第9章・68節『珍客』
「この部屋でよろしいですわよ? あら、失礼いたしますわね」
いきなり、頭の天辺から出されている様な声と共に、応接室のドアが開かれた。
少女のクースフローとかっちりした制服の女性が、ずかずかと中に入ってくる。
「すみません、お客様! こちらは只今別のお客様方がご利用中ですから、別の応接室へ」
制服の女性は、目を丸くしているカズラ達に頭を下げ、慌てふためいている。
「まあ! これがハリヌ器ですのね!? わたくし、実物を初めて間近で見ましたわ!」
少女の健康そうに焼けた肌に、毛先が白い空色の長い髪が、空気を含んでふんわりかかっている。薄いピンク色のケープ付きワンピースの後ろで、先っぽだけが白いしっぽが元気よく揺れている。
年齢はカーネルシアと同じくらいか、それより少し上のように見えた。
少女はカズラ達に目もくれず、展示されているハリヌ器に顔を輝かせた。制服の女性が止める間もなく、ガラス棚に張り付く。
「サキ、向こうの部屋にもハリヌ器はあるよ」
制服の女性の後ろから、体格の良い別の人間の女性が姿を現し、少女をたしなめるように声をかけた。
カズラの姿が視界に入ったのか、大きくびくつき、挙動不審に目を泳がせる。そちらは30そこそこの年齢だろうか。
生成りの半そでに、古びた膝丈の墨色のカーゴパンツをはいている。あまり手入れをしていなさそうな、紫色の短い髪が目立つ。
カズラは好機とばかりに、カーネルシアのカバンと手を取った。
「行くぞ」
カーネルシアは、サキと呼ばれた少女に目をぱちくりさせながら、カズラに応接室の入り口まで連れていかれた。
「お客様、お待ちを! 別のお部屋にご案内いたしますから、どうか」
接客している制服の女性が、帰ろうとしているカズラ達に、痛々しい程うろたえた。
「これでしたら、サヘロディ様もお喜びになられますわ」
その少女の言葉に、カズラの足が止められた。
(サヘロディ様?)
少女はカズラとカーネルシアが立ち止まって自身を見ている事に気づき、しばしカズラの肌色をすまし顔で眺めた。
「あら、物珍しい。でも、特異性でわたくしと張り合おうとでもおっしゃるんですの? わたくし、この世界でサヘロディ様の唯一無二の使者をつとめております、サキ・クスノキと申す者ですのよ? お見知り置きくださいましね」
「クスノキ……」
眉を寄せたカズラは、サキの姿を上から下まで何度も見返した。サヘー島にいるクースフローで、クスノキの名を知らない者はいない。
しかし、ここはグレィマだ。偶然、同じ姓だったに過ぎない可能性もある。
(だが……)
騒ぎを聞きつけたらしい別の社員が、応接室の入り口で丁寧に頭を下げた。
「クスノキ様、お茶をご用意しましたので、あちらのお部屋へどうぞ。クスノキ様に相応しい、特別なランデル・ハリヌ器をご紹介いたしますので。こちらのお客様にも、直ぐにお茶をお持ちいたします」
サキは【特別な】ランデル・ハリヌ器とやらに気を良くしたらしく、颯爽と応接室から出て行った。
カズラとカーネルシアは、目の前でドアを閉められ、逆に部屋から追い出された気分になった。カズラは頭が痛くなったように額に手をやりながら、ソファーに戻るなり、どかりと腰を下ろした。
サヘロディの使者。サヘロディと関わりのあるクスノキ。
ここがグレィマだろうが、どこだろうが、ほぼ間違いなくカズラの知っているクスノキ家を指しているように思われた。
猫と人間の遺伝子を組んで作られたキメラ種、クースフロー。記録では、アーサニカー暦81年に生まれたとされていた。
最初に生成されたクースフローの始祖。
その成体の提供者は、コウスケ・クスノキと言った。猫の遺伝子情報元は、コウスケの飼い猫であったフローだ。
コウスケ・クスノキのあだ名であったクースの名を付けて、キメラ種の名はクースフローとなった。
コウスケはその後、サヘロディから初代チァーラの木、そして周囲にあるチァーラの森を管理する権利をもらった。こうして、クスノキ村が誕生した。
言い伝えでは彼のお陰で、人類がチァーラの実を利用出来るようになったのだという。そのためクスノキ村では、月に一度サヘロディを祀った祠に、数百粒程度のチァーラの実を奉納していた。これは、サヘー保護委員会から特別に認められていた行為だった。
これらは、サヘー島の学び舎で必ず教えられる歴史であった。
サヘー保護委員会が特別な権利をクスノキ村に与えていると言うことは、サヘロディの存在を認めていると言うことなのだろうか。それとも、300年以上続く長年の文化や、風習に敬意を表してのことだろうか。
キーイーらィの呪いの後には、サヘロディと近しい存在だとして、クスノキ村は非常に強い迫害を受けたという。
しかしクスノキの血族は、寝ずの番で初代チァーラの木と村を守り抜いた。その際、サヘロディが見えない手で、クスノキ村を守ったとも言われている。その加護は、ランデル戦争の時も続いていたようだ。
何にせよ、あれがクスノキの末裔なのだとすれば、コウスケ・クスノキは今頃、草葉の陰で泣いていることだろう。
社員が茶を持ってきたことに気づき、カズラはコウスケ・クスノキの歴史書を頭の中で閉じた。
テーブルに置かれた湯呑みの中から、いい具合に湯気が立ち上っている。持った指の腹に、茶の熱がじんわり伝わる。
何の茶かは分からなかったが、カズラは外に出る前に茶をすすろうと息を吹きかけた。腹の足しにはならないが、何も入れないよりはマシだ。
隣のカーネルシアも、湯気の立っている湯呑みを両手で持つと、カズラを真似て息を吹きかけ始めた。そして、口の先をとがらせ、湯呑の端に申し訳程度につけた。
[ずぞっ]
その大きな音を聞き、カズラが視線を湯呑みからカーネルシアに移した。カーネルシアはそれに気づくと、茶の量が半分になった湯呑みにつけていた唇を離した。
「……熱くないのか」
湯呑みとカーネルシアの唇を凝視しながら、カズラは極めて冷静を装って聞いた。
クースフローが猫舌である事を除いても、半量を一気に飲めるほどぬるくはないはずだ。そもそも、傾けもせずに茶を吸い込む筋力が、細いカーネルシアの体にあるようには見えない。
カズラからの視線を受け、カーネルシアの目があちこちに動く。
「熱くない」
そう言いながら、飲みかけの湯呑みをテーブルの上に戻した。
カズラは更に自然を装いながら、カーネルシアの湯呑みに手を伸ばした。ごつごつした灰色の陶器の湯呑みを、消し炭色の手のひらが覆う。しかし、そこからはもう、何の熱も伝わっては来なかった。
「!?」
カーネルシアが息を吹きかける前、確かにカズラにはその湯呑みから湯気が立っているのが見えていた。生唾を飲みながら、カーネルシアの湯呑みをひとすすりする。
「ッッ!!?」
カズラは唇と舌を火傷しそうになり、思わずこぼしそうになった湯呑みを慌てて両手で持った。すぐさまテーブルに戻された湯呑みからは、カズラの物と同じ湯気が立ち上っていた。




