第10章・75節『運ばれたもの』
「ルク・ミィアの会社で、彼女達と会ったか?」
ラグの質問に耳を傾けながら、カズラは視界に入った黒い物体に目を動かした。レールの向こう側に蒸気自動車が現れたのだ。サヘー島の埃にまみれた車とは違い、美しく光沢を放っている。
「俺達がいた応接室に、突然入り込んできた。その後別の部屋に案内されていたが……」
自動車のフロントガラスの奥で、前のめりになりハンドルを握りしめている人物を見て、カズラが言葉を止めた。タイヤをきしませ、うまい運転とは言い難い軌道を描いている。車中には、他の者達の影もあった。
横を通り過ぎる瞬間、運転手はカズラの顔を見て口をあんぐりと開けた。危うく近くの電柱にぶつかりそうになり、大きくハンドルを切った後、どうにか立て直して港の方へと去って行った。
「あの方……」
ルク・ミィアも運転手に気がついたのか、車の幻影を追っているように、目を道の先に留めてつぶやいた。
運転手は確かに、サヘー島のゴンゾー街でカズラに絡み、自ら海に落ちていった、ピンク髪の人間の男だった。
「あいつ、どうしてここにいる」
カズラのしっぽが、忌々しい記憶をかき消すように強く揺すられた。
「どうかしたのか?」
ひとり、ピンク髪の男を見逃したラグは、何のことを話しているのか分からず、目をしばたかせている。
カーネルシアはしばらく黙ったままだったが、今までとは逆行する形で、歩道を港方面へと歩き始めた。
カズラは逆方向に歩き出したカーネルシアを追うと、その眼差しがフジシマの建物などには向いていないことに気がついた。
後ろからラグとルク・ミィアが、慌ててついてくる。
「カーネルシア、港に目ぼしい場所はありませんよ。観光名所でしたら、私がご案内しますから」
ルク・ミィアがそう言いながら、カーネルシアの隣に陣取ろうとした。しかし、カズラと他の通行人が邪魔となり、ルク・ミィアはカーネルシアの後ろから前に出てこられなかった。
ラグは腹が苦しいのか、円を描くように腹をさすり始め、カーネルシア同様、周囲の建物を見ることをやめていた。カーネルシアは、昨晩フジシマに上陸した後、歩いてきた同じ道を黙々と戻っている。
「また港に行くのか?」
カズラが足早に歩くカーネルシアに、必死で歩調を合わせながら聞く。
「ん゛」
カーネルシアはひと言だけ返すと、はたと足を止め、急に後ろを振り返った。
そこには、ラグとルク・ミィアが同じように険しい顔つきで腹を抱え、よたよたと向かってくる姿があった。
カズラは思わず笑いそうになる顔を力んで止めつつ、腕を組んで2人を待った。
「まさか、伝説に『あたった』のか?」
カーネルシアのもとにたどり着くころには、ルク・ミィアとラグの顔に汗と苦悶の表情がふき出していた。
「おなかの具合が……少々よろしくないので……港にある……公園に寄っても……?」
息も絶え絶えに、ルク・ミィアが言う。ラグはすでに顔面蒼白になり、震えが来ているようだ。
2人の腹をじっと見ていたカーネルシアは、こくりとうなずいてルク・ミィアが指す公園に向かった。
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蒸気自動車を運転していたピンク髪のケルワーズは、人気のない空き地を見つけて、車をそこに突っ込ませた。ブレーキをかけられたタイヤが、酷い臭いをまき散らしながら、煙を吐いて砂利の中へと食い込む。
「マジであの黒猫、なんでグレィマに居やがんだよ!」
ドアを開けて外に出ながら、ピンクの頭を掻きむしる。途端に車内から、生温かな空気があふれ出した。
「さっきから何ひとりで喚いてんの? しっかりしてよ」
助手席にいたアメが迷惑そうに言いながら、後ろに回ってトランクルームを開けた。後部座席に乗っていた2人の人間の男も、次々と車を降りてきた。
1人は長身のケルワーズより少し背が低く、30台前半と思しき顔立ちをしていた。赤い髪と黒い目を持ち、仲間内ではディーと名乗っていた。
カーキ色の着古した汗臭いつなぎの作業着に、汚れたエンジニアブーツを履いている。
もう片方はソウタロウと言い、ケルワーズと同じ20代半ばごろ、金髪で耳と手首に多数の宝飾品をつけている。身長は3人の男の中で一番低かったが、着ている服は最も高品質の物だった。
香水をつけ、淡い水色のパリッとしたシャツと灰色の膝丈の半ズボンが、4人の中で妙に浮いていた。
「早く運ぼう」
ディーが周囲を鋭い目で見ながら、トランクルームに回り込んだ。
「きっと、キノコより金になると思いますよ。僕、こう見えても結構目利きなんですよね。フッ」
ソウタロウは鼻にかけたような笑みを浮かべると、自身に酔っているように金髪の髪をかき上げた。
トランクルームには、大きな横長の木箱がぞんざいに置かれてあった。




