第9章・65節『初めてのシャワー』
ライトブルーのタイルで作られたシャワー室には、簡易に仕切られた個室が4つ並んでいた。個室の入り口には布が下がるようになっており、脱衣所になっていた。
奥には上部の開いた空色のドアがあり、艶なしでいかにも洒落た感じだ。サヘー島の建築では見ない色だったが、グレィマで採れる鉱石や、植物を利用して作られた塗料なのだろうか。
ルク・ミィアは持ってきた体拭きをそれぞれに手渡すと、シャワー室に入る前に、ドアの横にあるフックにかけるよう促した。
「服は籠の中に入れておいて下さいね。みなさんの服はさすがに土臭いので、後で私の外套と一緒に洗濯屋へ持っていきます」
脱衣所にある焦げ茶色の籠を指して、ルク・ミィアが説明する。
今までに見たこともないような清潔感と機能さに、カズラは圧倒されて言葉が出てこなかった。
「靴は脱衣所前で脱いで下さい。洗濯物が届くまで予備の服をお貸ししますから、それを着てくださいね」
ラグはひとまず鞄を下ろし、左端の個室におずおずと進んだ。籠の横には、ルク・ミィアが言った予備の服らしき物が、綺麗にたたまれて置かれている。
なぜ、そこまで至れり尽くせりなのか分からなかったが、社員を大事に扱っている会社であることは間違いなさそうだ。
ラグの隣の個室前で、エンジニアブーツを脱いだカズラは、後ろで目を右往左往させているカーネルシアに顔を向けた。
すかさずルク・ミィアがカーネルシアに手を差し出す。
「さぁ、カーネルシア。シャワーの使い方をお教えしますから、こちらへ」
「カーネルシアは俺と入る。俺が保護者だからな」
カズラは呆然としているカーネルシアの瑠璃色のポンチョコートを手早く脱がせると、籠の中にそれを入れ、カーネルシアのカバンを横に置いた。
「は? 失礼ですが、シャワーを使ったことがおありなんですか? あなた」
眉間に露骨なしわを寄せたルク・ミィアを素通りして、カズラはカーネルシアと共に脱衣所に入ると、入り口の布を留めていた紐を外した。
たった1枚の布切れだったが、明確に縄張りを主張できる点は素晴らしく感じる。サヘー島の忌々しい兄達のいる家に、もし今後帰る必要があるのなら、これを真似ようとカズラは思った。
シャワー室の中には、赤と青の目印が入ったカランがあった。それは、サヘー島の共有地区にある銭湯にもある物だ。シャワーが何を指すのか分からなかったが、穴がたくさん開いている上の器具から、水が落ちてくることは容易に想像がつく。
「またお風呂に入るのか? 僕はまだ汚れていないぞ」
カーネルシアがぎょっとしたように、カズラから手を引っ込めた。
「カーネルシア、カズラさんとシャワーに入るのがお嫌でしたら、いつでもこちらにいらしてくださいね」
ルク・ミィアがカズラの隣の個室に入り、服を脱ぎながら無駄に誘惑を重ねた。
ラグもシャワーの器具を物珍しそうに眺めながら、服を次々と籠の中へ入れた。シャワー室の光が眩しいらしく、ゴーグルを外した後でしきりに目をしょぼしょぼさせている。
カズラは入り口をふさぐ形でカーネルシアの前に立ちはだかると、狭い脱衣所で服を脱ぎ始めた。
「狭いから、僕が外に出よう」
カズラの脇をすり抜けようとしているのか、カーネルシアが左右に頭を振って隙をうかがっている。
「動くな。余計に狭くなる。入れる時に入れ」
灰色の半そでシャツを脱ぎ始めたカズラを見上げ、カーネルシアが唇をむにむにと動かした。
カズラがシャツから頭を抜いた時には、いつの間に服を脱いだのか、既にカーネルシアは素っ裸でシャワーに向かって立っていた。
「!?」
