第11章・85節『ポルポテッタ』
列車は滞りなく、定刻通りにポルポテッタへと到着した。
駅から出てすぐの広場にある天井には、チョスポよりも巨大な吹き抜けがあり、その先端はテッタ島にある裂け目へと続いていた。
穴の外には何かの植物が生えているらしく、日が傾き始めた遠い曇り空に、ギザギザの影絵を作り出している。
広場の壁に、チョスポ同様、キノコ栽培のための榾木が組まれていた。成長途中のヒエキノコの他に、ケラ茸やメンツブ茸も植えられている。
その一角に、チョスポで見た物と同じトスポバーの看板が立てかけてあった。
「ここにもあるのか」
天への開口部を眺めた後、地下の世界に再び視線を戻したカズラが、あせた看板に気づいてつぶやいた。
体感温度は変わらないものの、カーゴパンツのポケットから丸めた風防服を取り出し、袖を通す。
「ここが本店ですよ。トストスポーがいますから」
ルク・ミィアはそう言うと、木製のドアを開けて中をのぞいた。
「トストスポー?」
ラグもルク・ミィアの後ろから店内の様子をうかがう。チョスポのトスポバーに比べ、かなり広そうだ。滑らかな壁は青味がかった灰色で、なかなか洒落た雰囲気になっている。
「店長のポルポの名前ですよ。つまり、ポルポ便の総元締めです。どのポルポも体の色が水色がかった灰色ですが、トストスポーだけは綺麗な水色なんですよね」
空いたテーブルを見つけたルク・ミィアは、壁際に飾られたキノコを眺めていたカーネルシアを呼んだ。
「中途半端な時間ですが、中でお食事にしましょう」
カズラがルク・ミィアの誘いを聞き、耳を神経質にぴくぴくと動かした。切符代の次は食事代。その次は宿代だ。
このままでは、自分が金を稼いでいる間、カーネルシアは2人とたっぷり友好を深めていくことになる。
カズラが暗い顔をしていることに気づいたカーネルシアが、カズラの袖をちょいちょいと引っ張り、店の外の離れた場所へと連れ出した。
「カズラ、今度は僕がお金を稼いでくる。だから、カズラはルク・ミィアとラグと一緒に、トスポバーで待っていてくれ」
カーネルシアの背後にくっついて来たルク・ミィアが、カズラよりも先に渋い表情で口をはさんだ。
「カーネルシア、あなたの分は私が支払います!」
しかし、カーネルシアは首を振ると、カズラとルク・ミィアの顔を交互に見上げた。
「カズラも2人と仲良くしたいんだ。それに、僕はずっとルク・ミィアに頼ってきただろう? それでは駄目だ。『人と暮らす30のひみちゅ』の17番目にも、助け合えと書いてあったからな」
カーネルシアのずれた解釈に、カズラの心が堰を切った。
「違う! 俺が仲良くしたいのはお前だけだ!!」
「違いますよカーネルシア! どうして私を頼ることが駄目なんですか! それに、あなたが先に私を助けてくれたんですよ!?」
ルク・ミィアがしっぽを膨らませ、カズラの声を上書きして叫ぶ。
ドアの近くにいたラグは、カズラとルク・ミィアの理解しがたい勢いに圧倒され、赤の他人の振りをするか迷いながら目を泳がせた。カーネルシアに対して熱くなっているのか、それとも互いに負けたくない気持ちだけで言い合っているのか。どちらにせよ、ラグには分からない異質な世界だ。
「ルク・ミィアはカズラと違って、その内僕から離れて行くだろう? そうしたら、ルク・ミィアに何も返してあげられなくなる」
それを聞いたカズラの口角が、不意に上へと曲げられた。同時に、ルク・ミィアの眉が険しく寄せられた。
「何かを返していただくためにお金を出しているつもりはありません!!」
ルク・ミィアのあまりに必死な訴えが、広場を行き来する人々の視線を一斉に集めた。それに気づいたルク・ミィアは、小さく咳払いをして身をかがめた。
「あなたは孤児として、長くお辛い思いをされてきたでしょう。ですから、しばらくは私を頼っていただきたいんです……」
ラグがルク・ミィアの気持ちを知り、自身の幼稚な推測を恥じながら、薄い黄土色の目をうるませた。しかしカズラだけは、ルク・ミィアが自身の言葉に酔いしれていることを見抜いていた。
何よりも、カズラの折角の決め台詞が台無しにされたのだ。このままでは、この鼻持ちならない黄緑色の営業猫に、カーネルシアが懐いてしまう。
ルク・ミィアが更に悦に入った顔で、カーネルシアの瞳に浮かぶであろう感情を待った。
だがその意に反し、カーネルシアの青紫色の瞳は、無表情のままで微動だにしなかった。
「僕は辛い思いをしていない。にゃんにゃんは愛されるために居るんだろう? だから2人とも、僕の言うことを聞いて、仲良くトスポバーで待っているんだ」
ルク・ミィアの渾身の訴えを、カーネルシアがあっさり拒絶した。やり取りを一歩引いて見ていたラグへと、カーネルシアの顔が向けられる。
「ラグ、2人を頼んだよ」
語尾になるにつれ、不思議な抑揚で声が高くなり、そして消え入るようにカーネルシアが言い終えた。カーネルシアはそのまま人ごみに紛れ、そそくさと何処かへ行ってしまった。
残されたそれぞれが、口を半開きにして言葉を失う。
【愛されるために居るんだろう?】
その軽く甘美な響きが、クースフローの脳裏で繰り返された。
【愛される】
アーサニカーという星に生まれて以来、体験したことのないもの。誰に聞いたのかは知らないが、よくカーネルシアにそれを教えてくれたものだと感謝した。
愛したいというのなら、甘んじてそれを受けるだけの素直さはある。身に受けてみたいものを、格好をつけて拒否するほど、まだ愚かではないはずだ。
その代償で猫として扱われても、まぁ、相手が子供なのだから許してやろう。カズラはしっぽをぶるぶると振るわせて、心底そう思った。




