第11章・81節『列車』
ルク・ミィアの完璧な誘いも空しく、カーネルシアはカズラを置いて列車に乗ろうとはしなかった。
「カズラさんと一緒に行きたいとおっしゃるのには、何か特別な理由でも、おありだからですか?」
切符を不愛想な顔で淡々と売っているカズラを見る限り、人を魅惑するような何かがあるとは思えない。しかしカーネルシアは、カズラの姿を愛でるように見ながら、首を縦に動かした。
「ん゛。カズラはヤ゛ルディだからな」
カーネルシアが、聞き慣れない単語を口にする。
その奇妙な発音を耳にして、ラグとルク・ミィアは駅の雑音のために聞き違えたのかと考えた。
「ヤルディ?」
ラグがカーネルシアに確認するように聞き返す。
「ヤ゛ルディだ」
すりつぶされたような声を出して、カーネルシアが修正した。
ラグは何度か発音を真似ようと、喉をつぶすように試行錯誤していたが、やがて諦め深く息を吐いた。
「それって、どういう意味だ?」
ラグの質問に、長く首をかしげていたカーネルシアだったが、やがて適切な言葉を見つけた様に答えた。
「守る者」
「保護者のことを言っているんですか? そうは言っても、あなたの後見人として正式に登録した訳ではないと思いますよ。きっと、カズラさんのただの自称です」
冷えた空気の中で、ぴりびりとしたルク・ミィアの声が響いた。カズラが人ごみの中で、こちらに注意深く耳をそばだてている。
ラグは再び鞄から冊子を取り出すと、どう書き留めるか頭を悩ませているように、紙巻き鉛筆を宙で泳がせた。
「それなら、私もカーネルシアの保護者になります。いえ、守護者ですね!」
ルク・ミィアが怒りにも似た感情をこめ、カーネルシアに訴えた。
その勢いにラグが思わず顔を上げる。
守る者とは言っても、何から守る必要があると言うのだろうか。ラグは冷静に考察しながら、冊子の空白に毛の長い猫が釣り目で叫ぶ絵を描いた。
カーネルシアはベンチから降りると、斜め掛けしていた灰色のカバンの位置を調節した。
「今はまだダメだ」
否定する気が無いのかと思えるほど、角のない穏やかな口調だ。そしてもたもたとちょっとずつ、もたちょもたちょと床を踏みしめ、そこら辺をうろつき始めた。
不服そうに唇をすぼめたルク・ミィアが、ため息をついてベンチに座り直す。
「カーネルシアにずいぶん入れ込んでいるみたいだけど、営業の仕事を放り出して、大丈夫なのか?」
他人事のように言うラグに、ルク・ミィアが肩をすくめた。
「放り出してなどいませんよ。ハリヌ器を売り込みに行く場所は、どことは決まっていませんから。人のいるところ全てが、私の仕事場です。ラグさんこそ、カーネルシアについて回る理由はない気がしますが。カレー豆の場所は、地図に描いていただいたら良いですし」
痛いところを突かれたラグは、誤魔化すように咳ばらいをして、適当な理由を探し始めた。
「行ったことのない場所で、チァーラの木に関する文献を探せるからだな。ひとりで旅をするのには、ちょっと勇気が足りていなかったんだ。俺……いや、ミチアキモラって、割と小心者だから……。それに、ここしばらく、まともに休みを取っていなかったのもある。たまには息抜きをしないとな?」
当たり障りなく説明しながら、ラグは横目でルク・ミィアの反応を盗み見た。
ルク・ミィアは、そんなラグの弁明に納得した様子で、それ以上何かを聞いてきたりはしなかった。
◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
タイジュ・オオイシは、30分前にサヘー島のゴンゾー湾に着いていた。シカヤマを探すため、狭い港を走り回ってはみたものの、結局姿は見つからなかった。
サヘー島は村々で発生した窃盗事件と、2隻の定期輸送船での大規模窃盗事件以降、警戒態勢をとっていることは知っていた。
チァーラの一時保管庫になっている倉庫付近にいた、治安維持部隊のドゥルフの男に近づき、タイジュは持っていた身分証明書を見せた。
