第10章・78節『地下へ』
「何の葉ですか? これ」
ルク・ミィアにそう聞かれたカーネルシアは、首をかくりと横に傾けた。
「ぽんぽんが治る葉だ」
「……そういう名前は初耳だけど」
ラグがゴーグルを外し、恒星フョーカーの光に目を細めながらも葉を見つめる。
「ぽんぽんが治るから、飲み込むといい」
カーネルシアはルク・ミィアとラグに葉をゆっくり手渡すと、ベンチからふらりと立ち上がった。そして、土が固められただけの地面を歩きながら、離れたところで出っ張っていた小石を、足先でつんつんと触り始めた。
ルク・ミィアとラグは、つまんだ葉を真顔で見下ろしながら、どうしたものかと考えあぐねた。
「見たことがある植物ですか?」
ルク・ミィアがラグに小声で問いかける。
今ではしゃがみ込み、小石を手でいじっているカーネルシアを見て、困惑したラグがささやき返した。
「ただの雑草だと思う」
カズラは面白そうに、皮肉な表情を浮かべた。
「付き合って飲んでやったらどうだ。死にはしないだろ」
そしてルク・ミィアとラグを尻目に、カーネルシアに歩み寄ると、同じように隣でしゃがみ込んだ。
「よくあの葉を見つけたな」
その言葉には、子供を褒める時の独特の優しさが含まれていた。
やはり、カーネルシアは子供なのだとカズラが安心するや否や、カーネルシアは小石をぐりぐりと人差し指で地面に押し込み、呟いた。
「あれは偽薬だぞ? ここだけのひみちゅだ」
カズラは返答に詰まり、しっぽの先を固まらせた。ベンチでは、意を決して葉を飲み込んだ2人の姿があった。
海側にある柵の向こうから、護岸に寄せる波がちゃぷちゃぷと音を立てている。
「偽薬?」
カズラには、その存在を学び舎で教わった記憶はなかった。しかし、暇を見つけては共有地区の休憩所にある本を読んでいた。
兄達から逃げるように、ゴンゾー街の小さな図書館へと出向いたこともある。大人向けの本も、子供の時分から読んできたカズラにとれば、偽薬は本を通じて既に知っていた代物だった。
だが、カーネルシアのあれを偽薬と言っていいものなのか。薬草と信じさせて飲ませる場合ならまだしも、誰がどう見てもそこらに生えていた雑草だ。
ルク・ミィア達はカーネルシアの手前、雑草だと分かった上で飲んでやったようだが、それでは偽薬とは呼べないのではないか。そう言いかけて、カズラは口をつぐんだ。
孤児とは言え、カズラ同様、開かれた共同地区の本を読み、その名だけを知っていただけかもしれない。可愛らしい子供の発想に水を差すのは、無粋というものだ。
いやしかし、偽薬と知っていて服用しても鎮痛作用があると、以前カズラの兄ナローフィスが、偉そうに講釈を垂れていた気がしないでもない。
「人には偽薬が効くんだろう? 『人と暮らす30のひみちゅ』にも、そう書いてあった」
「どんな奴が書いた本だ」
カズラは、思わず脊髄反射でカーネルシアに返した。
カーネルシアは涼しい顔で立ち上がると、ルク・ミィア達に向けた目を細めた。
「著者はススケ・キクノコウだ」
カーネルシアがたまに幼児語を使うのは、ポルポやふざけた本が影響しているのだろうか。この分だと、言葉を矯正するには時間がかかりそうだ。
そう思いながら、カズラがカーネルシアの視線を追って振り返った。丁度ルク・ミィアとラグが、神妙な顔つきで腹をなでながら歩いて来るところだった。
「カーネルシア、ぽんぽんが治ったみたいです」
カズラはルク・ミィア達が演技をしているのか、それとも単に出すものを出して治ったのか、判断に困った。
「これなら、次の目的地にも一緒に行けそうだな」
ラグが、どこか安心した様にうなずいた。てっきり、グレィマに来るついでに、カズラ達に付いてきたとばかり思っていたミチアキモラ。彼も、ルク・ミィア同様、カーネルシア目当てで付いて回っているのではないか。
カーネルシアにカズラが馬鹿な恐怖心を持った時には、身の安全を守るため、2人がついて来ることを良しと考えた。
しかし、カズラに正常な判断力が戻った今、2人が邪魔であることは誰が見ても明白だ。
どこでどう料理してやろうか、カズラはカーネルシアににこにこ笑いかけているルク・ミィアとラグに、殺意を隠さず投げた。
◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆
フジシマの波止場公園を出たカズラ達は、地下への玄関にあたるフジシマ・テッタ地下道入り口へと向かっていた。
ルク・ミィアが先頭に立って案内し、その後ろにラグ、カーネルシア、カズラが続いた。
恒星フョーカーが頭上から、雲の合間を抜けて光を落としている。1時間ほど前に遅い朝飯をとったとは言え、ルク・ミィアとラグは言わずもがな、カズラとカーネルシアはスズモロパンをわずかに口にしただけだ。
しかし、トイレから離れたばかりであるからか、誰も食事の話題を出さなかった。
地下道入り口には、グレィマ出国用の窓口が併設されており、身分証明書を提出して出国手続きを取る必要があった。人がそこそこ並んでおり、列の最後尾について待つ形となった。
人々の大半は大きな手荷物や、手押し車にグレィマで買い込んだ商品や木箱などを積んでおり、ほとんど手ぶら状態のカズラ達は場違いに見えた。
窓口の係員が、カズラの肌の色を心底珍しそうにじろじろと見る。それが意味する事実に、カズラはもとより無かった期待を更にすり減らした。
係員は手続き通り、身分証明書からサヘー島の国民識別番号を出国記録に書き留め、指紋を照合すると、簡易ゲートを開けてカズラを進ませた。
先に出国手続きを終え、通路の先で待っていたカーネルシア達にカズラがたどり着く。通路は長い地下への階段に続き、奥からはひんやりとした空気が流れてきていた。
ラグは薄暗い通路の中で、黒いゴーグルを首輪のように下げた。ゴーグルをつけた顔に見慣れてくると、外した顔に違和感が出てくる。
「カーネルシアは、ポルポテッタに興味がおありなんですよね?」
ルク・ミィアが、窓口に置いてあった無料冊子の地下案内図を見ながら言った。ポルポテッタとは、カーネルシアが指さしたテッタ島の地下にある、人とポルポの交流のために作られた街の名だ。
カーネルシアはこくりとうなずいた後、遊んでいるように不思議なリズムで、階段をひょこひょこと降り始めた。




