第10章・77節『あざむき』
「ふふ……なかなか……強烈でしたよ」
ルク・ミィアが弱々しく言いながら、カーネルシアが座っていたベンチに、倒れるように座り込んだ。
「もう俺、何も出ない……」
ラグもルク・ミィアの隣に座り、悲壮な顔つきになっている。せっせと腹に詰め込んできた物が、全て出て行ってしまったらしい。
「そろそろ別れの時間だな。俺とカーネルシアは次の目的地に行く。お前らはここで、しばらく休んでいたらどうだ?」
カズラの実にやわらかな物言いに驚き、ルク・ミィアとラグが同時にカーネルシアへと目を移した。
「次って、どこに行くんだ?」
ラグの黒いゴーグルの下の目が、途端にカズラに対する不信感に満ちていく。
カーネルシアは無言で海の向こうに見える、遠い島影を指さした。
「海水浴をされたいんですか? まだ水温は低いですよ?」
痛みの余韻があるのか、ルク・ミィアが腹を小さくなでながら言った。
「ん゛ん゛。あの島の下に行くんだ。2人とも、ぽんぽんの調子が悪いんだろう? 無理をしなくていい」
カーネルシアの言葉を聞き、カズラが小さな迷いとは裏腹に力強くうなずく。ルク・ミィアは大げさに腹を両腕で抱えると、顔を苦痛でゆがめて見せた。
「ひどい、カーネルシア! 私が動けなくなったからと言って、生死をさ迷い歩いて瀕死の私を、こんな所に捨てていくとおっしゃるんですか!? 私が欲しくもないハリヌ器を売り歩く営業猫だからと言って……。私たちの間に、信頼も友情も何もなかったとおっしゃるんですか」
圧倒されているのか、カーネルシアはまた小さく口を開け、ルク・ミィアの前で固まっている。カズラがそれを見て、慌ててカーネルシアの肩に手を置いた。
「仮病だ! こんな奴にだまされるな!」
ラグもルク・ミィアの訴えを唖然と見ていたが、我に返ると、同じように腹を腕で押さえて呻き出した。
「俺も、ここに置いていかれるのか?」
カーネルシアの同情を引こうとするラグの上目遣いの懇願に、カズラの目の下がストレスで痙攣し始める。
困惑した顔でベンチの中央に座ったカーネルシアは、両脇で腹を抱えているルク・ミィアとラグの頭を、それぞれふかふかと優しくなでた。
「置いては行かない。心配しなくていい」
いい年をした大人が、子供相手に必死ですがり付く。その姿は、おぞましい以外のなにものでもない。
カズラの心に再び嫌悪の炎が、迷いを巻き込み激しく燃え始めた。
「俺達が目的地に向かっている間、こいつらは診療所に行けばいい。後でいくらでも合流できるだろ」
棘をふんだんに含んだ口調で吐き捨てたカズラに、カーネルシアがむにむにと口を動かす。
「騙されないで下さい、カーネルシア! この人、私たちと合流する気なんて、さらさらありませんよ! 目的地に着いたら最後、あなたを連れてどこかへ雲隠れしてしまうに決まっています! 誘拐ですよ誘拐!」
腹の痛みはどこに行ったのか、ルク・ミィアがカズラに負けず、勢いよく敵意をまき散らす。
「俺がカーネルシアの保護者だ! 誘拐じゃない!」
「雲隠れを否定しないんですね!? やっぱり思った通りですよ!! そもそも、ちょっとしっぽを舐められただけで逃げ回るような方なんて、保護者失格でしょーがッ!!」
興奮したルク・ミィアが立ち上がり、カズラと激しくにらみ合った。
カズラとルク・ミィアのしっぽの毛が、見る間に膨れていく。カーネルシアはそれぞれのしっぽが独立した生き物であるかのように、しっぽに淡々と話しかけた。
「ふたりとも、仲良くするんだ」
頭から湯気でも出しそうなほど殺気立つ2人の手が、厳つく拳を作る。
「カズラ、ルク・ミィア、ソもぴょッ」
言うことを聞かない2人に、カーネルシアの口から奇妙な音が飛び出た。臨戦態勢のカズラとルク・ミィア、そしてラグが一瞬固まる。次いでカーネルシアに視線が注がれた。
カズラは身構えながらも、カーネルシアに目を走らせ、何が起きたのか確認しようとした。舌でも噛んで、言い間違えたのだろうか。
しかし、カーネルシアは口をへの字にして立ち上がり、カズラとルク・ミィアをじっと見ているだけだ。
カズラとルク・ミィアが再び互いを見、警戒を解かないままカーネルシアに向き直った。ラグも恐る恐るベンチから立ち上がる。
「喧嘩はだめだ。にゃんにゃんが喧嘩をすると、お互い痛い目にあうんだぞ。だから仲良くするんだ」
奇声を発したことなど忘れたかのように、カーネルシアが2人を静かに諭す。
毒気を抜かれたカズラは乱暴に息を吐くと、両腕を組んで海の方に顔をそむけた。
「なら、どうする気だ。こいつらの腹が治るまで、ここでただ待っているのか? そもそも、ラグはグレィマで話したい奴がいるんだろ。それはどうなったんだ」
カズラの急な指摘に、ラグが虚を突かれた顔をした。
「いや、まぁ……図書館でチァーラに関する本も色々読めたことだし、別に今すぐと言うわけでも」
歯切れの悪いラグを、カズラが睨み付けた。
カーネルシアはひとり周囲を見回すと、近くにあった花壇に物凄い速さで歩いて行った。
3人が唖然とその姿を目で追う。カズラとルク・ミィアが追いかけようとする前に、カーネルシアは花壇にしゃがみ込み、何かを毟って足早に戻ってきた。
花壇には、ヤヤモクモクと名付けられている、雲のように白いもくもくとした花が沢山植えられていた。
カーネルシアは再びベンチの真ん中に座ると、持ってきた何かの小さな葉を、両手で1枚ずつ持った。
それは、ヤヤモクモクの団扇のような大きな葉とは異なり、長細く2センチメートルほどの長さしかない葉だった。
カズラ達は、カーネルシアの指でつままれた謎の葉に顔を寄せた。




