第11章・87節『繭との関係』
「どうして……どうしてそれをご存じなんですか?」
酷く怯えた様子で、ルーシーがカズラの顔を見つめた。
ルク・ミィアは自身の声を遮るように、テーブルへと身を寄せてルーシーとの距離を詰めた。そして、ピンク髪の男にサヘー島近くのチョスポで出会っていること、サヘー島のゴンゾー街でも絡まれたことを伝えた。
ルーシーの表情に明らかな動揺が浮かび、眉が不安そうに傾斜を描く。
「ここへ来る前、グレィマのフジシマでも、ピンク髪の男性が運転している車を見ました」
情報を追加したルク・ミィアに、ラグは合点のいった顔をしたが、すぐに別の疑問が沸き上がった。
「カズラはどうして『あの繭』が盗まれた物だと思ったんだ?」
ラグがカズラ達に繭の話をしたのは、ゴンゾー街でラグの同僚であるウタゲと話をした時だ。ラグの疑問に代わりに答えるように、ルク・ミィアが補足した。
「ここでトリイ・ハリヌ社の話をしていた赤毛の男性。その自動車の後部座席にいた方ですよ。同席している赤い服の女性も、助手席にいましたよね」
「ええ!?」
今度はラグが驚いた声を上げた。ラグも繭の下りは耳にしていたが、これから何を食べるか考えていたため、うわの空で聞き流していたのだ。
「お前、気づいていなかったのか」
慌てて口を手でふさいだラグを、カズラが呆れたように見返した。
「ご、ゴーグルをつけていたから……。2人とも、よく見てたな」
髪の色が正しく見えていなかった事を強調しつつ、ラグが目を泳がせた。
「俺は、女が言っている繭が盗まれた物だろうとは思ったが、お前が思っている『あの』繭と同じ物かどうかは知らない」
この短絡的なミチアキモラは、いつか詐欺師に引っかかるのではないかとカズラは思った。
ラグは人間の男女の姿を確認しておこうと、不自然に斜め後ろを振り返った。女の方はすっかり出来上がったようで、テーブルに突っ伏し箸で食器を叩いている。男の方はと言うと、つまみのヒエキノコに夢中になっている様子だ。
ピンク髪の男の姿は見えなかったが、しばらくは2人が席を立つことはなさそうだ。
「あの、もしかしてその人達がどちらに向かったか、ご存じだったりしませんか?」
奥の席にいる2人の存在を知らないルーシーが、必死に手掛かりをつかもうとしてきた。体格はドゥルフとして申し分ないものだったが、怖がりなのか、心内の不安が深い紅色の瞳からあふれてきている。
ルク・ミィアは、2人のいるテーブルをちらりと見ると、少し間を置いて口を開いた。
「ピンク髪の男の行方は知りませんが、男と行動を共にしていた2人でしたら、店の奥で飲んでいますよ」
それを聞いたルーシーは、尻を針で刺されたように飛び上がった。
同時にポルポが、湯気の立っているキノコのニューニュー煮と、深皿を人数分持ってやって来た。
テーブルの中央に置かれた大きなニューニュー煮の鍋から、香ばしくも優しい甘さの匂いが漂ってくる。早速、ラグが鍋に入れられていた木のスプーンで、数種類のキノコとスープを自身の深皿に取り分けた。
「ここで食べながら待っていれば、ピンク髪の男も来るかもしれないな」
立ち上がって店内を見回しているルーシーを見て、カズラはルク・ミィアとラグをまくためには、どうしたら良いのかを考え始めた。
繭などどうでも良かったが、これを利用する手があるのではないか。
ラグもルク・ミィアも、ルーシーに対して親切心を見せている。このまま会話を続ければ下心が強くなり、助けるためだと言って彼女についていくかもしれない。
「ラグの言う通りだ。今あいつらに詰め寄ったところで、盗人ならシラを切るか逃げ出すのが落ちだ。確実に繭を取り戻したいのなら、ピンク髪の男を待つべきだな」
ルーシーはカズラの言葉を聞き、少しためらった後、再び席に腰を下ろした。
