わらず、金にならない人助けをするとでも言うのだろうか。脱走した飼い猫でも追いかけるように、カズラがカーネルシアを追って一目散に駆け出した。


 残されたルク・ミィアが、テーブルの上に放置されたカズラの空の深皿をちらりと見る。

「……あの方、しばらくまともに食べていませんよね」


 続けて店を後にしようとしていたラグが、ブヨ袋をもんでいた手を止めた。

「カレー屋で硬そうなパンをかじってたけど、結構腹にたまったのかもな。飯、ご馳走(ちそう)様!」

 ラグは鞄の中にブヨ袋を大事そうにしまい、今度こそトスポバーの扉をくぐった。


 目の前のポルポテッタ駅前広場に視線を走らせる。地味な色の衣服が多い地下都市だ。瑠璃色のポンチョコートを着たカーネルシアを探し出すことは簡単だった。

 カーネルシアは先に追いかけて来ていたカズラと共に、駅とは反対側の広場の端にある通路の前で、ルーシーに話しかけている最中だった。


「こいつを助けるつもりなのか?」

 カズラが嫌そうに両腕を胸の前で組む。広場には幾つもの通路がつながっており、ルーシーはディーとアメの姿を早々に見失ってしまった様子だ。

 通路にもネバテと棒茸の淡い光があったが、さすがに広場より暗く、視認性は極めて悪かった。


 カズラはラグとルク・ミィアが来ない内に、カーネルシアとどこかの通路に逃げ込みたかった。だが、カーネルシアはカズラの思惑通りには動いてくれなかった。


 3人のもとに歩いてきたラグが、通路の案内標識に目をやった。壁にヌーネイルの半透明の鱗(うろこ)がかけられており、カズラ達の前にある通路には【セルデンサロー方面、ミチアキまで54キロ】と【軌道自転車】の文字があった。


 ミチアキとは、ミチアキモラが地下の首都として、ランデル戦争中に作り始めた集落の名だ。混とんの代名詞のように無計画で作られたお陰で、時を経て離れる者が多くなった。今ではポルポを主体にして作られたポルポテッタが、ミチアキモラの最大の集落になっていた。


 ルーシーは背を少し丸めて耳を寝かせ、何度も頭を下げた。

「私ひとりで大丈夫です。みなさんのお陰で、手掛かりもつかめました! これ以上、助けていただくわけには」

 図体と共に態度も大きい事で知られるドゥルフの割には、痛々しいまでの腰の低さだ。


 ルク・ミィアが支払いを済ませ、トスポバーから出てきたのを確認して、ラグはルーシーの隣に歩み寄った。その身長差では、親と子供が並んでいるように見えた。

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