第11章・88節『絡む人』
「盗まれて嬉しい物なのか」
カズラに冷たく指摘されたラグは、すぐさま笑みを崩し、真顔に戻って口を閉じた。
カーネルシアは目前のキノコ達を無言で見ていたが、やがて申し訳程度に茶色のスープを飲んだ後、深皿をそのままルーシーに差し出した。
「お腹が空いているんだろう? 僕の分もお食べ」
細身のカーネルシアにそう言われたルーシーは、顔を真っ赤にして申し訳なさそうに頭を下げた。
「カーネルシア、あなたも食べなければ駄目ですよ。もっと太っていただかないと」
ルク・ミィアが、食べ終えた自身の深皿におかわりをたっぷり入れ、カーネルシアの前に置く。
同時に、カズラの目が汚物でも見たかのように歪んだ。
カーネルシアはむにむに唇を動かし、ルク・ミィアの深皿を両手で持った。とろみのついた熱々のスープとキノコが、一気にカーネルシアの口の中へと流し込まれる。他の4人の目が瞬時に丸くなり、口を開けて固まった。
自分を見ているカズラ達に気づいたカーネルシアは、空になった深皿をルク・ミィアの前に戻しながら一言つぶやいた。
「……あちゅいね」
「ポルポ! 水をくれ!!」
「ポルポさん、お水をお願いします!!」
カズラとルク・ミィアが同時に立ち上がって叫び、騒がしい店内で一瞬注目を浴びた。
ルーシーが混乱を極め、カーネルシアの口元を手であおぎ始めた。
「だ、大丈夫ですか! 火傷しませんでしたか!? カーネルシアさん!」
ラグは何かを思い出した様子で鞄に手を突っ込むと、カーネルシアからもらい受けたブヨ袋をつかみ、カーネルシアの前へと放り投げた。深皿にブヨ袋が当たり、木のスプーンがテーブルの下に跳ねて落ちていく。
「カーネルシア、それを噛みちぎって中の水を飲むんだ!」
ブヨ袋を目の前に投げてよこされたカーネルシアは、しかし、落ちたスプーンを拾い上げ、先をふーふーと吹いて、空の深皿へと戻した。
ルク・ミィアがラグのブヨ袋をつかみ取り、牙を立てるために噛みつこうとした。しかし、カズラがそれをかすめ取ろうと、横から手を勢いよく伸ばした。
とっさに身をよけたルク・ミィアの手中で強く握られたブヨ袋が、ぶにゅろんと外に飛び出る。そして、そのまま青味がかった灰色の岩壁で跳ね返ると、店の出入り口の前へ転がった。
入ってきた客がそれを蹴り、ブヨ袋が飛ばされ赤毛の男の足にぶつかった。赤毛の男ディーは足元のブヨ袋に気が付くと、不思議そうにそれを拾い上げた。
「あ……俺の」
ディーの拾い上げたブヨ袋を、持ち主のラグが悲痛な目で見つめる。
ルク・ミィアはすぐに、自身のブヨ袋をコートのポケットから取り出した。カズラの手を逃れるため、今度は先にカーネルシアのそばへと歩み寄る。カズラがすさまじい形相で椅子を下げ、カーネルシアとの間に入ってルク・ミィアの行く手を妨害した。
「ちょっと! さっきから何してるんですか、あなた!!」
「それをよこせ! 俺がやる!!」
ポルポが、水を入れた木のコップを2つ持ってきて、しっぽを膨らませて立っているカズラとルク・ミィアの前に置いた。2人は我先にコップをつかみ、カーネルシアの前に突き出した。
カーネルシアはそれを無言で見ていたが、やがて口をへの字に曲げて2つのコップを取った。上を向いて水を同時に口の中へ流し入れ、空になったコップをテーブルに置く。
カーネルシアの閉じた口から、空気の逆流する音がこぷこぷと小さく聞こえた。いつものように無表情ながら、火傷を我慢しているという様子でもない。
口の中を開けて確かめたほうが良いのか迷ったが、見たところで塗り薬がある訳でもない。ポルポテッタに医者がいたとしても、できることは限られている。
カズラは自分を落ち着かせるように息荒く、席に戻って腰を下ろした。ルーシーとラグも、挙動不審気味に椅子へと座りなおす。
「み、みなさん、盗まれた繭を、前にご覧になったことが?」
妙な空気と緊張を解こうとしてか、ルーシーが寝かせていた耳をゆっくり上げて話を進めた。
ルク・ミィアが、使い損ねたブヨ袋を少し嬉しそうにポケットへと戻す。ラグは気落ちした面持ちでそれを見つめながら、ルーシーの質問に答えた。
「俺、植物学者なんだ。一昨日サヘー島の庁舎に呼ばれて、その繭を調査したんだよ」
ルーシーの深紅の瞳が、ラグの言葉にわずかに揺れた。
ルク・ミィアはカーネルシアに変化がないか見守った後、深く息をついてルーシーの会話に加わった。
「カーネルシアを待っている間に聞いた女性の言い方ですと、ピンク髪の男性と、もうひとり後部座席に乗っていた男性が、取引場所へ繭を持って行ったんじゃないですか?」
ルーシーはその推測を聞き、失意に息をのんだ。
「そんな!……」
「行き先は多分、セルデンサローのトウノ方面だと思いますよ。まがい物のハリヌ器が好きなトリイ・ハリヌ社は、トウノに本社がありますから」
ポルポテッタからセルデンサローの首都トウノまでは、120キロメートル以上離れている。短距離のグレィマ、ポルポテッタ間とは違い、蒸気機関車は走っていない。
地上に戻り、グレィマからセルデンサロー行きの定期輸送船に乗るか、地下の軌道自転車などを乗り継いでいくしか、道はないと言うことだ。しかし、途中の集落などで取引している可能性もある。となると、探しながら地下を移動するしかない。
「あっ!!」
急に声をあげ、ルーシーが勢いよく立ち上がった。赤毛のディーと、酔って足元がおぼつかないアメが、丁度店から出ていこうとしていたのだ。
ショートボブの黒髪に手櫛を入れていたアメが、声の上がったテーブルに顔を向けた。アメのピンク色の瞳に、カーネルシアの小さな背中が映り込む。
「やだ、なぁに? あんたら、こんな所に子供連れて来てるの?」
トスポバーの扉を開けようとしたディーも、アメに気付いて足を止めた。片手でブヨ袋をしっかりもみながらも、表情だけはどことなく凛としている。
「アメ、酔っている時に絡むのはやめた方がいい」
ディーの忠告もむなしく、アメが獲物を見るような目でカズラ達のテーブルへとやって来た。腰に手を当て、美しいカーブを描く上半身を見せつけるように反らしている。
「なにこのテーブル、動物ご一同様? 犬と猫と……モラの飼い主はぁ……」
カズラ達を順に眺めたアメの視線が、未だに背を向けているカーネルシアに留められた。
「人間のお子ちゃまだぁ~」
アメは腹を抱えて笑い出し、整えたばかりの髪を振り乱した。
カズラはアメのその様子を見て、激しい嫌悪が沸き上がるのを感じた。兄達がコワト村の家に連れ込んでいた、快楽だけを求める女達を彷彿とさせたのだ。
薄暗がりの店内で、ようやくカズラの肌の色に気付いたディーが、ぎょっとしてアメの腕を引いた。
「おい、あいつ……ケルワーズが言っていた奴じゃ」