思わず籠を見ると、カズラの風防服の上に、確かにカーネルシアの服が重ねられてあった。カーネルシアはカズラがズボンを脱ぎ終える前に、ドアを閉めないまま青のカランを思い切り回した。
「っおい!!!?」
悲鳴のような声を上げ、カズラが慌てて空色のドアを閉めようと手を伸ばした。
カーネルシアは体を一瞬濡らし、直ぐにカランを閉めた。ドアの上部からカズラが見守るが、カーネルシアは一向にカランを開けようとしない。
「……お前、まさかそれで終わりじゃないだろうな」
カズラは大急ぎでズボンと下着を脱ぐと、シャワー室に入ってドアを閉めた。
「もう綺麗になった」
「嘘をつくな」
カーネルシアの後ろから、慎重に青と赤のカランを回し、湯の温度を調節する。次第にシャワーから落ちてくる水量が増え、シャワー室の中が蒸気に包まれ始めた。
頭から湯を浴びながら、自分の前で固まったまま動かないカーネルシアの頭に手をやる。髪に湯を行き渡らせると、壁に付けられていた小さな入れ物から石鹸を取った。
カーネルシアの髪に、濡らした石鹸をこすり付けた途端、カーネルシアが驚いたように頭を横によけた。
「み゛ょッ!?」
奇妙な声を上げ、カズラが持っている石鹸をぎょっとした様子で見上げる。
「石鹸を使ったことがないのか?」
構わずカーネルシアの髪に石鹸をこすり付け、シャワーのカランを閉めた。
両手を使い、わしゃわしゃと青紫色の髪を泡立てていく。
カーネルシアを信じてはいる。だからこそ、その髪が何かで染められてはいないかと、カズラの目は泡と髪の色を凝視していた。
「どうして、もこもこにするんだ」
カズラに髪を洗われながら、カーネルシアが信じられないように声を震わせた。
「泡を立てないと汚れが落ちないだろ」
サヘー島でカズラが使っていた、キミワタの種から作られる石鹸と違い、妙に細かな泡が立つ。
見る間に、カーネルシアの頭が真っ白な雲のように見える泡に包まれた。カズラは目を丸くしつつも、石鹸を再び手に取り、カーネルシアの背中に面白そうにこすり付け始めた。
「カーネルシア、大丈夫ですか? 変なこと、されてないですか?」
隣のシャワー室から、ルク・ミィアの声が反響して聞こえてきた。
「背中を洗っているだけだ!」
ルク・ミィアをけん制しながら、カズラはカーネルシアの背中を手の平で洗いだした。
ラグの方からは、我関せずで小さな鼻歌が聞こえてきている。こんなもので懐柔されていては、帰るころには使いもしないハリヌ器一式と、多額の借金を抱えていそうだ、とカズラは呆れたように耳を背けた。
カーネルシアの背中も面白いように泡立ちはじめ、カズラは楽しそうに笑みを浮かべながら、さらに石鹸を塗り付けた。しっとりと手に吸い付いてくる、豊かで上質な泡だ。
「もういいだろう?」
カーネルシアが背中の泡を気にしながら、困惑したように言う。
カズラはしつこく泡を立て、カーネルシアの背中をもこもこの泡で埋め尽くした。
そして、満足そうにそれを眺め、うなずいた後、カーネルシアに石鹸を手渡した。
「後は自分で洗え」
しかし、カーネルシアは手に持たされた石鹸を見下ろすと、腕にちょちょっと塗り付け、すぐに入れ物に石鹸を戻した。
再び青のカランを限界まで思い切り回し、怒涛の如く出てきた水を、頭からかぶった。
「!? 冷たいだろ! 止めろ!!」
驚いて耳に水が入らないよう寝かせながら、カズラが横からカランを慌てて閉める。
「泡は流さないのか?」
髪の隙間から目をのぞかせて、カーネルシアがカズラを見上げた。
カズラは再び適温のお湯を出すと、カーネルシアと共に湯をたっぷりと浴びた。




