第2章・9節『旅のお供』
カーネルシアの不思議な返事に、ルク・ミィアはカーネルシアから一旦顔を背け、首を少しひねった。しばらくした後で気を取り直し、再び営業スマイルを顔に貼り付ける。
「弊社では、ランデル・ハリヌ器の開発製造、そして販売を行っているんです。あの、失礼ですがハリヌ器はご存じですか?」
道のぬかるみを器用に避けながら、カーネルシアは淡々と道を南に向かって進んでいく。ルク・ミィアも足を大きく広げて、足元のぬかるみと水たまりを避けた。
「ん゛ん゛」
再びカーネルシアがうなるような声をあげて、首を横に振った。途端に目を輝かせ、ルク・ミィアがその後10分ほど、ランデル・ハリヌ器の構造と、自社のハリヌ器が、どれほど他社に比べて素晴らしいかを力説して見せた。
ランデル・ハリヌ器の動力源。
そのランデルは、チァーラの実の中にある時のみ、皮の外と同じ温度に48時間変化させる事ができた。温度記憶には一瞬通電する必要があり、一度通電したランデルは、48時間が経過してランデルが崩壊するまでの間、記憶された温度を保ち続けた。
その温度は下限を-15度、上限を120度としており、その範囲外の温度には、どんな技術をもってしても変化しなかった。そして、それだけではなく、温度記憶させた実を入れた1リットル程度の液体も、1分でその温度に変化されられたのだ。
ルク・ミィアの説明を端的に言えば、ハリヌ器とは限度内の温度に変更したチァーラの実、あるいは液体を噴霧できる装置だった。
「一般のご家庭では、消火器や防犯に利用されることが多いんです。もちろんそれ以外にも、様々な状況に対処できる付属部品を、多数ご用意しておりますよ」
一通りの説明が終わったようで、その出来に満足したらしく、ルク・ミィアが笑みを浮かべてうなづいた。一般のご家庭と言ってはいるが、チァーラの実が常に供給不足である事を考えれば、使用できるのは上流階級の家庭に限られることだろう。
ルク・ミィアが言うには、サヘー島の特別保護区にも販路を拡大するため、本社のあるグレィマから、わざわざ派遣されて来たとのことだった。ひとまず目当ての村を回り切り、グレィマに戻るため、島の港街であるゴンゾーに帰ろうとしていた。そして道中、玉飛草の災難に見舞われたのだと言う。
カーネルシアはルク・ミィアを見上げて立ち止まると、首をゆっくり横に振った。
「僕はお金を持っていないんだ。だから何も買ってあげられない」
その答えに、ルク・ミィアは少し困ったような顔で笑った。
「ええ。分かっていますよ。あなたの格好を見れば一目瞭然です」
ルク・ミィアは両肩を持ち上げると、はにかんだ顔をして見せた。
「正直言うと、ゴンゾー街まで一緒に行っていただける方を探していたんです。昨日、近くの村で放火窃盗騒ぎが起きたでしょう? なんでも、ドゥルフの窃盗団が悪さをしているとか。割と高価な機材を運んでいますから、ひとりだと心細くて……。ご迷惑はおかけしませんから、ご一緒してもよろしいですか?」
そう言って、恥ずかしそうにルク・ミィアがうつむいた。機材とは、背中に担いでいる、黒光りした長鞄の中身のことを言っているのだろうか。確かに、カーネルシアが持っている荒い目の布地で作られたカバンと異なり、防水加工でも施してあるような高級さを感じる。
カーネルシアは興味深そうにルク・ミィアを見つめていたが、やがて抱えていたカバンを見下ろし、再びルク・ミィアに顔を向けた。
「にゃんにゃんを見るのは好きだから、僕は構わない」
それが自身のことを指すと気づいたルク・ミィアは、一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに満面の笑みでカーネルシアに頭を下げた。
「ありがとうございます! 助かります、本当に!」
そして、カーネルシアの顔をのぞくように屈み込んだ。
「ところで、あなたの事をまだ何も教えていただいていないのですが……」
言葉の意味を数秒考え、昨日のカズラの反応を思い出しながら、カーネルシアが口を開いた。
「カーネルシア」
ルク・ミィアの黄緑色の長い毛が生えたしっぽが、ぴくんと動いた。
「可愛らしいお名前ですね! よろしくお願いします、カーネルシアさん」
屈託のない笑みが、ルク・ミィアの顔を飾る。営業を仕事にしているだけあり、輝くほど魅力のある柔らかな表情だ。
「カーネルシアと呼びたければ、そう呼んでも構わない」
カーネルシアは無表情のまま呟くと、再び道を黙々と南下し始めた。




