第11章・86節『ルーシー』
トスポバーの中に入り、3人は隅にあった最後の空きテーブルに着いた。店員のポルポに合図を送った後、テーブルの上にあるランプを各々が黙ったまま眺める。
ランプの下部には地衣類が詰められ、そこに名前の知らない発光キノコが生えている。壁の色とは対照的な淡く夕焼け色に光るキノコで、暗い店内は落ち着いた優しい色合いに満たされていた。
酔っている客に肌のことで絡まれる事が嫌だったカズラは、店の壁に向かうように座っていた。
背後にいる客達の笑い声や自慢話、ポルポを呼びつける声などが、切れ間なく反響して届く。まだ日没前のはずだが、地下に入ると時間の感覚が狂うのか、もう泥酔している客もいるようだ。
カズラの対面にいるルク・ミィアが、椅子の横に立てかけた黒い長鞄の中をのぞき込んでいる。ハリヌ器の点検でもしているのだろうか。
「ねぇ~、ディーさぁ。あの大きな繭、いくらで売れると思う? って言うか、あんなもの売れる? 何のために買うのよ」
喧騒の中、2つテーブルを挟んだ奥の席で、人間の男女が話しているのが聞こえてきた。
カズラはその姿を客達の間から視認した後、酷く不愉快そうに目をそむけた。
「俺に言われても困る……。それより、飲みすぎじゃないのか、アメ」
赤毛の男ディーは、さらに深い赤色の派手なシャツを着た女アメに、距離のある物言いで答えた。
「えー、だってケル達が会いに行ってるのって、ディーの元同僚なんでしょ? あんたも数年前までトリイ・ハリヌ社で働いてたって言ってたよね」
トリイ・ハリヌ社の名がアメの口から出た途端、ルク・ミィアの耳がくるりとそちらに向けられた。
ルク・ミィアが勤めている会社、アーモ・ハリヌとハリヌ器のシェアを争っているライバル社の名だ。セルデンサローに本社があり、安価で低機能のハリヌ器を売りつけていることで有名だった。
ターゲットは若者で、チァーラの実の温度維持機能より、視覚効果に重きを置いていた。それはルク・ミィアに言わせれば、ハリヌ器に見せかけただけの玩具だった。
テーブルにやってきたポルポからメニューを受け取りながら、ラグがルク・ミィアの顔をちらりと見る。
「トリイ・ハリヌもランデル・ハリヌ器を売ってるんだよな?」
ラグもその話を聞いていたらしく、誰に気を遣っているのか声をひそめる。ルク・ミィアは耳を再び回転させて戻し、何食わぬ顔でメニューを広げた。
軽木に貼り付けられた紙に、キノコとスズモロの料理、そして酒やキノコ茶が並んでいる。他には少しの魚料理があるばかりだ。
「カーネルシアが来るまでは、何か飲むだけにしておきましょうか」
金の無いカズラは、ルク・ミィアの提案に返事をせず、無言で両腕を組んだ。
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ポルポテッタの駅前広場から少し外れた路地で、カーネルシアは壁をまじまじと眺めながら歩いていた。
通路は時折他の道と交差していたが、カーネルシアの進む歩調は迷いのないものだった。
次第に、どこかから誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。カーネルシアは薄暗い路地の奥で、背の高いドゥルフの少女が猫背になって泣いているのを見つけた。
音もなく近寄っていくカーネルシアに気づかないまま、少女は流れる涙を必死で拭い続けていた。自分より30センチメートルほど高い少女の真横に来たカーネルシアは、無表情のまま少女を見上げた。
少女はフジシマの地下駅の窓口で見た、エメラルド色の髪をしたドゥルフだった。あの時よりも、獣臭とすえたような匂いが強くなっている。
「どうじよう゛……どう゛しだらいい゛の」
ドゥルフの少女は肩を震わせながら、何やらぶつぶつと呟いている。下を向いて泣いている少女の顔を、カーネルシアが真下からのぞき込んだ。
「ひい゛っ!?」
少女は体をびくつかせ、文字通り飛び上がって驚いた。低い天井に、思い切り頭が当たる。
[ゴッ]
「う゛っ゛」
うるんでいた目からぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、少女は壁際に体を寄せ、カーネルシアのために通路をあけた。
「すびま゛せん゛……通れ゛ますか?」
少女は痛む頭を押さえながら、鼻をすすって涙を大急ぎで拭った。
カーネルシアは少女をじっと見ていたが、やがて歯を不自然に見せて笑い、少女をささやかな恐怖へと陥れた。
カーネルシアがその少女を連れてトスポバーに入ってきたのは、それから間もなくの事だった。
見覚えのあった少女の顔を見て、カズラが不信そうに立ち上がる。少女も、カズラの特異的な肌色を覚えていないはずもなく、深い赤色の目を見開いた。
「困っていたから、連れてきた。ルーシーって言うんだ。とてもいい子だから、みんな仲良くするんだよ」
カーネルシアは最後に、また語尾になるにつれ消え入る高い声で言い、隣に縮こまって立っている少女ルーシーを紹介した。低い天井のおかげで、背の高いルーシーの迫力に拍車がかかる。
ルーシーは顔を真っ赤にして、目の前にいる3人にぎこちなく頭を下げた。
「は、初めまして、私、ルーシーです」
クースフローよりも大きく縦に長い耳が、完全に後ろを向いて下がっている。カズラは表情を一段と険しくし、小汚い濃い灰色の外套を着たルーシーの姿を、上から下まで睨んだ。
(とても?)