「セルデンサロー治安維持部隊の指揮官タイジュ・オオイシだ。国際捜査機関の特別捜査官イノ・シカヤマが、こちらで捜査をしているはずなんだが、見当たらない。何か知っている事はないか?」
タイジュの身分証明書は、世間一般で発行されている物とは異なり、写真が付いていた。ドゥルフの隊員がそれを珍しそうに確認しながら、実際の顔と何度も見比べる。
どちらのタイジュの姿も、茶色の瞳がこぼれんばかりに見開かれている。
「セルデンの盾の? シカヤマ捜査官でしたら、カシワ捜査官と共に捜査中だと聞いていますが」
タイジュは190センチメートルに近い身長だったが、自身より背の高いドゥルフの隊員を見上げ、厳しく顔をこわばらせた。
「カシワ……。確か、グレィマの」
独り言のように呟きながら、肺から深々と空気を押し出す。
とにかく、ことは急を要しているのだ。一刻も早く、シカヤマに事態の説明をしなければならない。
シカヤマとカシワの居場所を聞いたものの、規制中の地下通路の捜査をしていると言うだけで、具体的な場所は隊員にも分からないとの事だった。
タイジュは、地下通路の入り口がどこにあるのかを聞くと、中に入る許可を得てその場所へと急いだ。
万が一、カシワが何か重要な手掛かりを得ていた場合、最悪の事態を想定しておかなければならない。そうなれば、カシワもタイジュも二度と恒星フョーカーを見ることは叶わなくなるだろう。
これが地上の風景を目に出来る、最後の機会となる可能性もある。
タイジュは視線を流すと、青く晴れた空とタケウツギの揺れている藪を、強く脳裏に焼き付けた。
◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
何本目かの列車がホームに入ってきた後、カズラのもとにようやくポルポが帰ってきた。ポルポはどれも同じ体格と同じ顔であるため、それがカズラに仕事を任せて行った者なのか、カズラには分からなかった。
しかし、ポルポはカズラに、ポルポテッタ行きの切符を手渡してきた。
カズラは肩を回し、ようやく手に入れた切符を握りしめると、飛ぶようにカーネルシアのもとへと走った。壁際のベンチでルク・ミィアとラグが居眠りをしているらしく、口を半開きにして頭を不安定に揺らしている。
カーネルシアは2人の隙間を埋めるように、こちらに尻を向けて小さく丸まっている。はたから見ると、大きな瑠璃色の荷物が置いてあるようだ。
どうにかしてカーネルシアだけを連れて行けないものか。ベンチの下に置かれたカーネルシアの小汚い靴の前で、カズラは策を練ろうとした。
だが、カズラの気配を感じたのか、カーネルシアはむくりと起き上がり、靴に素足を突っ込んだ。そしてカズラが口を開く前に、両脇で寝ているルク・ミィアとラグの膝上を、こしょこしょと触った。
「!?」
途端にそれぞれの体がびくりと反応し、2人が慌てて尻を浮かせた。
「……待たせたな。手に入れたぞ」
カズラは、またもや機会を逃したことに落胆しながら、切符を左右に振って見せた。そして、立ち上がったカーネルシアの手を取り、停まっている列車へと向かった。
財布の中身と反比例するように、重くなる足取り。先の見えない憂鬱。カズラを村に留めていた、最大の懸念材料と同じものだ。
それでも世の中、成るようにしか成らない。楽観視はできないが、悲観してばかりいても何も好転はしない。
列車の中央には通路があり、両脇に1席ずつ客席があった。荷物を置くためか、座席の前にはある程度余裕がある。席には汚れ防止用に、ヌーネイルの大きな鱗が1枚貼ってあった。
窓もなく、照明も最低限のものが、通路の天井から釣り下げられている。席に空きを見つけたカズラは、カーネルシアを反対側に座らせ、自分も急ぎ腰を下ろした。
石のような感触を想像して身構えたものの、案外遊びがある座り心地だ。毎日沢山の客の下敷きになっている内に、硬い鱗も変質したのだろうか。
カーネルシアの前の席にルク・ミィアが滑り込み、カズラの前にラグが座る形となった。背もたれは肩付近までしかなく、ルク・ミィアはすぐさま後ろを振り返り、カーネルシアに愛想を振りまいた。




