第8章・62節『図書館』
当初の予定時刻より、1時間遅れでグレィマ首都・フジシマの港に定期輸送船が入港した。
ロロの襲撃を乗り越えた乗客達には、強い疲労の色が見えていた。それでも尚、我先にと下船し入国手続きを済ませ、港から近い宿屋へと急いで散って行った。
ついにグレィマの地を踏んだとは言え、周囲は暗く、空は雲に覆われており、ひと雨降りそうな雰囲気だ。港付近の印象としては、サヘー島のゴンゾー街を少し大きくした程度に見える。
ルク・ミィアに急かされ、カズラ達一行は近場の宿屋に向かったが、残念ながらどこも満室状態だった。遅い到着時間と通常より多かった乗客の数では、無理もない話だったのだろう。
「仕方がないですね。少し行った所に図書館がありますから、そこで休みましょう」
ルク・ミィアによれば、代金を支払うことで国籍関係なく夜間も利用できる、読書コーナーが設けられているとの事だった。
「柔らかなベッドなどはありませんが、外より休むことはできますから」
広い港通りは舗装されており、電灯も野暮ったい見た目ではあるが、数多く設置されていた。カズラは黙ったままルク・ミィアの後に続いていたが、途中で道路の舗装修復工事を目にして、しっぽを反応させた。
グレィマ国立図書館は、港から15分ほど歩いた先にあった。カズラとラグが想像していた以上に大きかったが、夜間の出入り口は想像していた物より小さかった。
「すごいな……これ、全部読んでいいのか?」
受付で料金を支払った後、鞄を抱えて大量の書架を見上げながら、ラグが興奮気味につぶやいた。
「グレィマ国籍以外の方は、館内でだけ読むことができます。書架にある本でしたら閲覧制限はありません」
クースフローの受付が、ラグを微笑ましく見ながら案内した。
ルク・ミィアはカーネルシアと合わせて2人分の料金を支払うと、入り口付近で立ったままのカズラとカーネルシアに振り返った。
カズラはカーネルシアに何か言い聞かせ、ルク・ミィアに一瞬目をやった後、足早に外へと飛び出して行った。
「もしかして、こんな時間からお金を稼ぎに向かわれたんですか? カズラさん」
カズラが図書館の利用料を支払えないのは分かっていた。しかしルク・ミィアは、頼まれれば出してやらない事もなかったとでも言いたげだ。
「ん゛……。僕は外でも大丈夫だと言ったんだ。でも、カズラは頑固なにゃんにゃんだからな」
カーネルシアは少し寂しそうな顔をした後、振り返って図書館を埋め尽くしている蔵書を見上げた。
書架の横に取り付けられた電灯はかなり暗く、書架の濃い色と共に、図書館の中を重々しい雰囲気に変えている。ラグはすでに植物を扱っている棚を見つけ、ひとりで本を真剣そうに品定めしていた。
「カーネルシア、もっと私に甘えてください。グレィマで嫌な思いをして欲しくないんです」
ここぞとばかりに、ルク・ミィアがカーネルシアの耳に顔を寄せ、甘くささやいた。カーネルシアは何も言わないまま、ルク・ミィアに顔を向け、彼の薄紫色の虹彩をじっと見た。
間近にあるカーネルシアの目が更に寂しそうに映り、ルク・ミィアの瞳孔が少し不安げに開かれた。
「君も……頑固なにゃんにゃんだな」
静かな図書館の中で、カーネルシアの声がやわらかく散って行く。
ルク・ミィアは数秒息をひそめた後、首をかしげてカーネルシアにほほ笑んだ。その髪は船で海水を浴びた後、洗えないまま乾いてしまったため、くすんでごわついて見えた。カーネルシアに櫛ですいてもらったとは言え、元の真っすぐで艶のあった物とは程遠い。
「はい。こう見えて、執着心がものすごく強いんです、私」
ルク・ミィアはそのままカーネルシアを連れて、図書館内に併設されている読書コーナーへと入って行った。
中には、背もたれのついた簡素なソファーが並べられており、そばに置かれた簡易テーブルの上には、弱く光っているランプが置かれていた。
ガラス容器に入れられたダレザと呼ばれる小型の生命体が、その光の源になっていた。干したキブドウの枝が餌として上部から垂れ下げられており、数匹のダレザが下につながって発光している。
ダレザは元々シダレザクラの蔦と呼ばれ、植物だと思われていた。ベュー・ルガテカーで似たような見た目をしていた花から、名が付けられたと言われている。確かにランプの中のダレザ達は、一見して光っている花の房に見えた。
平日の夜だからか、利用者は他に数人しかいない。ルク・ミィアとカーネルシアは気を配って静かに進み、部屋の奥にあるソファーへと向かった。
「靴を脱いで、ソファーに横になって休んでください。私の膝枕でよろしければ、喜んでお貸ししますよ」
声をひそめてそう言うと、ルク・ミィアは長鞄を床に置いてコートとスーツの上着を脱ぎ、ソファーの端に体を寄せて座った。そしてコートの内側を外にして丸め、膝の上へと置いた。
「ルク・ミィアはどうするんだ?」
古びたぼろ靴を行儀よく脱ぎながら、横に灰色のカバンを置き、カーネルシアが心配そうにルク・ミィアに聞いた。
「私はご覧の通りの髪ですから、ソファーに横になるのはやめておきます。座って眠るのには慣れていますし、大丈夫ですよ」
カーネルシアはルク・ミィアの好意に甘えることにしたらしく、ためらいながらも体を横にして、枕の代用のコートに頭を置いた。体を小さく丸め、瑠璃色のポンチョコートの中に素足を引っ込める。
カーネルシアの軽さに驚きながらも、安心させるようにルク・ミィアがそっと頭をなでた。
「おやすみなさい、カーネルシア」
「……おやすみ、ルク……」