いつになく饒舌なカズラに、ラグとルク・ミィアが意外そうな反応を見せた。女に興味はないとでも言わんばかりに、ルーシーとの間にカーネルシア用の椅子を置いていたのは、ただ女性に慣れていないがゆえの、警戒心から来るものだったのだろうか。
2人はそれぞれが心の中で、カズラの出方を注意深くうかがった。
店に新しく入ってきた客の手で、トスポバーの扉がきしみながら開け閉めされる。空気の流れに乗ったニューニュー煮の匂いが、ルク・ミィアの鼻にふんわりと届く。その存在を忘れていたように、深皿のひとつを慌てて手に取ると、鍋の中身をたっぷりと入れた。
「さあ、どうぞ、カーネルシア。たくさん食べてくださいね」
そう言いながら、随分長く口を閉ざしたままのカーネルシアの前に、深皿を置こうとした。しかし、カーネルシアの席がいつの間にか空になっていた事に気づき、ルク・ミィアがしっぽを膨らませて飛び上がった。
「?」
カズラもカーネルシアの席に目を移し、同じく驚愕した顔で立ち上がる。
「カーネルシア!?」
どことなく人間離れした容姿の割に、空気のような存在感だったとは言え、カーネルシアが動いたことに、誰一人気付いていなかった。
何も言わずにカズラを置いて、バーの外に金を稼ぎに行ったのだろうか。
取り乱しているカズラとルク・ミィアを見て、ルーシーがまた怯えたように視線を往復させた。そして、カズラの背後でその目を止め、何かを注視しているように身を乗り出した。
「カーネルシアさん?」
ルーシーの言葉に、カズラが首を痛めそうな勢いで振り向く。カズラの椅子の真後ろには、カズラのしっぽに魅入っているカーネルシアがしゃがみ込んでいた。
「そんな所で何をしている」
気が抜けていくように椅子に尻を落としたカズラが、カーネルシアを見下ろしながら言った。
カーネルシアはカズラのしっぽから目を離すと、口をむにむにさせながら自分の席に戻った。
「カズラしゃを愛でていただけだ。僕のことは気にしなくていい」
ルク・ミィアも、安心したように小さく息をついて椅子に座った。
「かぁねるしぁ、驚かさないでください。そんな変なものを見ていないで、さぁ、冷めない内に食べましょう。ルーシーさんもどうですか? 夕ご飯には少し早い時間ですが」
ルク・ミィアの誘いに、ルーシーが感動して目を輝かせた。
「あ、ありがとうございますっ! 最近、携行食しか食べていなかったので、すごく嬉しいです!」
ルーシーの素直な様子に、ルク・ミィアが目を細めてにこりと笑った。カズラは頑としてルク・ミィアのお情け、もとい奢りを受ける気になれないらしく、鍋に手を付けようとしていない。
ルク・ミィアはそれならと、カズラの分も容赦なく器へと移し、ルーシーに手渡した。
深皿で湯気を出しているニューニュー煮を味わいながら、ラグが思い切ったようにルーシーに話しかけた。
「それで……君と繭との関係は?」
和らいでいた空気が、再び緊張を伴ったものに変わる。ルーシーは質問に答えるために、口に入れたばかりのネバテを噛まずに飲み込むと、深皿に木のスプーンを戻して目を伏せた。
「わた、私……その……。サヘー島から繭を……繭の警備を、依頼されたと言いますか、付き添いと言いますか……」
ルーシーの体に、エメラルド色のしぼんだしっぽが寄り添う。クースフローの細くやわらかなしっぽとは異なり、強く硬そうなトップコートが生えている。
カズラは、そんなルーシーの物でも、ルク・ミィアの物でもなく、自分のしっぽをカーネルシアが【愛でて】いたことに、ひとり上機嫌になっていた。カズラの足に沿わせた紫色のしっぽが、満足げに椅子の上でゆったりと揺れている。
「! じゃあ、やっぱり盗まれたのはあの繭だ」
なぜか嬉しそうな声を上げ、ラグが笑顔を見せた。




