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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第9章

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第9章・67節『人型』

「お前、髪をどうやって乾かしたんだ」

 カズラの声が思わず上(うわ)ずる。カーネルシアは澄(す)んだ青紫色の瞳をカズラに向けると、数回まばたき、再びカズラのしっぽに櫛を入れた。

「僕は乾くのが早いんだ」

 いつぞや、カズラを真似ていたように、カーネルシアが体を中途半端にぶるぶると振った。

「そんな訳があるか」


 確かめるために、カズラが青紫色の髪へと手をゆっくり突っ込む。頭皮もやはり、完全に乾いていた。

「あったかい風が出る道具があった。シャワールームの入り口にあったぞ?」

 カーネルシアの言葉を確かめるため、カズラはシャワールームにすぐさま走って行った。


 入り口の横にあった小さな棚に、くの字に曲がった奇妙な物が、確かにあるにはある。コードがどこかにつながっており、カズラは幾つかのスイッチを適当に押してみた。

 唐突に中にあった小さなファンが回り、大量の風が吹き出す。驚いて思わず落としそうになりながら、慌ててスイッチを元に戻した。

 シャワールームの換気扇だと思った音は、この道具から出ていたようだ。


 妙な脱力感と安心感を覚え、カズラはとぼとぼと応接室に向かった。途中、アーモ・ハリヌ社の社員が数人、振り向きざまにカズラを見ながらすれ違った。

 自分が何に怯(おび)えていたのか、カズラには分からなかった。しかし、カーネルシアに対して不可思議な感覚が、少しずつ蓄積している気がした。


 他とは異なる者であって欲しい期待と願望。カズラを精神的に救ってくれる、そんな者。欲を言えば、もう少し特別な存在であってくれれば、夢で聴いたあの奇妙な歌の出どころが、カズラの頭ではないことになる。

 そんなものに感情的になり、不意とは言え、涙を流してしまったカズラだ。原因が自分自身にあるとは思いたくなかった。


「面倒はごめんだ」

 カズラは、心の隅にいる感覚が言葉で形を作る前に、封をするよう頭を振った。


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


 朝の光を受け、サヘー島のゴンゾー街がいつにも増して美しく見える。

 カシワとシカヤマは質素な宿から出た後、昨日の朝にカズラ達と入った食堂を、入り口の近くからのぞき込んでいた。

「ここの煮魚定食は絶品ですよ。今日もロロがあるといいんですが」

 カシワの勧(すす)めに、シカヤマが唾(つば)を飲み込む。


 席が空いたのを確認し、早速中に入ろうとしたその時、2人を呼び止めた人物がいた。

「あのー、あなたが国際捜査機関にいる、特別捜査官のシカヤマさんですか?」


 名を呼ばれたシカヤマが振り返ると、乗船窓口の係員だと言うクースフローが、話があると言ってきた。港に停泊している船を訪ね歩き、小型船の船長に人相を教えてもらって探し出したと言う。


 捜査の手掛かりになる事が見つかったのかと、シカヤマは目を輝かせて係員に耳を傾けた。

「昨日ポルポ便で、あなた宛(あ)てに信書が届いていたそうですよ。ポルポがあなたを探してました」

 信書と聞いてシカヤマは顔色を変え、即座にゴンゾー湾のポルポ便窓口へと駆(か)けて行った。


 シカヤマの代わりにカシワが係員に礼を言い、謝礼として幾らかの硬貨を渡しておいた。本来カシワがすべきことではないが、捜査官としては好印象を与えておくに越したことはない。何より、カシワは善意が報(むく)われるべきものだと考えていた。


 直ぐにシカヤマを追い、カシワもポルポ便の窓口へと足を向けた。追いついた時には、シカヤマは見るからに落胆(らくたん)しており、信書は時間切れで返送された後だと分かった。

 小型船を利用していたため、2人は輸送船で使用する乗船口を通っていなかった。それでポルポが、シカヤマを探し出せなかったのだろう。


 シカヤマはポルポから、信書がセルデンサローの首都トウノから、タイジュ・オオイシと言う人物が出してきたことを教えられた。

 表情を強張(こわば)らせたシカヤマは、カシワが渋るのも聞かず、ひとりで小型船に乗り込み、急いで出港してしまった。


 セルデンサロー王室所有の小型船である以上、いくら捜査の大事な足であると言ったところで、カシワに止める権利はなかった。カシワはため息をつくと、今日の煮魚定食でどの魚が出されるのか想像しながら、食堂へと戻って行った。


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


 応接室の白いソファーにひっくり返っていたカーネルシアは、カズラが神妙な顔で戻ってきたのを見て、もぞもぞと体を起こした。その手には、カズラがコワト村で見た時と同じ、人型の何かが握られていた。


 カズラは何気なくそれに目を留めながら、カーネルシアの隣に腰を下ろした。

「それは何なんだ。コワト村で没収されたやつと似ているが」

 人型の何かをカバンに入れながら、カーネルシアがカズラにくるりと顔を向ける。


「にょんだと言っただろう?」

 その名を聞いて、カズラはカーネルシアが昨日ゴンゾー街で作った、枕のような不格好な代物を思い出した。

「また作ったのか?」

 ゴンゾー街の手芸店で買った布切れが、まだ残っていたのだろうか。それにしても、昨日の酷い代物より随(ずい)分とまともな形になっている。


 しかし、カバンの中は不格好な枕で占められていたはずだ。今カーネルシアが持っている物の材料になる布切れと、中に詰めるキミワタも入っていたとは思えない。昨夜カズラが仕事をしていた間に、不格好な枕を人型に作り直していたのだろうか。


 カーネルシアは屈託(くったく)のない笑顔を見せると、カバンをソファーの横に置いた。

「こっちの方が馴染(なじ)むと思うんだ。針と糸は、僕には難しい」

 微妙に噛(か)み合わない会話に、カズラは首を逆へ傾けてカーネルシアをまじまじと眺めた。


 複雑な話とやらは、どの距離から始められると言うのだろうか。会話の数が問題ではないのなら、共に長く居続けることが必要なのか。

 それとも、誠意のある言動を積み重ねていけば、あるいは?

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