小さな茶色の背負い袋を持ち、色白の頬を緊張でこわばらせ、暗い中でも目が潤んでいるドゥルフの少女。
(とてもいい子?)
まるで自分の相対的な価値が下げられたと言わんばかりに、カズラから得体の知れない威圧感が噴き出した。
ルク・ミィアも席を立ったが、カズラとは真逆の爽やかな笑顔をルーシーに見せ、早速名刺を差し出した。
「初めまして、ルーシーさん。私、グレィマのアーモ・ハリヌ社で営業をしている、ルク・ミィアと申します」
ルーシーは名刺をもらい慣れていない様子で、慌てて頭を何度も下げながら、名刺を両手に収めた。
「俺はラグ。困っていたって言うのは?」
ラグが親身そうに声をかけながら、大人の余裕を見せるように、ゆっくりと立ち上がる。しかし、鞄のショルダーベルトをしっかり握りしめているところを見るに、緊張はしているようだ。
壁際に積んであった椅子を、ルク・ミィアが手際よく運ぶ。そして、カズラとカーネルシア用の席の間に静かに置き、ルーシーに座るよう促した。恐縮しながら椅子に座ったルーシーは、ドゥルフ特有の鋭く尖った耳を再び下げ、言いにくそうにうつむいた。
カズラは無言で自分の椅子をラグ側に寄せると、カーネルシア用の椅子を引きずり、ルーシーとの間に置いてカーネルシアを座らせた。
ルーシーは他の客に声が漏れないよう、注意深く話し始めた。
ルク・ミィアが慣れたように相槌を打つ。そして話を中断させないよう気遣いつつ、ポルポに【たっぷりキノコのニューニュー煮鍋】5人前を頼んだ。結果的にルク・ミィアの奢りとなり、カズラが露骨に嫌な顔をした。
ルーシーの話を要約すると、大切な物を盗まれ、犯人を追いかけて来たはいいものの、見つけられずに途方に暮れていたのだと言う。
「どんな物を盗まれたんですか? お財布とか?」
ルク・ミィアの質問にどう説明するか迷った様子で、ルーシーが視線をテーブルの中央にあるランプへと落とした。
「えと……その……大きな……大きい……丸い……」
ルーシーは、まるで折りたたまれでもしたかのように、肩をすぼめて体を小さくしている。ランプの発光キノコの傘を見つめ、裂けた部分の輪郭を目でなぞっているようだ。
「盗んだ奴は、どんな感じの容姿だった?」
冊子にメモを書き込みながら、ラグが昨日の朝受けた聴取をまねるように質問した。
「あご……くらいの長さの、ピンク色の髪で、人間の男性でした」
その言葉に、カズラの耳としっぽが素早く反応した。カズラが想像した相手と同じ人物に行き着いたように、ラグとルク・ミィアも息をのむ。
「盗まれたのは『繭』か」
カズラが同じくランプを見ながら、ぼそりとこぼした。ルーシーは宝石のような深紅の瞳を大きく広げ、青ざめた顔で体を起こした。




