第11章・83節『案内役』
その後も、カズラは人間を何度も盗み見たが、人間はやはり無我夢中でブヨ袋を揉み続けていた。まるで、隠されていた真理でも見つけたかのような眼差しだ。
「あの……何か、特別な物だったんですか? あのブヨ袋」
そうとしか考えられないように、ルク・ミィアがカーネルシアに小声で聞いた。
「ん゛ん゛。ただ、柔らかくしただけだ。みんな、柔らかいものが好きだろう?」
カーネルシアは、手の中の小さなブヨ袋を、またもみもみと捏ねている。
「柔らかいだけで、あんな風になるか」
人間をしり目にカズラが否定する。
ルク・ミィアもカズラ同様、カーネルシアの後ろにいる人間の反応を、納得のいかない顔で見ている。
「好きと言えば好きですが……だとしても、あれほど夢中にはなりませんよ」
ラグはカーネルシアの持っているブヨ袋に目を留め、少しの間貸して欲しいと頼んだ。カーネルシアは斜め前の席にいるラグに腕を伸ばし、無言でブヨ袋を手渡した。
手のひらに丁度納まるブヨ袋を、ラグがじっくり観察する。カーネルシアの体温でぬるくなっているが、何の変哲もないエメラルド色の藻だ。小さな凸凹があちこちにある外膜。中にため込まれた水が、透いた光を手の影に落とす。
ラグは小首を傾げながらも、指で包み込み、ブヨ袋を握ってみた。
指の腹がブヨ袋の外膜に密着し、とろける様に弱く、しかし弾む反発力を感じ取る。
脊髄から気が逃げていくように、ラグの体から見る間に力が抜けていく。恍惚としか言いようのない感覚が、その空いた場所へと入り込み、心を隅々まで満たし始めた。
目を閉じ、口を半開きにしてブヨ袋を揉みしだき始めたラグを、ぎょっとした目で隣のルク・ミィアが見る。
ラグが、生まれて初めて永遠を手に入れたくなった瞬間だった。こんな代物がこの世にあったとは思いもしなかった。それも、自身が生まれた地下の世界に、いくらでも転がっていた物だ。それをしばらく揉みこむだけで、これほどまで極上の触感に出来ると、なぜ誰も気が付かなかったのか。
揉めば揉むほど、心の奥にため込んでいたストレスが消えていく。この中に顔をうずめ、一生そこで寝ていたいとさえ思った。
「ちょっと失礼」
ルク・ミィアが我慢できずに、ラグからブヨ袋をかすめ取った。ラグはそれに気づかないまま、何も持っていない手で空気を揉み続けている。
ブヨ袋を握り始めたルク・ミィアの顔からも、驚きと快感があふれ出し、これ以上ないほどにとろけた。
「何ですかこれ……なぁんですかぁ? かぁねるしぁぁん」
総毛立つようなルク・ミィアの声に、カズラが絶句して目を剥いた。
カーネルシアはその反応を見もしないまま、次の更なるブヨ袋を無表情で揉んでいる。
「カズラも欲しいか?」
「要らない!」
カーネルシアに即答したカズラは、ブヨ袋が手を出してはならない禁忌の物のように、体を機関車の壁に押し付け距離をとった。
カーネルシアがラグの手に次のブヨ袋をはめ込む。ポルポテッタに到着するまでの間、人間とルク・ミィア、そしてラグは、ついに夢心地の世界から戻って来なかった。
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その頃、ユズユキ・カシワは苦労に苦労を重ね、地下の集落チョスポにようやく辿り着いていた。棒茸以外の光を見つけた時の心境は、筆舌に尽くしがたいものだった。
ここまでの経路では、治安維持部隊の報告書との大きな差異は認められなかった。カシワは、チョスポで最も人が集まると聞いたトスポバーへと向かった。
そして、店にいた数人の客とポルポに、最近おかしなことが起きていないかと聞き込みを始めた。
治安維持部隊も周辺はすでに捜索していたが、人手不足に慣れない地下世界という事もあり、ろくに時間を割いてはいないように思えた。
昼前に地下通路へ入ってからこの方、ずっと暗闇の中にいたお陰で、既に夜中であるかのような錯覚に陥る。しかし、カシワの腕時計はまだ15時半前を指していた。
客たちは既に酒を飲んでいい気分になっていたが、一人が気になることを話し出した。旧トロッコ線のゴンゾー駅に以前から放置されていたはずの軌道自転車が、なくなっていると言うのだ。老朽化でブレーキが壊れていたため、修理をする予定だったのだが、落盤事故で板金屋に持っていくことが出来ないままだったという。
確かに、カシワがゴンゾー駅だと思われる場所を通過した時には、軌道自転車など見かけなかった。しかし落盤のあった場所の手前で、レールに最近ついたらしき傷があった。
付近には、地図上で崖と湖が書かれており、カシワも暗闇の中で石を投げ入れ、その存在を確認していた。闇の底で口を開けた湖は、まるで底なしの穴のように見えた。
その傷が脱線事故の跡だったとすれば、軌道自転車に乗っていた者は、さぞかし悲惨な最期を迎えたことだろうと、カシワは小さく身震いをした。
それぞれの客に聞いたことを、念のためにメモにまとめたが、まずはヤマト島への地下通路を調べるつもりだった。
ヤマト島でシカヤマと共に、地下通路への入り口付近は捜査していた。だが、そこから先は数本の通路が伸びており、そのどれにも目ぼしい物を見つけられなかった。
ヤマト駅にあったトロッコレールなども、時間をかけて念入りに調べ上げていた。しかし、木箱の木くずなどの形跡は見つけられなかった。もし木くずがあったとしても、地上に買い出しに行った者たちが落とした物である可能性もあった。
チョスポから先の地下通路は、治安維持部隊の捜査範囲外だった。カシワが幾ら優秀であり、度胸もあると自負していても、さすがに一人で捜査するには危険が大きすぎた。更にシカヤマが不在である以上、ここからの単独捜査は国際捜査機関の規定に違反する事になる。
カシワはようやく荷を手放す時が来たとばかりに、持っていた荷物の中から重い袋を取り出した。中には、ゴンゾー街で仕入れたスズモロの実が、ぎっしりと詰め込まれていた。
「これで、ひとり地下通路の案内役を雇いたいのですが。それから、簡単な昼食も」
トスポバーのポルポにそれを見せると、ポルポは嬉しそうに目玉をくりくりと動かし、踊るように袋をひげ触手で持ち上げた。
「1ポと食べ物ね? 分かったのね」
ポルポは、チョスポでとれた数種類のキノコの炒め物を作り、カシワに与えた。カシワはキノコを味わう時間も惜しむように、流し込んで食事を平らげた。
奥から呼ばれて出てきた別のポルポは、トスポバーのポルポと何が違うのか、カシワには全く判別できなかった。
だが、ポルポでありさえすれば問題はない。ゴンゾー街からラジオ放送を利用した暗号化通信で、カシワは国際捜査機関にポルポを捜査証人として申請し、許可を得ていたのだ。
カシワは店のポルポに礼を言うと、案内役のポルポと共に、ヤマト島方面への地下通路へと消えていった。




